DATA:011 勇者と魔王
荷車は、速くもなく、遅くもなく。
一定のスピードで進んでいくので、回る荷車の車輪が酷く単調に見える。
……そんなことはどうでもいい。
さて。
では、前回の話の補足から始めようじゃないか。
まず。
結局、修行は行わなかった。
勇者がどんな修行をすれば良いのか分からない事と、赤魔道の使い方が誰も分からなかった事が原因にあげられる。
勇者も赤魔道師も、専門的で自由な職業らしく、他の職業では分からない事がたくさんあるらしいのだ。
なので、フィーア国に帰るまではしょうがない、という結論に達した。
そして、もう一つ。
マオのことだ。
さんざん心配した挙句、マオは走ってやってきた。
何処に居たの?と訊いてみたら、マオは、隠れてた、とけろりと言ってのけた。
なんだ、と一安心したのもつかの間。
おじさんが居ない事に気付き、またも焦った。
おじさんは随分遠くまで逃げていたらしく、息切れしながら先を急ごう、と言ってくれた。
とまぁ、なんやかんやでとりあえず一段落ついた頃。
やっとのことで、リン・マカの土地が見えてきた。
「あれがリン・マカ?」
「はい。あの川を越えた向こうがリン・マカ国です」
「ああ、そっか……。なんか、長いようで短い旅立ったな……」
「そうか? 短かっただろ?」
「これからも長いですからね」
「……そうだね。むしろ、これからが本番なんだよね」
馬が引く荷車は、広めの橋をゆっくりと移動していく。
橋を渡った後はそれなりに活発そうな村が続いた。
そして、中心にある城が見えてきたところで、おじさんは荷車をとめた。
どうやら、此処でおじさんとはお別れらしい。
おじさんはこの辺りの宿屋に泊まるとの事だったので、帰るときは声をかけて一緒に帰ろうと思う。
どうやら、護衛を雇わなかったぶんお金がかなり浮いたので、野菜を買ってくれる場所を時間をかけて選ぶそうだ。
私たちは、歩いて王宮まで行くことになった。
すぐ其処なので、歩いて行っても時間は有り余るだろう。
「んじゃ、俺はこれから別行動すっから」
「え?」
ヴィーザが、突然そう切り出した。
おじさんと別れて、数分もしなかった頃だ。
「どうして?」
「どうしてって。俺、この国じゃ有名な盗賊だぜ? 王宮なんかに入れるかよ」
「……確かに」
「あれだろ? そのガキが何者かについて調べれば良いんだろ?」
「うん」
「俺は別のルートから探ってみっから。んじゃ、また会おうな、ルイ」
ヴィーザは、すばやく私の身体を固定し、ちゅ、と音を立てて頬に口付けをした。
その行為に私は吃驚して、つい、固まってしまった。
すると、マオとミィが爆発したように叫びだした。
マオがヴィーザ!! と怒鳴りながら近づこうとした瞬間、彼は私を離して、ひょい、と屋根の上へと上った。
……ほんとに猫だなぁ。
て、違う! 何すんだ、あの変態!
マオは、私の手をぎゅ、と握って、ヴィーザが消えた方向を睨んでいた。
ミィも同じ場所を睨んでいる。
すると、ジナがぽろり、と言葉を零した。
「……あいつ、大丈夫だろうな?」
「え?」
「逃げたりしねーよな?」
…………。
どうだろう。
逃げる可能性は充分にある。
むしろ、逃げない事に利益はあるだろうか。
あいつの性格を考えたなら、逃げるような気がする。
……まぁ、でも。
「逃げても、私たちに損はないし」
「そりゃな」
「逃げなかったらラッキー、ぐらいに思っとかない?」
実際、そんなもんだ。
確かに、と皆は頷いていた。
私たちは、特にミィに気をつけながら、王宮への道のりを急いだ。
一番危険なのはミィだ。
だが、運良くも、転んだりはぐれたりはしなかった。
本当に運がいい。
こんな、ジナもレオンも詳しくない場所で迷子にでもなられたら、探す方も探せない。
そんなこんなで、城の城壁をぐるりと回って……やっと入り口に辿り着いた。
その門は、二人の兵士が守っていて、堅苦しそうに前を向いている。
私たちは、そんな門番の前に立った。
二人は怪訝そうな表情を浮かべ、誰だ、と問うた。
「我らはフィーア国の勇者である。ぜひともこの国の王に一目会いたいと思い、参上した」
そう喋りだしたのは、レオンだった。
やっぱりレオンだ。
こういう丁寧な言葉遣いが一番似合う。
「フィーア国? フィーア国は勇者育成に力を入れていないはず……」
「勇者育成ではない。此処に居る勇者は、勇者召喚によって召喚された者だ」
「……! こ、これは失礼しました!急いで王のほうへ連絡します!」
門番は、行き成り慌てだした。
何したんだろう?
『勇者召喚』って単語を出した途端、彼らは変な汗を出し始めた。
……? どういうこと?
「勇者召喚って、なんか凄いの?」
小声でジナに尋ねる。
すると、彼も小声で答えてくれた。
「ああ。異世界からの召喚自体がとんでもないんだ。だから、フィーア国の勇者召喚は、世界中で注目されてる。
ま、この国は少し過剰だけどな」
「ふーん……」
どうやら上からの許可がおりたらしく、門がゆっくりと開いた。
そして、偉そうな人が王の間とか言う場所に案内してくれた。
王の間って。なんか、シントの私室の扉を思い出すのは私だけ?
導かれるまま私たちが王の間に入ると、そこには、いかにも、というような王様が居た。
うわぁ、王冠だ。
うわぁ、赤いマントだ。
吃驚するくらい、庶民のイメージをそのまま形にしたような格好をしてくれている、王様。
……シントとは、全然違う。
その王様は、にこにこと、気持ち悪いくらい上機嫌に話し掛けてくれた。
「いやぁ、遠路はるばるご苦労様でした、勇者様方」
「いえ」
「初めに連絡をくれていれば、もっと丁重にもてなしをしていたのに」
「そこまでされるほど、私たちは偉い身分ではありませんから」
ん?
そうか?
私たちはともかく、ジナとレオンはフィーア国の軍隊のトップじゃないの?
結構偉いと思ってたんだけど……?
「いやぁ、勇者様方は謙虚でいらっしゃる。
世界中の注目を集める勇者召喚の勇者一行なのですから、もっと図々しくならなくては」
どんな理屈だ。
注目を集めてたら、図々しくならなくちゃいけないのかよ。
うーむ……やっぱり、王様の考えることは庶民には分からない?
「では、図々しいついでに一つお願いしたい」
「なんですかな?」
「この城の滞在許可を王に頂きたい」
「ああ、なんだそんな事!」
王様は、そんな事当然ですよ!といって、いとも簡単に許可を下ろしてくれた。
よし!
この城に滞在する事が可能になったなら、マオのことを調べるのも容易い。
レオン、良くやった!
「それでは、部屋を案内させましょう。おい、其処のお前。この方たちを客間へ案内しなさい」
「はい」
命令された使用人らしきメイドさん。
彼女は、深く頭を下げて私たちの前を歩き出した。
私は、彼女についていきながら、馬鹿な王様に心の奥でこっそり感謝を言っておいた。