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二つの顔持つ君との出会い②

②二つの顔持つ君との出会い


 次の日、残り6日。

空は雲ひとつない心地の良い快晴だった。

あえて嫌なところを上げるとしたら生ぬるい風が少し鬱陶しく吹いていることくらいだった。

二人は一緒にスクールバスに乗り込んだ。

「昨日、言っていた3人って、どうやってこの大学内で見つければいいんだろうね?」

隣に座る翼に聞いた。翼は考え込んでから、ゆっくり佑に言った。

「じゃあ、私の中にいるBBに聞いてみようか?」

翼が頭の上のメガネに手をかけた瞬間、佑が不安そうに翼の腕を掴んだ。

「ちょっと待って。この前みたいに暴走とかしないよね?」

この前とは佑と翼が初めて会ったあの時のことだ。

すると翼はそのまま優しく微笑み、メガネをかけた。

すると一瞬にして雰囲気が変わった。メガネ姿の翼はゆっくりと言葉を発した。


「普段は暴走しないから心配するな。はっきり言ってその3人の手がかりは全く無い。

性別すら分からない。」

佑は翼の言葉を聞き、黙り込んだ。

二人の間にはしばらくバスのエンジン音と周囲の話し声だけが響いていた。


「まぁ、焦らずとも大丈夫さ。」

翼は捨て台詞を吐きながらゆっくりとメガネを頭の上に乗せた。

そして翼はいつもの雰囲気に戻り、申し訳なさそうにしていた。

バスが大学に着き、二人は無言のまま歩いた。

教室に入ると佑に向かって友達が手を振っていた。

翼はそのまま別れようとしたが、たまたま翼の友達も席が近かったのでそのまま二人は隣同士で座った。


「え、佑とつばさっちって知り合いだったの?」

二人の共通の友達が声をかけてきた。

「えぇ、まぁ。最近、仲良くなったんだよ。ねっ?」

翼も同意するように力強く頷いた。すると翼の友達の1人が口を開いた。

「なんだ、じゃあ話が早いな。今日出されるグループでのプレゼン課題、

ここにいるメンバーでやればいいじゃん。ちょうど5人だし。」

すると、近くにいた翼の友達も同意していた。

「いいね。そうしよう。これからよろしく!」

これが今後付き合っていくことになる友達グループだった。

一日の授業が全て終わり、放課後になった。二人は2号館1階の食事スペースに移動した。

翼はメガネをかけて、やや強面の顔で佑を見つめていた。

佑も、じっと翼の顔を見つめ返した。最初に口を開いたのは佑だった。


「翼ってメガネかけると雰囲気が変わるよねぇ。まぁ、中身は翼じゃないわけだけど。」


見た目は翼だが、いつもの翼よりも少し強面な雰囲気を醸し出していた。

メガネ姿の翼は何も言わなかった。佑は軽くため息を漏らした。

周りを見渡すと食事スペースにはイヤホンを付けて1人で自習している学生やカップルが数人いるだけで静かだった。

その時、いきなり目の前に座るメガネ姿の翼が勢いよく立ち上がった。

座っていたプラスチック製の椅子が倒れ、乾いた音が部屋に響いた。

佑は椅子の倒れた音に驚きながらやや大きな声で言った。

「なになにいきなりどうしたの?」

佑は不安そうに翼の顔を見上げた。

すると、翼は目を見開き、直立不動で立っていた。

「胸騒ぎがする。近い。」

翼はそれだけ呟くといきなり歩き出した。

佑は翼が倒した椅子を急いで戻し、荷物をまとめて後ろから追いかけた。


翼は3階を目指し、階段を駆け上がった。

3階は主に楽器教室のある階だった。学生がピアノを練習するための防音の個室がいくつもある。

翼はその廊下を迷いなく進んでいった。

その時、部屋の中の1つから不協和音と叫び声が聞こえた。二人は声が聞こえた部屋に足を速めた。

ドアを開けると部屋の中は真っ暗でピアノと膝をついていうずくまっている女子学生の姿があった。


「こんなの弾けないよ。何度練習したって絶対に無理よ!」


彼女が叫ぶと、佑と翼が入ってきたドアが勝手に閉まった。

佑はすぐドアに手をかけたが開かなかった。


「どうしよう翼。閉じ込められたみたいだよ。どうする?ねぇってば!」


佑が翼の肩に手をかけた。すると翼は震えていて様子がおかしかった。

顔を覗くとメガネをかけているのに雰囲気と表情がいつもの翼だった。

佑は驚きながら翼の肩から手を離した。その際も彼女は何かぶつぶつと呟き続けていた。

「……もう、死にたいよ!」

その言葉と共に部屋が闇に包み込まれた。

周りはピアノ教室が消えて3人しかいない真っ黒な空間が広がっていた。

佑は状況が理解できず、軽く混乱していた。

しかし佑は冷静さを取り戻そうと目をつぶって大きく深呼吸をした。


(落ち着け、落ち着け。この状況を作り出しているものは……)


