二つの顔持つ君との出会い③
③二つの顔持つ君との出会い
次の日、残り4日。
授業があった日中は特に何も起こらなかった。翼と佑は放課後になり、校内を歩いていた。
お互いに予定が無かったのでとりあえず校内を歩いていれば何か見つかるかもしれないと二人は思っていた。
「何か感じる?」
佑はメガネ姿の翼に声をかけた。翼は辺りを警戒していたが首を横に振った。
その時、頭からポツリと雨が降ってきた。二人は晴れている空を見上げ、立ち尽くした。
「空は晴れているからお天気雨ってやつだね。」
翼は少し恋しそうに空に向かって左手を伸ばしていた。
その雨が徐々に強くなってきたので1号館の学生ホールに一時避難することにした。
学生ホールとは食堂の隣にあるカフェスペースのことである。
お昼は学生で賑わっている場所だが放課後の時間は誰もいなかった。
二人の間にはしばらく無言の時間が続いた。学生ホールには雨の音だけがひたすら響いていた。
学生ホールから見える中庭にある洋風の椅子と机が雨に濡れて徐々に色が変わっていた。
最初に口を開いたのは佑だった。
「こういうお天気雨の時って少しだけわくわくしない?
子どもが台風だとテンション上がっちゃうみたいな感じで。」
佑は雨に負けない爽やかな笑顔で言った。
しかし、メガネ姿の翼は対照的で少し不機嫌そうに答えた。
「いや、全く。空を飛びにくいし雨は嫌いだ。」
その返答を聞くと佑は少し寂しそうな表情をして窓に目を向けた。
すると翼はメガネを頭の上に乗せて言った。
「私はその気持ち分かるよ。なんか非日常って感じでワクワクするよね。」
佑は嬉しそうに翼の顔を見た。翼は優しく微笑んでいた。
二人は学生ホールから黙って中庭を眺めていた。
しばらくすると雨が少しずつ弱くなり、止んだ。
「雨、上がったね。」
「じゃあ、そろそろ行くか。」
翼は3号館に向かって歩き出した。
3号館は5階まであるPC棟である。
基本的に授業で使う棟だが3階には朝から夜まで自由に使えるPC実習室がある。
まず二人はそこへ向かった。中に入ると数人の学生がバラバラに座り自習をしていた。
二人は実習室に入り、部屋を1周歩いた。
しかし何も異常が見つからなかったため、すぐに部屋から出た。
「何も異常は無かったね。」
翼は佑に言った。すると、佑は何かに気がつき、隣を歩く翼を手で制した。
「待って。何か前方から聞こえる。」
二人は立ち止まり耳を澄ました。翼にも確かに何か変な音が聞こえた。
恐る恐る前に進むと、4号館の方から聞こえてくるようだった。
二人は3号館と4号館を繋ぐ通路を走った。すると、前から誰かの足音が聞こえた。
足音はパネルの飾ってある実践学習支援センターに沿って聞こえ、4号館の廊下に消えていった。
二人は音の消えていった方へ足を早めた。
廊下に並んでいる教室は電気が消え真っ暗で誰もいなかった。
佑は不気味な廊下を見て、固まっていた。
佑の隣にいた翼はメガネをかけ、堂々と廊下を突き進んでいった。
佑はためらいながら翼の後ろから付いていった。308教室、307教室・・・。
片っ端から教室を見て回った。
そして304教室を通りかかった瞬間、教室のガラスに一瞬、誰かの顔が写った。
「うわぁぁ!」
佑は腰を抜かし驚いた。翼はすぐに304教室のドアを開けた。
中には身体つきの良いメガネの男子学生が二人の方を見て教室の奥に立っていた。
メガネ姿の翼は男子学生を見て言った。
「予知夢に出てきたのは彼だ。彼は俺の生前、カラスにいじめられているところを助けてくれた。」
翼はゆっくりと教室の中に足を踏み入れた。
佑も急いで立ち上がり、翼に続いて教室に入った。
その瞬間、教室が消えて3人だけの無音な空間が広がった。
目の前にいる彼は一向に口を開く様子が無かった。
それが逆に不気味で無の空間が強調されていた。
「き、君は何を悩んでいるんだい?」
佑が彼に問いかけたがその声は虚しく闇に飲み込まれた。
しかし佑はあきらめず、彼に近づきながらさっきよりも大きな声で問いかけた。
「君は、何について悩んでいるの?」
すると、目の前から男子学生が一瞬で消えた
。佑はその光景に目を疑い、周りを見渡した。
しかし、暗闇の世界が広がっているだけで何も見えなかった。
「ここだよ。」
気がつくと男子学生の顔が突然、佑の右隣に現れた。佑は驚きながら退いた。
その後、闇の中から複数人の笑い声が聞こえてきた。
