DATA:008 勇者と魔王
ガタタン、ゴトトン
不規則に揺れる、馬車。
とはいっても、馬がひいているだけでオシャレなものではなく、乗っているのは野菜と私たちだけ。
しかし、農民は貧しいと聞いていたわりに、なかなか大きい荷車だ。
隣りに置いてある野菜もつやつやでおいしそうだし、この人たちは農民の中でもお金持ちな方なのかもしれない。
すると、右手をぎゅっと握られた。
マオ君は私の隣りで楽しそう……嬉しそう? に私の腕にしがみついていた。
遠出が嬉しいのかな?
そして私の後ろでは、ミィが持って来ていた、〈BEAR's DOLL〉のカタログを広げてレオンとミィが話をしている。
いやぁ、楽しそうだ。
そして、その隣りでは。
不機嫌オーラを漂わせている、ジナ。
言っておくが、誰も何もしていない。
マオ君も何もしていないし、誰と喧嘩をしたというわけでもない。
ミィがレオンと仲が良いから……というわけでもないらしい。
彼は、眠いのだ。
今日の朝は早くからの出発で、なかなか起きないジナを叩き起こした。
それから、ずっとこの調子だ。
どうしたら良いのかと少し相談もしたりしたが、レオンが放っておいても大丈夫だと言っていたので、只今放っておいてる最中だ。
なにやら、ジナは極度の低血圧らしく。
朝にものすごく弱いらしいのだ。
「ねぇ、ジナ」
「…………んだよ」
ものすっごく不機嫌だ。
いつもよりも一オクターブくらい声が低くなっている。
いや、これで話し掛けたら機嫌が更に悪くなるだけではないのだろうか。
そう思ったが、一応一言といっておく事にした。
「もうすぐ昼回るんだけど」
「……だからなんだっつんだよ」
「いや、いつまで機嫌悪いのかな、て」
「…………関係ねぇだろうが、てめぇなんかに」
そのジナの言葉に、マオ君が何か言おうとしたけど、私はそれを片手で制止した。
この二人が話をすると、喧嘩になる。
それに、今はジナの機嫌が最悪だ。
喧嘩してどうなるのか、なんて考えたくない。
「ごめん、ジナ」
苦笑いみたいな、ちょっと綺麗じゃない笑顔で言ったら、ジナはますます機嫌を悪くした。
それが分かったから、もう何も言うまいと心に決め、前を向く。
すると、今度はジナのほうから話し掛けてきた。
「お前、本当にむかつくな」
「え?」
「そうやって、自分は心配してますってアピールして、それで満足かよ?」
「……? いや、そんなつもりは…」
「それで、自分の立場が悪くなったら、被害者ぶって謝る。――――最低だな」
あまりにもジナの言葉に迫力があったため、私は何もいえなかった。
突然の事だったので、吃驚していたのも、理由の一つかもしれない。
けれど、マオ君は流石にキレたらしく、何かを言おうとした。
が、丁度口を開いた瞬間、馬をひいていた筈のおじさんが顔を出した。
「今日中に荒野を抜けるのは無理そうですから、この村に泊まりましょう」
のほほん、と告げられた。
勢いを失ったマオ君は、結局何も言うことなくジナを睨んだ。
ジナはいまだ機嫌が悪そうに、マオ君を睨んだ。
二人の睨み合いがすこし続いた後、荷車はぴたりと止まる。
ジナは最後にきつく睨んだ後、軽やかに荷車から降りた。
「……ルイ、」
「何?」
マオ君は、ジナが去った場所を睨んだまま、私の名前を呼ぶ。
「あんな奴の言う事、気にするなよ」
「え?」
「あんなの、ただの八つ当たりにすぎねぇからな。気にするだけ無駄だ」
「ああ、うん。そうだね。ありがとう、マオ君」
「…………それから、もう一つ」
「うん?」
「俺のこと、マオでいいから」
…………どこから、そんな話題が出てきたのだろうか。
突拍子も無い言葉に、私は少し戸惑いを覚えたが、それでも笑顔でうん、と言っておいた。
それに満足したのか、マオく……マオは、満面の笑みで私を見た。
今日泊まる宿屋は、既に農家のおじさんが手配してたらしく、小さな木造の家に泊まる事になった。
おじさんが荷車と馬を宿屋の横にとめて、私たちは全員揃って中へ入った。
中に入ってみると、外の見た目ほど悪い宿屋じゃないみたいだった。
置物なんかも気を使っているみたいで、小さな安物ながらもセンスが良い。
此処に一晩だったら、なかなか良い気分になれるだろう。
「じゃあ、部屋は一人部屋しか空いてないみたいなので。それでも良いでしょうか?」
「マジ?! ラッキー! 一人部屋だぜぃ!」
はい、ありがとうございます、と礼儀正しく返したのは私。
無礼に叫んでいたのはジナ。
ミィもレオンも、軽く頭を下げていた。
もうすっかり覚醒したらしいジナ。
あの時の機嫌の悪さは何処へいったやら。
さっきの私への暴言は覚えているのか居ないのか。さっぱり記憶にない、てのも考えられる。
あまりにもさっきと変わりすぎてるから。
そして、おじさんから告げられた衝撃の一言。
「ああ、此処、食事は当番制なんですよ」
なにぃ!
