DATA:007 勇者と魔王
わいわいと騒ぐ城下町。
とても魔王の手によって世界の危機に瀕しているとは思えない。
いや、国民がこんなに平和な頭をしているのも今までこの国が平和だったという証拠なわけだから、良いこと、なのか?
商人たちの怒号が飛び交う商店街の中を、私たちは歩いていた。
「……フィーア国って、大きいの?」
「いえ。土地自体はそこまで広くはありません。隣国へ行くまでの荒野もさほどありませんし、直ぐにリン・マカ国へは行けるでしょう」
私はレオンハルトにこの世界の話を聞いていた。
ちょっと失礼だけど、顔はあんまり見ないようにしながら。
……しょうがないじゃん! レオンハルトの顔、カッコイイから苦手なんだって!
ちなみに、顔さえ見なければ、会話ぐらいは出来ます。
ミィとジナは商店街のものを見て廻っている。
……ちょろちょろと動いているので、ミィが転んだりはぐれたりしないか凄く心配だけど。
そして、マオという名前の男の子は、子供なのに好奇心と言うものがミィよりも無く、私の隣りを物静かに歩いていた。
といっても、はぐれてしまいそうなので、私はマオ君と手を繋いでいる。
マオ君も髪と目の色を変えていて、暗い感じの茶色にしている。
うん、結構似合ってると思うよ?
「荒野?」
「何処の国にも属していない土地の事です。だいたいそういう場所は荒れ果てているので、こう呼ばれています。
荒野は魔物・魔族の巣ですから、国と国を行き来するのは大変なんです」
「ああ、そうなんだ。ところで、その魔物と魔族って?」
「魔道が世界で完成するまでの過程で生まれてしまった、魔道を使う生き物のことです。
彼らはだいたい好戦的で、人類を攻撃することを本能として持っています。
その中で人型で知能の高い奴らを魔族、それ以外の獣型の奴らを魔物と呼んでいます」
「なるほどね。人類を攻撃する事が本能なら、永遠に人とは相容れないってことか……」
「はい。ただ、魔物は知能も低く一目で異形の生物とわかるので、それほど面倒ではないのですが。
気をつけるべきなのは、魔族です。
彼らは知能も高く、一目では人と区別がつきません。よって、魔族はとても危険なのです。
まぁ、その分魔物よりも数自体は少ないそうなのですが。
自分も実際に会ったことはありません」
「なるほどね」
やっと、この世界の片鱗が見えてきた気がする。
そんな存在があるから、世界の危機、なんて言ってるわけか。
「んじゃ、その魔物と魔族を統べるのが魔王?」
「その通りです」
「そいつを倒すのが、私たちの最終目的だよね?」
「勇者は皆、魔王を倒そうとしているようですね」
なるほどね。
私たち、……というか、勇者のミィのこれからのことは大体理解できた。
大まかな着地点は分かったから、次は目先の事だ。
「それじゃあ、もう一つ。今、私たちは何処に向かってて、どうやってリン・マカに行くの?」
「今向かっているのは、農家の家です」
「農家? なんで?」
「農家と言うのは、何処も貧しいのです。
だから少しでも稼ごうと、物価の高いリン・マカに直接売りに行こうとする。
しかし、農家に戦力あるわけが無く、食材を持って荒野を抜けることは不可能なのです。
だから、大概は護衛を雇う」
「分かった! つまり、ただで護衛をしてあげるから、リン・マカまで連れてって、て交渉するのね?」
「その通りです。そうすれば、お金も節約できますから」
「ああ、そうなんだ! レオンハルト、頭いいね!」
「言うほど良くはありません」
いやぁ、謙虚で真面目で、レオンハルトはいい奴だね。
顔さえ見なければ。
だってこいつ、かっこいいんだもん。
「で、その農家まではあとどれぐらい?」
「もうすぐ着くはずです」
で、結局。
ミィが転んだり、ミィがはぐれたり、ミィが激しく転んだり。
さまざまなハプニングがあったため、その農家の家へついたのは大分日が傾いてからだった。
「え、本当にただでいいんですか?」
「ええ」
「本当に、本当にありがとうございます! それで、帰りの方は……?」
「多分、リン・マカにはしばらく滞在するつもりです。そちらが急ぎで早く帰りたいのなら、先に帰っても……」
「いえいえいえ! 来年の種まきの時期までに帰ってこれたら、それだけで大丈夫です!」
「そんなにはかからないとは思いますけど」
「いや、ほんとにほんとに!! ありがとうございます!!」
よく分からない感謝の言葉を精一杯叫ぶ、おじさん。
どうやら、明日出発するらしく、今日はうちの家に泊まってください、と言ってくれた。
まぁ、此処は素直に好意に甘えて泊まる事になり、何故か凄く広い家に招待された。
農家の家が広いのには、なんかすごく長い歴史があるらしい。
面倒だったから聞かなかったけど。
「いやぁ、これでリン・マカまでの足は確保したな!」
「そうですねぇ。商店街も楽しかったですし!」
「……商店街は関係無いけどね」
「そうだ、凄いんだよ、ルイちゃん! ジナ君ね、何でも知ってるんだよ!」
「なっ! べ、別にお前に教えてやったわけじゃねーし!」
……ジナは馬鹿か?