「翼、これ、どういうこと?」
佑は翼に話しかけた。すると、翼はメガネをかけているが雰囲気はいつもの翼だった。
特に返答もなく佑と同じで状況を把握しきれていない様子だった。
佑は冷静にこの状況の解決策を考えた。
(考えろ。心を落ち着けて冷静に状況を判断するんだ)
すると、最近、習った子どもの心理の授業を思い出した。
『子どもの心理というものは単純なんだよ。やんちゃ坊主も大人に構って欲しいから悪いことをするだろ?大切なのは相手が今、何が欲しいかを考え、与えてやることだ。』
先生はそう言っていた。
(相手の欲しいものを考える………。)
佑は呼吸を整えて彼に向って言った。
「瞬間移動が出来るなんてすごいね。どんなカラクリになっているの?」
とりあえず相手を褒めた。
佑が少しずつ、男子学生に近づくと、男子学生は佑を怖がりながら退いた。
佑は質問を繰り返した。
「質問に答えてよ?」
佑が強気で言うと男子学生が動きを止めて、拳を握りながら叫んだ。
「僕に……僕に質問するなぁ!」
叫び声と共に男子学生から黒い針のような物が飛んできた。
佑と翼は咄嗟に腕でその攻撃を防いだ。腕を見ると攻撃を受けたはずなのに無傷だった。
しかし、次の瞬間、急に心臓が掴まれたかのような激痛が身体を走った。
「なんだこれ。精神ダメージを負わせる攻撃か?」
翼は今の状況を素早く把握し、男子学生に向かって言葉を発した。
「もしかして君は、質問されるのが嫌いなのか?」
すると、男子学生が答えた。
「そうだよ!僕は声も大きくないし、頭も良くない。毎回毎回、なんで僕だけ授業で質問されるんだ!こんなのあんまりだ。どんどん成績がマイナスになる。先生なんてどいつもこいつも大っ嫌いだ!」
その言葉と同時に攻撃が飛んできた。二人はその攻撃を避けた。
そして、佑は素早く男子学生に向かって走りだした。
「佑!」
男子学生は、佑の俊敏な行動に驚き、腰を抜かした。佑は彼の目の前に立ち言った。
「その気持ちすごく俺も分かる!」
男子学生と翼は佑の言葉に驚いていた。佑は言葉を続けた。
「俺も授業中、先生に質問されてきちんと答えられたことがない。しかも、俺は笑って誤魔化すなって毎回言われる。」
佑は悲しそうに笑った。男子学生は顔を上げ、佑をじっと見つめた。
「君もそうなの……?」
翼はゆっくりと佑の隣に並び、男子学生に言った。
「君だけじゃなかったみたいだな。」
「そんなの気にするなよ。他のところで点数稼げばいいじゃん。」
佑と翼は男子学生に向かって手を伸ばした。
男子学生はゆっくりと救いを求めるように二人の手を取った。その瞬間、黒い闇が弾けた。
男子学生はそのまま気を失ったので4号館の廊下にある椅子に座らせた。
二人はバスに乗り、帰路についた。
「成仏まであと、1人か。でも、明日から2日間は大学がお休みだからあと1日。」
翼の表情は曇っていた。
「何かあったら休日でも連絡してよ?」
佑はスマホを取り出し、翼と連絡先を交換した。
「ありがとう。何かあればすぐに連絡させてもらうよ。」
翼は言った。
しかし、その心配はいらなかったようであっという間に2日間が過ぎ、最後の日がやってきた。
その日は二人とも朝から同じバスだった。
「おはよう!休日は大丈夫だった?」
「おはよう。この2日間は何もなかったよ。」
「そっか、翼が無事でよかったよ。」
佑は爽やかな笑顔で言った。翼も佑の笑顔につられて微笑んだ。
日中は特に何も起こらなかった。二人は放課後、4号館1階にあるラウンジにいた。
ラウンジは、天井が吹き抜けになっていて、声が響きやすい場所である。
放課後は、ダンスサークルが使っていることが多いが今日は活動がないみたいで二人以外は誰もいなかった。
「じゃあそろそろ行きますか。」
翼は優しい声で目の前に座る佑に声をかけた。
翼は首を縦に振ってから頭の上の黒いメガネをかけた。
今日で3人目の学生を救えなかったら翼は一生、このまま生きることになってしまう。
さすがの佑もこの時に限っては笑っていなかった。二人は1時間くらい校舎を歩き回った。
しかし結局、何も見つからなかったため、再びラウンジに戻ってきた。
佑は目の前に座る翼に声をかけようとした。
しかし翼は今までにないほどの不安そうな顔をしていて、かける言葉を失ってしまった。
佑は、翼と目を合わせることも気まずくラウンジの壁を見ていた。