「え、じゃあ、私たちが作るんですか?」
「はい。そういうことになりますかねぇ」
…………と、いうことで。
おじさんが料理なんて全く出来ないということで。
私たち五人で作る事になりました。
We are cooking a lunch.
訳:私たちは昼食を作っています。
今の状況を英語で言うとこんな感じ。
中学校で習う文章だ。
何故、行き成り英語なんか使ったのか。
それは、私の気分、の一言で済ませておこう。
「ちょっと待って。この五人で料理なんてできるの?」
「大丈夫だよ! 五人も居るんだし!」
「いや、むしろ五人だから心配……」
できれば、ミィには何もしてもらわなくて良い。
端っこの方で座っててもらって全然大丈夫です。
当然のごとく、ドジっ娘のミィは、皿を洗えば半分は割るし、
味付けをすれば塩と砂糖を間違える。
こんなコントみたいな奴に、料理を任せられる訳がない。
「ねぇ、この中で料理できる人って居るの?」
「この料理の達人を前にそういう事言うのか?」
そう答えたのは、意外にもジナだった。
ええ、料理の達人? 嘘でしょ?
だって、なんか作るもの全部が真っ黒になってそう。
と、思ったのも最初だけ。
ジナの包丁捌きを一目見れば、おお、と思わず感歎の声をあげていた。
ストトトト、と綺麗に食材を切っていくジナ。
その後の動きも、とても素人のものには見えない。
ぉお、意外な特技だ。
結局、ほとんどジナが料理をしていた。
私は、この世界の食材の事がさっぱり分からないので鍋の火加減を見たりしていたし、レオンは皿洗いに始終専念していた。
ミィは、三枚皿を割ったところで私がストップを出し、マオと遊ばせておいた。
「料理は爆発だー!」
とか何とかジナは言ってたけど、爆発なんて一つも起こらず、美味しそうな昼食が出来上がった。
うん、ほんとに美味しそうだ。
みんなで一緒に食べたけど、ほんとに美味しかった。
私はこの世界の料理の料理について全く知らないけど、それでもジナの腕がなかなかだという事は、よく分かった。
そして。
夜になるまで、私たちは思い思いに時を過ごした。
夕食もジナが作り、私たちは満腹になり、自分の部屋へと行った。
マオは一人が嫌なのか私と寝たいと言っていたが、結局、何故かジナの部屋で寝ることになった。
私も、すっかり気を抜いて、布団へと潜り込んだ。
招かざる客が今夜訪れるとも知らずに、私はぐっすりと眠りに落ちたのだった。
ジナ・ルグ
職業:黒魔道師
属性:闇属性
キャラ:ツンデレ
少々頭が弱い男の子。しかし、魔道の腕は超一流で、若いながらも魔道が世界一のフィーア国の黒魔道隊の隊長を勤めている。苦手度85。意外にも料理が得意。赤毛に近い茶パツは立っていて、バンダナをしている。瞳も茶。