こいつは天邪鬼なのか?
ミィと二人でいたんだから、ミィに教えてたんだろーが。
「ジナってさぁ、」
「なんだよ。つか、お前勝手に呼び捨てにしてんじゃねーよ!」
「馬鹿だよね」
「はぁ?! なんだよ! いきなり人をバカ呼ばわりかよ!」
「好きな子にくらい、素直になったらいいのに」
「!?!!? おまっ……そん、……はぁ!?」
私も吃驚するくらい動揺しているジナ。
うわぁ、ほんとにびっくりしてる。
「まぁ、私は何もしないけど応援はしてるよ。多分」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ。本当じゃないけど」
「どっちだよ」
とりあえずジナのことは放っておく。
マオ君とレオンハルトは静かに座っている。
隣りに座っているのは、間違いなく偶然だろう。
無表情でミィと私とジナのやりとりを見ている。
と、私はふと思った事を口にしてみた。
「……レオンハルトって、名前、長いよね」
「そうかな?たしかに、私やルイちゃんと比べると長いと思うけど……」
「だって、此処に居るの、『ルイ』に『ミィ』に『ジナ』に『マオ』だよ?『レオンハルト』って長くない?」
「…………確かに」
私たちの名前が短いだけだと思うけど、とかいうミィの珍しい正論は聞こえませんでした。
ミィにつっこまれるなんて、私のプライドが許さない。
「じゃー、短くして、レオ?」
「いや、レオって顔じゃないよ。せめてレオンかな」
「おお、それいいな! じゃ、今度からレオンな!」
当の本人である彼は、きょとんとしていて何も言わない。
ついでにマオ君も何も言わない。
「分かったのか?! レオン!」
ジナは怒鳴るようにして、レオンに顔を近づける。
それでも尚レオンはきょとんとしている。
突然自分の話題になって、ついていけていないのだろう。
それでも、ジナの迫力に押されて、レオンは戸惑ったまま、小さく言葉を返した。
「……あ、ああ」
「よし!」
うん、どうやら意外にもジナとレオンはなかなか上手くやっていけるようだ。
よかったよかった。
全く違うタイプの二人だから、どうなるんだろって思ってたんだよね。
一緒に旅する訳だし、気まずいのはちょっとあれだし、ね。
すると、ジナとレオンとミィはなんだか意気投合し、話を始めた。
私は自然と元のレオンが居た場所へ座る事になり、つまりはマオ君の隣りに座る事になった。
「ねぇ、マオ君」
「何?」
「ええっと、言いづらいならいいんだけど、君、自分が人間以外だっていう自覚……あった?」
「…………あった」
「え、あったの?」
こくり、と頷くマオ君。
どうやらあったらしい。
……どんな気持ちなんだろう。
自分が人間じゃないなんて分かって、一体どんな気持ちだったんだろう?
「それは……えーと、いつから?」
「覚えてない、けど。気が付いたらあの場所に居て、自分は人間じゃ無いって思ってた」
「そっか……記憶が無いのかな?」
「多分」
気が付いたらあの場所に?