掲示板には部活やサークルの勧誘ポスターが貼ってあった。
その横の掲示板には大学からのお知らせやイベントのチラシが貼ってあった。
佑が掲示板を眺めていると、1つのポスターが目に付いた。
「近すぎて見えないものもある。」
ラウンジに貼ってあったポスターの文字を読んで、佑は何か閃いたような顔をして翼に聞いた。
「ねぇ、翼自身は、何か悩んでいたり抱えていたりしない?」
突然、話しかけられた翼は少し躊躇いながら答えた。
「いや、特にないよ。」
佑は言葉を続けた。
「本当に?ずっと気になってたんだけど翼は何でこの大学にきたの?確か地元って遠いよね?」
佑は翼が地元を離れて一人暮らしをしていること理由について尋ねた。
「理由としては家を出たかったから……かな?他には………。」
「他には?」
翼が顔を曇らせ黙り込んだ。
しばらく、沈黙が続きそうだと思った佑は爽やかな笑顔で自分の話をし始めた。
「俺は先生になりたいからこの大学にきたんだ。先生になるための勉強をしたいと思って。翼はどうなの?翼も先生になりた………」
佑が言い終わる前に翼は無言で立ち上がった。
「その話はやめよう。自分には佑みたいな理由は無いよ。」
翼は珍しく、声を荒げていた。そして、そのまま立ち上がった。
佑はどこか逃げようとしている翼の様子を心配しながらも腕を咄嗟に掴んで言った。
「待ってよ。翼、俺に何か隠していることあるよね?」
翼は佑の方を振り返ろうとしなかった。佑は言葉を続けた。
「最初に俺と出会った時、心がなんとかって言ってたの、翼自身と比べてってことじゃないの?」
その瞬間、急にラウンジが色を失い、モノクロの世界になった。
まるで時間が止まって二人きりの世界になったようだった。
佑が辺りを見渡すと走馬灯のように翼の記憶がパズルのピースのように映っていた。
どうやら高校生の翼の記憶らしい。
その記憶には父親と母親が翼を不安そうに見つめている光景が映っていた。
「国公立にもいけない頭で先生になれるわけないだろ。よく考えろ。」
父親は不機嫌そうに言った。
「そんなお金のかかる私立に行くの?それなら就職した方がいいんじゃないの?」
母親の声も聞こえてきた。
両親は翼を否定する言葉をかけていた。次に見えてきたのは翼の高校の部活の友達らしき人だった。
「翼くん、先生になるって本当?部のみんなは専門学校に進むってよ?」
おさげの女子が言った。
「ぜってぇ、お前は俳優とか目指せるって!文化祭の出し物で役を演じている時のお前、輝いてたもん。」
男子学生が声を荒らげながら言った。
佑は翼の記憶のピースを悲しそうに見つめていた。
その記憶のピースは雨のようにどんどん床に落ちては消えていった。
(誰も翼を応援していない。高校の頃はこんな環境だったのか。)
いつのまにか佑の頬には一筋の涙がこぼれていた。翼は静かに言った。
「私は佑みたいにまっすぐに生きられない。佑のそういうところは本当に羨ましいよ。」
翼は佑の腕を振りほどいた。
そして真っ黒い羽を広げ、ラウンジのガラスを打ち破り外へ飛んでいった。
一瞬見えた翼の横顔は悲しみに満ち溢れていた。
「待って!」
佑は涙を拭い、翼を追いかけた。チェリーロードの坂を全速力で駆け上がった。
しかし、すぐに翼の姿を見失った。
すると2号館の方からガラスの割れる音がした。佑はすぐに音の聞こえた2号館に向かった。
階段を駆け上がると割れた窓ガラスの破片が廊下に散乱していた。
佑はそのまま外に逃げる翼を追いかけた。
全力で追いかけたが追いつくはずもなく、息が上がっていた。
(これじゃキリがない。何か方法は無いのか。)
校内を走り回り疲れてきた佑は焦っていた。頭では翼を助けたいとの一心でぼんやりしていた。
(落ち着け……深呼吸、深呼吸。)
佑は胸に手を当てた。ゆっくりと呼吸を整え、冷静に考えた。
そして1つの考えを思いつき、4号館に向かって走った。
佑は4号館の3階のテラスに立ち、校内全体に聞こえるような大きな声で叫んだ。
「翼!校内のどこかにいるんだろ。でも俺がどんなに走ってもどうせ捕まえられない。」
モノクロの世界には佑の声さえ響かなかった。
しかし、佑は構内のどこかにいるであろう翼に向かって叫び続けた。
「今日、翼を助けられないのならば俺は・・・自分で自分にけじめをつけてやる。」
佑は手すりに上った。3階テラスから飛び降りようと考えたのだ。
