DATA:017 勇者と魔王
「な……に、これ……」
あまりの驚きに、声が出ない。
やっとの思いで搾り出した声は、とんでもなくがらがらだった。
「……お前の魔道、だろ」
「私、の? 私がこれをやったの?」
これ、といって、真上を指差す。
其処にあるのは、魔物と一緒に消え去った天井のお陰で見える青空。
壁の一部も一緒に消えている。
……この状況で、人が誰も死んでいないのが、不思議だ。
「恐らく、生命の危険を察知したのと潜在能力が開花したのがきっかけで、魔道が馬鹿でかくなったんだろ。多分」
「多分、て……」
何故かけろりとしているジナ。
魔道を使った本人は、腰を抜かすくらいびびってるって言うのに。
……はい、立てません。
隣りでは、ミィが私と同じように座っている。
うーん、ミィも腰が抜けてるのかな?
そうは見えないけど。
「なんか、すっごい疲れた」
「そりゃそうだろ。魔道使ったんだから」
「え? ジナとか、ぴんぴんしてるじゃん?」
「あのなぁ、俺は魔道師だから、鍛えてあるんだよ。
常人が突然魔道なんて使ったら、魔力が底をついて死ぬぜ」
「……ん? 私、生きてるよ」
「お前はこの世界の常識が通じない存在だから良いんだよ」
え? それ、どういう意味?
もう一度ジナに訊こうとしたんだけど、それは私の名前を呼ぶ声に妨げられた。
ルイー! という声だ。
あれ、この声は……
「元気だったか? ルイ?」
「させるかっ!」
穴が開いた壁から入ってきた男、ヴィーザだ。
こいつは、すぐに私に近寄って、またキスしようとしてきた。
しかーし!
二度もやられて、私が黙っているはずもなく。
(一応)対策を考えておいたのだ!
その甲斐あってか、抱きつこうとしたヴィーザに向かって、平手打ちを食らわした。
残念ながら、その手はヴィーザが受け止めてしまい、頬に手の跡をつけることは叶わなかったが、キスは防げた。
うむ。任務は遂行したぞ!
「なんだよ。照れるなって」
「照れてない! 迷惑がってる!」
「またまたぁ。顔赤いよ?」
「むしろ青くなってるわ!」
この男に日本語は通じない。
このとき、私は痛感した。
「……で。何したの?」
「いやぁ、魔物が襲いに来るって言う情報があったからさ、急いでやってきたんだ」
「遅いっ!」
「だよね。この天井が爆発したのみて、急ぐの止めて歩いてきたんだよね」
ことごとく外れている奴だ。
すでに奇襲に遭った後だって言うのに、そんな知らせを持ってくるなんて!
何のためにお前は此処に来たんだ。
「でも、それ以外にもすっごい情報があるんだけど。知りたい?」
ふむ。とりあえず聞こうじゃないか。
「今王宮で話題の、魔道陣が消えた事件の犯人」
何!!
「嘘! 誰、それ!!」
「知りたいー? そーだなー、一発ヤらせてくれたら、教えてあげる」
はい。
私がすると思いますか?
とりあえず鳩尾を一発殴ったら、ヴィーザは大人しく喋りだしました。
どうやら冗談だったみたいだよ。
「……うーんと、犯人は、フィーア国出身の優秀な術師」
「え? フィーア国?」
「そ。ジナとレオンは知ってんじゃね? 嫌味ーで、上流貴族のスターレッグ家、三男坊」
「……! ミーディアか!」
「せーいかーい」
???
ミーディア?
初めて聞く名前だ。
誰だか分からないが、そいつが、真犯人か! 許すまじ!
「はぁ……ばれたんなら、しょうがないな」
そう言って出てきたのは、緑の髪の男。
ん? どっかで見たことある気が……?
まてまて。確かに、知ってるぞ。
あの蛇のような嫌な目つき。
変な緑色の長髪。
ああ! ミィとぶつかって、長時間説教してきたあいつだ!(DATE:012参照)
「お前は!」
「まさか、あの時のしつけのなってない女どもが、フィーア国の勇者だとは……」
「……相変わらず、嫌味な奴っ!」
ああもう、すごくムカツク奴だ。
私、こいつ大っ嫌い。
「……ミーディア、説明を」
「分かっている」
レオンが、ミーディアに話し掛けた。
やっぱり知り合いらしい。
ジナは明らかに嫌そうな顔をしている。
ああ、やっぱりあいつの事、嫌いなんだ。
うん、それが普通の反応だと思うよ。
「この私がこの国へ来たのは、スターレッグ家の命令でな。
この国が作った適当な魔道陣が、大変危険なものであると判明したんだ」
「危険なもの?」
「説明している最中だ。口を挟むな、小娘」
小娘?!
始めてそんな事言われましたけども!
はいはい、何も言わずに静かに聞いてますよー。
「その魔道陣は、魔物・魔族が陣内に入ると、驚異的なレベルアップが起こるんだ」
「はぁ?! マジかよ!」
「フィーア国を代表する術師である我が父は、早急に私をこの国へ送った。内密にな」
「……どうしてですか?」
「この国の王が、あの魔道陣を消す事を許すはずが無い。だから、勝手に消してしまおうと思ったのだ」
「そんなことして良いのかよ」
「それぐらい、事を急いでいたという事だ。噂は、魔物や魔族の間に行き交っていた。
奴らがこの国を襲うのも、時間の問題だったのだ」
なんだよ。
ジナもミィも、口挟んでるじゃん!
なんで私だけ怒るのさっ!
「それで、消したの?」
「そう言う事だ。魔族が、もうすでに動いているという話を聞いたからな。
もう、ぐずぐずしていられないと思った」
「……それで、何で私の髪がそこにあったのよ」
「お前が勝手に入ったんじゃないのか?」
「入ってない!」
そのミーディアとか言う男が嫌味たっぷりに言ってくるから、私もつい頭に血が上って、大きな声を出してしまった。
しかし。
話を聞く限りでは、本当に私の髪をあの部屋へ置いたのはミーディアではなかったみたいだ。
……じゃ、誰が?
「……それに、魔族が関わっているという話だったのに、今回の奇襲には全く姿を現さなかった」
「確かに、な」
「………奇妙だ。奴らの掌の上で遊ばれていたような気がして、虫が好かんな」
私なんか、どうなんのよ。
犯人扱いされて、裏切られて、なんか、もう面白くない事の連続じゃない。
最悪、って言うんだろうな。こういうの。
「日頃の行いが悪いから疑われるんだ、下品な紅毛などして」
…………こいつ、ほんとムカツクな。
一回くらい殺していい?