あの場所、というのはマオ君が見つかった貧困街なんだろうけど、何故居たのかが分からない。
どうやら貧困街という場所は、上京して失敗した人たちの溜まり場ということだったので、さまざまな人たちが居るらしい。
育てられなくなった子供を捨てる親も少なくないとか。
だったら……あんまり考えたくないけど、マオ君が人間じゃないと気付いた親が捨てた、とか。
そんな過去が、もしかしたらあるの、かも。
「そっかぁ。いろいろ大変だね、マオ君も」
「そんな事無いぜ。何も覚えてないぶん、気が楽だし。大変なのは、ルイの方だろ?」
「え?」
「勇者でもないのに、こんな戦いに巻き込まれて、大変そうだな」
「……うーん、確かに、大変だけど。ミィ一人に任せておく方が心配かも」
「何で?」
「だって、なんか目を離せないじゃん? ミィに任せると、絶対なんかあるし」
「……ルイは、あいつの保護者?」
「似たようなもんだねー。でも、嫌だとは思った事無いよ。私、結構面倒見るのとか好きなのかも」
にこ、と私は笑いながら喋る。
マオ君も楽しそうに話をしてくれる。
それにしても、マオ君はなんて大人なんだ。
覚えてないぶん気が楽、とか子供が言うセリフじゃないぞ。
やっぱり、子供ながらにいろいろと大変な思いをしたんだろうなぁ。
「なぁ、ルイ」
「何?」
「ルイは、この世界に来た事を後悔してるか?」
「え? ……んー、別に、後悔はしてない、かな。多分」
「……そうか」
マオ君は、嬉しそうに笑った。
ああ、こんな表情はなんだか年相応に見えるな。
この表情、なんか……好きかも。
あまりにも嬉しそうにマオ君は笑うから、私も嬉しくなって来た。
私もマオ君と一緒に笑いあった。
すると、マオ君は私の腕に抱きついてきてくれた。
突然のことに私は受身を取れず、座っていたベッドから落ちるようにして、マオ君もろともジナの上に乗っかった。
しんと静まり返る部屋。
笑っていたミィも、吃驚した顔で固まった。
あのレオンでさえも、驚いている。
すると、私の下でジナが何かうめいた。
「……てめぇら…………」
「ご、ごめん」
「いいからどけ! 重い!」
「ちょっ! 女の子に向かって重いはない!」
「だったら俺の上に降ってくんじゃねー!」
「……ゴモットモデス」
「ルイは悪くねーよ、馬鹿。俺が押したんだ」
「てめぇか、クソガキっ! っつーか、ガキにバカ呼ばわりされたくねー!」
マオ君に掴みかかるジナ。
いやいやいや! 相手子供だから!
マオ君も、平然とジナを挑発している。
いやいやいや! あんたも、そこは怖がるところだから!
「ちょっと、止めなよ、二人とも!」
「ミィ、勇者だね。あの中に入っていくなんて。私には無理だよ」
「だったらどうしたらいいの?」
うーん、ととりあえず唸ってみる。
完全に口で負けているジナ。殴ってはないが、青筋が立っている。
大分興奮してきたらしいマオ君。声を大きくして、ジナを挑発している。
結構、二人とも喧嘩モードに突入している。
これを止めるのは、困難を極めるだろう。
あー、めんどくせ。
「あ、レオンに止めてもらうとか?」
「それは名案! レオンさん!」
ミィがくるりと振り返って、彼に声をかける。
そして、肝心の彼はといえば。
なにやら、ミィの鞄を真剣に見ている。
何、その今までに無いくらいの思いつめた表情。
「レ、レオンさん……?」
「何したの?」
「あ、いや!」
「ん、くま?」
どうやら、彼が見ていたのはミィの鞄についている、マスコットのくまだった。
……私は詳しく知らないが、こっちの世界の、有名なブランドらしい。
〈BEAR's DOLL〉と言う、なんの捻りも無いブランド名で、ミィが大変気に入っている。
いろんな色の可愛いデザインのテディベアから始まり、服からお菓子まで、さまざまな物に手を出している会社で、可愛らしいデザインが、若い女性に人気らしい。
可愛いとは思うが、ちょっと可愛らしすぎるかな、と思うので、私はあまり持っていない。
で、その有名ブランドのくまに、興味を持ったらしいレオン。
……え? 何か違和感が。
「レオンさん、ピンクベア、興味あるんですか?」
「……大変愛らしい装飾だと思います」
「ええっと、レオンって、こういう可愛い系のもの、好きなの?」
「惹かれるものはあると思っています」
「………」
「そうなんですか? 可愛いですよね、〈BEAR's DOLL〉のピンクベア!」
「はい。個人的には、ベビーも……」
「ああ、分かります! ラブリーシリーズ、知ってますか? すっごく良いですよね!」
ついていけない。
何の話だ。
嗚呼、まさかレオンが〈BEAR's DOLL〉みたいな、甘甘のラブリー系が好きだったなんて。
意外だ。
「てめぇ、ふざけんなよ!」
「黙れ、さわんじゃねぇ、低脳!!」
「来月、テディベアのエンジェルヴァージョンが発売するらしいんです!」
「しかし、先月、ホワイトヴァージョンが公開されたばかりで……」
「…………」
つかみ合って喧嘩をしているジナにマオ君。
〈BEAR's DOLL〉について、熱く語りあっている、レオンにミィ。
そして、その様子を遠くから眺めているだけの私。
時計を見れば、もうすぐ12時をまわる、と言うところだった。
「うん、そうだ。寝よう」
収拾をつけるのが面倒……いやいや、疲れてしまったので、私は四人を無視して、布団へと潜り込んだ。
レオンハルト・サーディルグ
職業:騎士
属性:青属性
キャラ:寡黙
真面目。謹厳実直を形にしたような人。国の騎士部隊の隊長をやっている。意志の強そうな濃い青の瞳に鈍い金の髪。苦手度75。こう見えて可愛いものが大好き。