ヘア・マウンテン
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ほーい、つぶつぶ。一般常識くいーず! 髪の毛を飾るアクセサリーは何があるでしょうか? 5つは答えなさい!
――ヘアピン、カチューシャ、バレッタ、シュシュ、コンコルド……。
ほほう、10秒以内とは男にしてはなかなか。特にコンコルドなんて、よく出てきたわねえ。ここのところ、使っている子はなかなか見ないけれど。
――ん? どうしていきなり聞いてきたのかって?
いやあ、つぶつぶが好きそうな話を仕入れてきたんだけど、それが髪にまつわるものなわけ。話す前に、つぶつぶがどれだけ髪について関心があるか、試してみたのよん。おほほ。
ま、いずれにしてもご提供するつもりだったけどね。私の友達からの話なんだけど。
私の友達は、いとこと年に数回、顔を合わせていたらしいわ。
家族総出でこちらからいとこの家に出向くこともあれば、いとこ一家が友達の家にやってくることもある。
友達は家にやってくるとき、いつも髪形をシニョンでまとめていたらしいの。その巻き具合は、友達が見てきた中でもボリューム感のあるもの。試しにほどいてくれるようお願いしてみると、その髪の毛は床に届いてなお、余りあるほどだったとか。
それを初めて目にしたのが5歳のときだったから、てっきり生まれた時から髪を伸ばしているものだと、友達は思ったみたい。
いとこはというと、再び髪を編み込みなおす様子を見せず、帰るまでそのままの状態だったとか。当然、歩くたびに畳や廊下の床を、ほうきのように髪の先がさらっていく。もちろんそこにはほこりがこびりつき、友達にとってはしばしば、顔をしかめる原因にもなっていたわ。
でも、ある時。部屋でいとことお人形遊びをしていたタイミングで。
このときいとこはまた、髪の毛をほどいた状態だった。そのまま畳に女の子座りしていたものだから、豊かな髪の毛は扇状に広がって、床に横たわっている。
その髪の毛の先っちょがね。ふいに絵の具でも浸したかのように、ちろりと青くなったのよ。しかもその青は、じょじょにいとこの髪を這いあがっていくかのように、版図を広げていく。
そのことをいとこに伝えると、特に慌てた様子はなかった。「またか」といわんばかりのあきれ気味の顔をしたかと思うと、友達にはさみはないか尋ねてくる。
いわれるがままにはさみを用意すると、いとこは肩口あたりでバッサリと、自分の髪のを落としてしまったらしいの。新聞紙なども敷かず、そのままね。
なにをするんだ、と友達はとっさに思ったわ。
濡らしたりしないままの髪の毛は、あちらこちらに散らばってしまい、面倒を引き起こすはず。それを、この部屋の真ん中で堂々とやるなんて。
けれど、友達の予想に反していとこの髪ははらはらと落ちることをしなかった。むしろ、もともと濡らしていたかのように、ひとまとまりの塊となって、部屋の畳の上に振り落ちた。
あっという間にショートカットになってしまったいとこだけど、それを意に介する気配は全然なかった。むしろ、慣れているといった手つきで、惜しげもなく自分の髪の毛に別れを告げてしまう。
切り離されて、ざっと広がった髪の毛をさらい、いとこはビニール袋を所望した。その間もわずかずつではあるけれど、髪の先端から青色が広がっていくことを、友達は確認していたらしいの。
いとこは落ち着き払っている。顔色ひとつ変えないまま、自分の履いているジーンズのポケットに手を入れると、各種髪留めを取り出した。
さっき、つぶつぶに尋ねたものとほぼ同じよ。その中でもヘアピンをメインにして、切り取った髪の毛のあちらこちらに挿していく。何をしているのかと尋ねると、いとこは「山登りにきたみんなへの、ご褒美だ」とのたまったらしいの。
「私の髪の毛、どうしたことか登ってくるやつが多いのよね。
人間でもいるでしょ。登山家って人たち。それと似たような存在が、私の髪の毛を登りたがっているみたいで。
登らせきったら、何が起こるかわかりゃしない。だからこうして無理やり、髪の毛の「てっぺん」を作ってあげるの。そして登ってくる来る奴に、ここまで登ったご褒美として、ヘアピンとかをあげてるの」
持っていれば分かるよと、いとこはビニール袋に封じた自分の髪を、なかば無理やり友達へ預けてくる。やがて帰る段になっても、いとこの髪が突然短くなっていることに、いとこのご両親は何も感じた様子はなかったそうなの。
友達はというと、いとこから受け取った髪の毛を観察している。
日に日に青はその版図を広げていくけれど、ところどころにとめたヘアピンにたどり着くと、数日間、その歩みがとまってしまう。
調査でもしているのだろうか。そんな友達の考えを裏付けるかのように、数日をもってヘアピンは元の銀色を失い、たちまちのうちに茶色く変色してしまったそうよ。青色の進行はなおもやまず、それから半月するうちには友達の元々の黒髪をすっかり青く染め上げてしまったとか。
捨てるのも気味悪く、押し入れの中へ取っておく友達。それからしばらくして、いとこの方から連絡が入ったわ。
今度の夏休みは、友達一家がいとこの家へ向かうとき。そこであの髪の毛を持ってきてほしい、と。
リクエストに応じ、友達はいとこの家へ、例の青に染まった髪を持って行ったわ。
いとこはそれを見ると、自分の部屋へ案内してくれる。すると、押し入れの中に高くそびえたつ真っ青な髪たちの山が見えたの。
そう、まさしく山だった。頂点からふもとにかけて流麗な曲線を描き、たたずむ山のように思えたのよ。そして、そのところどころを彩るは、ヘアピンをはじめとした各種の髪飾りたち。
そのいずれも腐食の痕が見られて、それなりの年月が経っていることを忍ばせるけど、友達は察する。きっとあの「青」たちが蝕んだものに違いないと。
「どうも、私の髪の毛の山は人気らしくってね。登山、というか登髪する人が後を絶えないの。だからこうして、山肌を直しているのよ定期的に」
友達から受け取った髪の毛たちを、無造作に「山肌」へこすりつけていくいとこ。
その色は、山頂に近づくほど、一層青くいろづいているように思えたとか。