DATA:009 勇者と魔王
なんという状況だ。
今、何が起こっているのか理解できない。
何で? 此処は宿屋の一室で、今夜は私が借りているはずだ。
この男は、誰?
其の夜、ぐっすりと眠っていたのに、何故か窓が開く音が聞こえた。
眠い目を擦りながら窓を見ると、なんと男が立っているではないか。
吃驚して、とりあえずベッドの上に座る態勢になって、誰? と叫んだ。
そしたら、その男は笑ったじゃないか。
あれ、これって結構やばい状況?
「……犯されたくなかったら、少し静かにしてくれるか? ――――紅毛のお嬢さん」
このセリフを聞いたときの、私の戦慄をどう説明しようか。
とにかく、ヤバイ、と思った。
紅毛のお嬢さん、と言うのが誰のことだかよく分からなかったが、すぐに合点が行った。
そうだ、私、髪染めたんだ。
黒は凶事の色、とか言われて。
だから、紅毛のお嬢さんと言うのは、私。
えーと、つまり…………私、犯される?!
「へぇ、結構美人じゃん?」
ずい、と顔を近づけてきた、その男。
うっ。結構カッコイイ。
苦手度は88あたり。なかなかの記録だ。
とんでもなく鮮やかなピンクの髪、だと思う。
暗くてよく見えないが……瞳も、同じ色のような気がする。
って、良く見たら、頭に耳がついてる?
……え? 耳?
何度見ても、猫のような耳。
ついでに尻尾もついている。……どうやら、猫の尻尾、らしい。
オレンジ色の尻尾が、私の視界の隅でゆらゆらと揺れている。
結構冷静に現状を説明しているように聞こえるだろうが、これでなかなか、パニックになってる。
「みみ……!!」
「おっと。静かにしろよ?」
あまりの驚きに叫ぼうとした所を、この派手な男が、口をふさいだ。
すばやい技で、右手を私の口元に当てる。
こいつは、むぐ、と変な声を出してしまった私を、くく、とのどで笑った。
うぐっ!
この顔は、なかなか破壊力があるぞ!
近づかないでくれ!
…………とか言えるような状況と、冷静さがあったら良かったのにな。
「言ったよな?静かにしないと、犯すぞ、て」
「!!!」
危険です!
そう、頭の中で警報が告げた。
しかし、こんな至近距離で逃げれるはずもなく、すぐに逃げ場を奪われた。
うっ、なんか、苦しくなってきた。
この男は、楽しそうに笑いながら、私の口に当てていた右手を取った。
当然、身の危険を感じている私は、思いっきり叫んでやろうと、息を吸った。
しかし、叫ぶ暇もなくまた何かが唇に触れた。
現状が、理解できない。
目の前が良く見えない。なんで?
息苦しくなってきた。
え、え、え?
すると、口の中に何かが入ってくる感触。
このとき、私は理解した。
私、キスされてる――――!!
実際にした事はないが、知識だけはある。
いわゆる、ディープキス、と言うものだ。
した事もないキスを無理やりされて、私の混乱は頂点まで達していた。
くる、しい。
酸欠で視界が白くなり始めたころ、やっとその男は私を解放してくれた。
はぁはぁ、と大量に酸素を取り込んでいる私の姿を、じっと見ている、悪趣味な奴。
そいつは、まったく息が切れていなかった。
「……大丈夫?」
「大丈夫なわけ……!!」
耳元に口を寄せて、囁くように言った、男。
私はカッと来たまま、怒りをぶつけてやろうと左手を上げた。
しかし、その手は呆気なく男に捕まり、男はもう片方の手を私の服の中に入れてきた。
「ひっ!」
「静かにしてってば」
男は、私の胸を触ろうとしてきた。
あまりの衝撃に声が出ない私。
その様子を見て、男は一旦手を止めて、また耳元で囁いた。
「静かにするなら、これ以上はやらないけど?」
「……!!」
「静かに、してくれる?」
私は、激しく、こくこくと頷いた。
此処はこの条件を呑んでおいた方が安全だと思ったのだ。
自分の身のためにも。
すると、男は手を放して、私の傍から離れた。
た、助かった……!!
ほっとした。心底、ほっとした。
その男は、窓から外の様子をうかがっている。
「あんた、誰なの?」
「ん? 俺?」
あんた以外に誰が居るんだ!
と思ったが、言わないでおく。
あんな、寿命が縮まるような真似、できればもう二度としたくない。
「俺は、ヴィーザ。ま、流れ者の盗賊だ」
「盗賊?」
「そ。この村で女相手に盗みをしようと思ったんだけどさ、運悪く捕まりそうになって。で、此処に逃げてきた訳」
「そう……」
つまり、私はただ運が悪かっただけか。
たまたまこの男と私たちの滞在期間がかぶって、たまたま私の部屋にこの男が逃げ込んだ。
……嗚呼、私って結構不運。
「で、あんたは? 此処の村の人間じゃないだろ? なんでこの村に滞在してんの?」
「……教える必要は、ないと思うけど」
「まぁね。でも、俺だって教えたし、教えてくれたっていいじゃん? 浅い仲じゃないんだし」
「めちゃくちゃ浅い仲だけど……ま、いいか。隠すような事じゃないし。
私は、勇者と一緒に旅をしてるの。今回は、リン・マカ国へ行こうとしていて……」
「へぇ、リンへ? 俺、フィーア国に来る前は、リン・マカにいたんだぜ?」
「そうなの?」
「ああ。結構、裏じゃ顔が利く」
にや、と笑って、彼……ヴィーザは言った。
確かに、盗賊と聞く限りでは、裏で顔が利くというのも嘘じゃないらしい。
朝日が窓から差し込んで、ヴィーザを照らした。
どうやら、朝になったらしい。
……嗚呼、やっぱりパッションピンクの髪とオレンジの耳だった。
「そこで、提案」
「え?」
「俺も一緒にリン・マカへ連れてってくれねぇ?」
「……どうして?」
「いやぁ実は、このままじゃ俺、捕まっちまいそうなんだよね。
少しでも早くこの村から出るために、カモフラージュが必要なわけ。
それで、勇者一行と一緒ってなると、結構警察もゆるくなんじゃん?」
「それだけで?」
「もちろん、リン・マカについた後も全力でバックアップするぜ? 俺、約束は守るから」
…………どうしよう。
確かに、こいつは嘘は付いてなさそうだ。
でも、信用してもいいものか?
悩む所だ。
というか、私一人で決められるものじゃないな。
ほかの人にも相談して……
ガチャ
ノックもなにもせずに突然開いた扉。
当然、私も驚く。
ヴィーザの驚きようなんか、私の数倍は軽くいっていただろう。
一瞬、警察か、という考えがよぎったが、それはすぐに打ち消された。
其処に居たのは、ミィだった。
「ルイちゃん、起きた? そろそろ起きないと……」
ぴたり、と固まったミィ。
うん、そりゃ驚く。
「る、ルイちゃん……? その人……?」
「ええっと……」
説明できない。
「る……ルイちゃんが……ルイちゃんが、変な男に襲われてる!!」
否定できない。
ミィにしちゃ、的確な判断だ。
実際に襲われかけたし。
「誰かー! ルイちゃんがー!!」
叫びながら、消えたミィ。
嗚呼、どうしよう。
警察がきても否定することなんてないよ?
吃驚している様子のヴィーザ。
……当然か。
バンッ!
「ルイ?!」
「何した!!」
勢い良く呼び込んできた、ジナにマオ。
その後ろでは、ミィにレオンも居る。
――――――嗚呼、こいつのこと、どう説明したらいいの?