エピローグ
その後、栗原ゆりなのデビュー・シングルは、CDシングル売り上げランキング初登場一位を獲得。
長期間ランキング上位に滞在し、後にミリオンを突破するメガヒットとなった。
彼女の愛読していた小説『夢の都』は再注目を集め、発売からずいぶん経過してからのベストセラーになる。
完全に栗原ゆりな効果だった。
僕は昔、古本屋さんで中古本として安く買ったが、次はきちんと新装版になった新品の『夢の都』を購入した。
栗原ゆりなはセカンド・シングル、サード・シングルと立て続けにヒットを飛ばし、その勢いのままファースト・アルバムが発売され、世は栗原ゆりな一色となった。
僕はセカンド・シングルが出た時「やっぱり、もっと栗原ゆりなの歌声を聴きたい。だから次の新曲が発売されるまでは生きていよう」と考え、死を先延ばし先延ばしにしている間に、すっかり彼女のファンになってしまっていた。
いつしか、死にたいとは思わなくなっていった。
僕は彼女の歌う曲に救われ、以前より前向きに生きられるようになった。
過食も拒食も徐々に治まってきているし、なるべく部屋にこもらなくなった。
僕は、勢いで栗原ゆりなを応援するためのホームページまで作ってしまうくらい熱を上げた。
ホームページのブログには、栗原ゆりなに人生を助けられた事、僕と彼女の類似点などを綴ってみたりした。
──ある日、こんな事を考えた。
栗原ゆりなが僕に生きる力を与えてくれたように、僕もそういった力や夢を与えられる存在になれたらいいな、と。
それが僕の目標であり、夢となった。
以前『ラファド・ファンタジー』で知り合ったOndyさんにイラストを褒められた事があった。
僕はたしかに学生時代、美術の成績は良かったし、模写や風景画が得意だった。
だから栗原ゆりなのCDジャケット写真を鉛筆だけで模写してみた。
そして、その絵を僕のホームページで公開してみたところ、「まるで写真のようだ!」「この絵、本当に鉛筆だけで描いたの!?」と嬉しいコメントをいただけた。
それから栗原ゆりなを様々な画材で模写して、ホームページ上で公開している。
他にも風景画を描いたりしているが、栗原ゆりなのイラストも風景画も好評で、出版社から「是非うちで絵を描いてみないか?」などと声をかけてもらえるようになった。
まだ僕は人に夢を与えられるほどの存在ではないと自分では思っているけれど、なんだか認めてもらえたみたいで嬉しい。
今は栗原ゆりなを応援しつつ、少しずつだが社会復帰に励んでいる。
イラストレーターになれたらいいな、と夢を抱いている。
そして僕の絵を見て、夢を与えられたら、世界の何処かにいる誰かが救われてくれたら、どんなに素晴らしい事だろう?
いつか、僕がそんな存在になれたのなら……。
ある日の事だった。
栗原ゆりなのファースト・アルバム発売記念イベントで、僕は彼女と握手する機会があった。
そこで彼女は、僕と握手するなり、こう言った。
「……あなた……私と同じ。どうしてかは分からないけれど、とても他人とは思えません」
その時、彼女と僕の中の『死にたくなる穴』が、最下層で繋がったのだろう。
きっと、彼女と握手をした瞬間、僕たちの死にたくなる穴は埋まったのだ。
もう二度と、死にたくなる穴の夢は見ないだろう……。
【 完 】