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死にたくなる穴  作者: 南あきお
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悪夢

二十二歳の春。


大学を卒業した僕は“何か”──そう、目には見えない“何か”を見つけようと意気込んで上京した。

東京に行けば、“何か”があると信じていた。

それを見つければ、何者にでもなれるような気がしていた。


しかし、何も見つからなかったし、何者にもなれはしなかった。


地方の田舎から上京してきた僕には、東京は大き過ぎた……。

みんなのように器用には生きられなかった。

元々、不器用だった僕に、上手く生きる事なんて無理だったのかもしれない……。

地元でも無理だったのに、東京で上手くいくはずがない。


昔からそうだった。

僕は、とても不器用な人間……。


僕は小学生の頃から、家が貧乏だった事から、いじめを受け続けていた。

「汚い」「臭い」だの散々言われ、『あつし菌』というあだ名を付けられ、まるでばい菌のように扱われた。


中学生になっても、いじめは続いた。

小学校から上がって来た面子が、ほとんど一緒だったのだから仕方ない。


力が有り余ってる男子生徒たちからは、毎日のように『プロレスごっこ』と称して殴られ続け、陰険な女子生徒たちからは、完全に無視をされた。


第二次性徴期真っ只中だった事もあり、よくみんなの前で『オナニー・ショー』と題し、強制的にオナニーをやらされた。

発育の良かった僕は、まだ下の毛もまともに生え揃っていないクラスメイトたちから好奇の眼差しを注がれた。


そんな中、父の事業が成功し、僕の家は以前より随分裕福になった。


しかし、いじめの原因だった貧乏から離脱したというのに、いじめは止まらなかった。

それどころか、よりエスカレートする事になった。


毎日のようにクラスメイトたちからお金をたかられ、僕のお金で大人の玩具を買わされ、それをオナニー・ショーで使うように強要された。


学校の先生には勿論、親にもこんな事、相談できなかった。

ずっと誰にも言えず、一人で抱え込んでいた……。


登校拒否しようとしたが、誰かしらが家まで迎えに来て、嫌がる僕を学校まで引っ張り出す。


クラスメイトのみんなは、僕をいじめる事で団結力が増しているようだった……。



高校は地元から離れた学校に進学した。


今までの僕を知らない人たちの環境の中で、新しい自分の人生をスタートさせようと思ったからだ。


身なりも気を使い、明るく振る舞うように心掛けた。

すると、友達はすぐにできた。

クラスの中心的なグループに仲間入りをし、明るい高校生活のスタートは、好調かのように思えた。


しかし、そのグループの中で、僕は本当の自分をさらけ出せずに苦闘してしまう……。


みんなのノリについて行けないのに、無理にみんなに合わせていた。

全然面白いとは思えないギャグにも無理して笑い、常にみんなに嫌われないように、自分に嘘をついていた。

みんなの顔色ばかり覗って、とにかく毎日必死だった。

笑顔を絶やさないように振る舞っていたが、常に心の中では泣いていた。


みんなと一緒に居れば居るだけ、孤独を感じていた……。


学校から帰ってくると、どっと疲労感、倦怠感、吐き気がして、食事もあまり喉を通らなかった。


──その頃からだった。

『死にたくなる穴』の夢を見始めたのは……。


何も無い荒野に穴だけが空いていて、そこには『鬱』という文字の形をした浮遊体が、何処からともなく飛んで来て、穴の中に吸い込まれていく。


穴の中を覗き込むと真っ暗で、呻き声、叫び声、泣き声など、負の感情を混ぜたような声が聞こえてくる。


穴の底には、死が待っているような気がした……。



なんとか一年間自分を演じ続け、高校二年生になり、クラス替えがあった。


今度は自分らしく、ありのままの自分で二年生からやっていこうと思っていたのもつかの間、また一年生の時のクラスのグループの連中と同じクラスになってしまったのだ。


その晩、僕は、死にたくなる穴に落ちる夢を見た。


しばらくの間は我慢して学校に通った。

毎日、心の中で戦争をしているかのようだった。


しかし、このままじゃあ自分がパンクしてしまうと思い、学校を中退したいと両親に打ち明けた。

しかし、世間体などを気にしてか、両親はそれを了承してくれなかった……。



しばらく無理をして高校に通っていたが、食が極端に細くなってしまい、体重が一気に落ちた。


それでも両親は、学校を中退させてはくれなかった。


なんだかヤケクソな気分になってしまい、がむしゃらに前以上に明るく振る舞った。

すると無理が祟ったのか、学校で倒れた。


さすがに両親も僕を哀れんだのか、学校を休学させてくれた。

ただし、二ヶ月間という期限付きで。



二ヶ月間、幸せだった……。

学校、グループ、勉強、人間関係、全てから開放されて、実にゆったりと穏やかな気分だった。

体重もみるみる元に戻り、死にたくなる穴の夢など見る事はなかった。


なんとか頑張って、復帰できるような気がした。



学校に復帰し、再び僕の学生生活が始まった。


しかし、すぐにまた死にたくなる穴の夢を見るようになった……。

やっぱり無理だったんだ……。


僕は耐えられなくなってしまい、両親に相談した。

しかし、返ってきた答えは厳しいものだった。


「お前は男だろ!! その程度の人間関係で悩んでいるようじゃあ、社会に出て行けないぞ!!」


……お父さんの言い分は分かる。

僕は、弱い男だ……。

女の子に生まれれば良かったのかな……?