もちろん、下はコンクリートなので無事では済まないだろう。
佑は下を見ながらその高さに息を飲んだ。
しばらく立ち尽くしていたが、大きく深呼吸をした後、最後に叫んだ。
「俺は翼の力になりたいし助けたいんだ!」
佑はそのまま3階から飛び降りた。重力に身を任せ、真っ逆さまに落下した。
するとどこからか黒い物体が佑を目掛けて一直線に飛んできた。
もちろんそれは翼だった。
翼は佑が地面に落ちる寸前、佑を受け止めた。
しかしスピードを制御できず、そのまま近くの木に激突した。翼は珍しく心を乱していた。
「何やってるんだ!君は……、佑はなんでそんなに命をかけてまで、そんな真っ直ぐ生きられるんだよ。」
翼は息を切らしながら佑に向かって叫んでいた。
佑は息を整えながら翼の目をまっすぐ見ていた。
そして少し照れくさそうにいつもの笑顔を翼に向けた。
「俺にとって翼が大事な友達だからかな。でも、こうして助けてくれたじゃん。」
翼は複雑そうな顔をしていた。そして佑はそのまま腕を伸ばし、翼の頭を撫でながら言葉を続けた。
「翼は頑張ってると思うよ。今は誰にも認められなくても俺は翼のこと認めるから。」
翼の表情はどんどん崩れていった。佑は弱弱しく微笑んだ。
「しっかり勉強してさ、教師になって笑って卒業できるように頑張ろう?大丈夫、自分を信じろよ。」
その瞬間、世界が色を取り戻しモノクロの世界が弾けた。
翼は手で顔を覆いながらゆっくりと言った。
「…ありが……とう。……ごめん。本当にごめんなさい。」
それと同時に、翼の背中から黒い鳥が空に向かってゆっくりと飛んでいった。
黒い鳥は嬉しそうに見えた。佑は落ち着くまで翼の背中をさすっていた。
成仏してから数日が経ったある日のお昼休み。
「お疲れ様!それ美味しそうだね。」
二人は心地よい風の吹く中庭でお昼を食べていた。佑は少しだけ心配そうに翼に尋ねた。
「その後の体調はどう?」
「問題ないよ?でも……」
翼は頭に乗せたメガネをかけた。
「人格は戻らねぇなっ……なんて!」
翼は前より笑顔が増えた。佑は、そんな冗談を言う翼に笑った。
「なんだよ!でも、やっぱりメガネ1つで翼って雰囲気、変わるよね。
そういえばギャップ萌えがどうとかって、この前、翼について女子が騒いでたよ?」
佑はカップラーメンをすすりながらさらっと言った。翼はむせそうになりながら手を振り否定した。
「そんなわけないよ。からかうなって。でも、確かに最近、よく誰かに見られている気がするかも……なんて。」
佑は食べている手を止めて、驚いたように翼の顔を見た。
「え、もしかしてモテ期じゃない?」
二人の笑い声が中庭に響いた。
空は快晴で雲ひとつ無かった。二人の心もこの空のように清々しく晴れていた。
~あとがき~
どーもNoeruです。まさか、こんなに早くまた皆さんとお会いできるなんて嬉しい限りです。今回は珍しく、男性しか出てこない短編小説を書きました。(※番外編のサイドストーリーでは女性キャラを出したいと考えています。)
この小説はパッとアイディアが思いついて書き始めました。ふと私が一人で帰宅中、急にこの小説の主人公「佑」と「翼」のキャラクターが降ってきました。それからさくさくと話は進み、短時間で完成させることが出来ました。短編ゆえに話の展開が早すぎる部分も多々ありますけど。
キャラクターのモデルはもちろんいます(笑)
最近知り合った方たちです。ちなみにまだ彼らとは知り合って日が浅いので、私自身、彼らの性格はあまり分かっておりません。つまりこの小説のキャラクターの性格は完全に私の想像と妄想(と理想)を膨らませて書いております(笑)
ちなみにモデルにさせてもらった彼らはとても良い方たちです。私から見て、とても魅力があるなぁと思ったので今回、モデルに起用させていただきました。キャラクターの容姿はできるだけモデルに近づけて描いてもらっております。ちなみに私はもちろんこのキャラクターたちに愛着が湧いております。(自分が作ったキャラクターなので当たり前ですね。)
最後に毎回、表紙を描いてくれる杜若 凛さん、推敲を手伝ってくれたKさん、忙しい中ご協力していただきありがとうございました。お二人の力あっての完成です。感謝しか出て来ません。
もちろんこの小説を手に取ってくれた読者のみなさんにも感謝しています。また皆さんとお会いできる日を心より楽しみにしています。
Noeru