自分を繕う事がこんなに辛い事だったなんて知らなかった。

自分に嘘をつく事がこんなに苦しい事だったなんて知らなかった。


小、中学校のいじめの方が、まだマシだった。


あの頃も辛かったけれど、なんだか必要とされてる感じがした。

僕がいじめの生け贄になれば、みんなが喜んでくれたのだから……。


今の僕の高校のクラスのグループ内でのポジションは、居ても居なくてもどっちでもいいような、そんな曖昧なところだろう。

みんなが騒いでるのに便乗して、合わせていれば良いだけ。


多分、肉体的にはマゾヒストなんだと思う。

また、オナニー・ショーがしたい。

誰かに必要とされたい。

あの頃に、戻りたい……。


そんな事を考えれば考える程、虚しくなるだけだった。


……もういい、僕は俳優なんだ。

学校という舞台で、演じ続ければ良いんだ。

あと少しの辛抱だ。

耐え抜くんだ。


そう、何度も頭に叩き込んだ。


死にたくなる穴の夢を毎晩のように見ながらも、なんとか学校に通い続けた。



進路を考える時期になった。


大学など行きたいと思わなかったが、両親が大学に進学する事を強く望んでいたので勉強し始めた。

塾にも通い出し、勉強を理由にグループのみんなと程良く距離が保てた事が救いだった。



三年生になり、クラス替えによって、今までのグループの連中とは離れたクラスになれた。

……もし、またあの連中と同じクラスだったら、自殺していたかもしれない。



一年間、勉強中心の生活をした。


友達も作らず、特定のグループに属する事もせず、僕はクラスの中で空気のような存在になった。

少し寂しさは感じていたけれど、人間関係の煩わしさに比べればどうって事なかった。


クラスメイトのみんなが受験一色なクラスだった事もあり、特定のグループに属さず、群れない人も何人か居た。

僕はその人たちのお陰で、幾分、気が楽になっていた。



勉強の甲斐があって、志望の大学に合格した。


しかし、大学で上手くやっていけるのか心配だった。

でも、今から社会に出る事が怖かったので、とりあえず大学に進学してみようと思った。

親も行け行けとうるさかったし……。


大学は県外だったので、僕は一人暮しを始める事になった。

両親から充分な仕送りもあった。


大学生活が始まるまでは、寂しさより不安が勝っていた。

知人も居ない知らない土地で、これからどうやって大学生活を送っていけば良いのか分からなくて、頭がいっぱいだった。


それに大学では、僕は、どんな風に振る舞えばいいのか悩んでいた。

また無理をして明るいキャラクターを演じ、自分を偽って、上辺だけの友達のグループに属しても辛いだけだし……。

かと言って、ありのままの自分をさらけ出して友達ができるんだろうか?

このまま本当の友達もできずに学生生活が終わってしまうのも嫌だと感じていた。


答えが出ないまま、大学生活がスタートしてしまった。


いざ、実際に大学に入学してみると、大学デビューを図るような奴ばかりだった。

意気込み過ぎというか、発情期なのか何なのか知らないが、チャラチャラして色こいてるような奴ばかり。


とてもじゃないけど、そんな輩に合わせてついて行こうとは思わなかった。

無理をしてこんな奴らに合わせるくらいなら、一人で居る方がマシだと思った。


新歓コンパなども、体調が悪いと理由をこじ付けて行かなかった。


その結果、しばらくすると孤立するようになった……。


大学では、いじめは無かったが、孤独だった……。


学食でみんなが楽しそうに昼食を食べている中、僕は一人で昼食を食べる事が惨めで恥ずかしくて、隠れるようにトイレの個室の中で昼食を食べていた。


自分以外のみんなが楽しそうにキャンパス・ライフを送るようになり、やっぱり無理して合わせた方が良かったのかもしれない、と思うようになっていった……。


最初はみんなの事を、大学デビューを図っていて格好悪い、みっともない、なんて見下していたけれど、僕だって高校デビューを図った男だ。

みんなに好かれようと思って、いじめられないようにと願って、高校に入ってから急に身なりや話し方を変えた。

それなのに、僕は……。



一日中、一言も話さないでいる事がほとんどの毎日。

大学に行っても誰とも話さず、アパートに帰って来ても話し相手がいなかったから。



──どうして僕はいつも、ひとりなんだろう?

ふと、アパートの一室で夕食を食べながら、思った。

大学でもひとりぼっち、家に帰ってもひとりぼっち、休日もひとりぼっち。

誰もそばに居てくれない。

誰も話しかけてくれない。

誰も僕と遊んでくれない。

みんな、僕と友達になりたくないのかな?

どうして僕は、いつもひとりぼっちなんだろう?

ご飯を食べながら、涙で視界がぼやけた。



……本当は、僕は淋しがり屋なんだと思う。

だけど不器用だから、上手く人間関係が築けない。


人間関係って難しい……。


僕は、寂しさを紛らわせる事を探していた。



ある日、こんな自分に嫌気がさして、部屋の中にある食料を片っ端からヤケ食いしてみた。


一時的だったが、なんだか気分がスッキリした。


それ以来、週に一度はヤケ食いをするようになった。

食べた物を吐いたりはしなかったので、過食症ではないと思った。

ヤケ食いをするとストレス解消になり、寂しさを紛らわせてくれた。

特に甘い物を食べると、脳内のドーパミンが大量に放出されるような感覚に陥った。

食パン一斤をマーガリンとジャムたっぷり塗って食べるのが癖になった。


体重がどんどん増加し、以前に比べ、かなり太ってしまった。

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