目を見開き、まっすぐに目の前にいる彼女を見た。

「そこの君!ピアノを弾けないくらいでどうした!そんなことでへこたれるなよ。」

佑は力一杯、彼女に向かって叫んだ。すると彼女は顔を上げ、佑に言い返した。


「何度練習しても弾けないのよ!でもこれを弾けるようにならなきゃ、単位が貰えない。卒業できない。もう私には無理なのよ!」


彼女の怒鳴り声は闇の中で反響した。しかし佑は負けじと声を荒げて言った。

「弾けるようになるよ!諦めるなよ!」

その時、彼女は怒り狂ったように叫んだ。

「あなたに、私の何が分かるって言うのよ!」

その声は部屋中に反響した。二人は耳をふさいだ。

咄嗟に彼女を見ると真っ黒になった楽譜を片手に持ち、佑に向かって投げてきた。投げられた楽譜を佑は危機一髪のところで交わした。彼女はもう一度、楽譜を握りしめ二人に投げようとしていた。

その時、佑は彼女に向ってまっすぐに叫んだ。

「君はなんでこの大学にきたんだ。先生になりたくてこの大学にきたんじゃないのかよっ!」

すると彼女はハッとした表情をして、手に持っていた楽譜を床に落とした。

そして、ゆっくりと呟いた。


「そうだ、私は………。幼稚園の先生になりたくてこの大学にきたんだ。」


彼女は少し正気を取り戻した。その瞬間、翼が彼女に向かって走り始めた。

そしてそのまま彼女に向かって腕を伸ばした。

するとその瞬間闇が弾けて、いつものピアノ教室に戻った。彼女は気を失い床に倒れていた。

二人はそのまま静かに部屋を出ようとした。

出る直前、彼女は一筋の涙を流しながら小さくありがとうと呟いていた。




 二人はバス停に向かって歩いた。

「大丈夫か?」

翼はメガネ姿のままだったが雰囲気はいつもの翼だった。俯いたままで表情までは分からなかった。しばらく無言の時間が続いた。


バス停に向かって歩いていると突然、翼が足を止めた。佑も翼より数歩進んで止まった。翼はゆっくり顔を上げて言った。


「ごめん、しばらく1人にさせてくれない……?」


翼は苦しそうを表情を浮かべていた。

佑は何か言葉をかけようと口を開きかけたが、そのまま分かったと一言だけ返し、バス停に足を速めた。

しばらくして佑は翼が心配になり後ろを振り返った。

しかしそこには翼の姿は無かった。大学内には少し不穏な風が流れていた。




 次の日、残り5日。

佑は翼を心配していたが教室に入ると翼はすでに友達と一緒に席に座って楽しそうに会話をしていた。

特に変わった様子は無く、雰囲気はいつも通りだった。

授業中も普段通り先生の話を聞きながらノートを取っていたので佑は安心した。

授業が終わり、隣に座っていた友達が佑に言った。

「ゆぅ〜、最後の方のノート見せて!」

すると、後ろに座る翼も佑に言った。

「ごめん、私にも見せてくれる?」

その時、佑は翼の顔色が悪いことに気が付いた。

しかし、佑は気が付かないふりをしていつも通りに接した。

「いいよ!翼がノート写せなかったなんて珍しいね?」

「あはは、まぁね。私自身も驚いているところだよ。」

佑は翼のぎこちない笑い方を心配しながらも笑顔でノートを見せた。



 昼休み、友達と一緒に購買で昼食を取った。すると友達の1人がカップ麺すすりながら言った。

「つばさっちって、なんかたまにオーラがかっこいいよな。」

「そうかなぁ?いつも同じだと思うけど。」

翼はお弁当を食べながら言った。すると他の友達が会話に混ざってきた。

「なんかギャップっていうのかな。授業中は、たまにメガネかけるじゃん?それの影響かも。」

すると他の友達も口々に言った。

「それは僕も薄々思ってた!今、メガネかけてみてよ?」

佑は心配そうに翼の様子を伺っていた。

「別にいいよ。」

翼は弱々しく微笑みながら小さく深呼吸をした。

そしてゆっくりと頭の上に乗せてあるメガネをかけた。


特に変化はなく意識は翼のままだった。

「ど、どう?何にも変わらないでしょ?」

翼は友達全員に注目されて恥ずかしそうに言った。佑は心の中でホッとしていた。

「本当だ。授業中にめっちゃ集中している時の顔だけいつもの翼と違うんだよな。」

「ってか、翼ってメガネ似合うよな。」

友達はじっくりと翼の顔を見て言った。翼は苦笑しながらゆっくりとメガネを頭の上に戻した。

「佑もそう思うよな?」

友達の1人がいきなり佑に話を振った。佑は、少し驚きながら咄嗟に答えた。


「あ、うん。俺もそう思う。なんかかっこいいよね。」


すると、友達の1人が人差し指を佑に向け、興奮したように言った。

「それなんだよ!つばさっちって、絶対、高校生の頃とか女子にモテたでしょ?」

会話の話題は恋愛系に逸れた。

しかし、佑には翼が無理しながら笑っていることが気になって仕方がなかった。

声をかけようか迷ったが、佑はふと翼から少し前に言われたことを思い出した。


『佑、お願いがあるんだけど他の友達にはこのこと秘密にしていてくれない?』


翼は他の友達を巻き込みたくないとい気持ちが強かったのでBBの件は秘密にしていた。

佑は翼の無理している状況を見て、少し辛かった。改めて佑は心中で翼を助けることを誓った。



 昼休みが終わり3限の教室に各自、散らばった。

翼と佑は同じ授業だった。自由席だったため、3人がけの後ろの方の席に座った。

翼は緊張を解きながらため息をついた。


「翼、なんか今日、疲れているように見えるんだけど大丈夫?」

佑はずっと気になっていたことを言った。すると、翼は手を振りながら答えた。

「えっ、そんなことないよ。心配してくれてありがとう。」

 チャイムと同時に授業が始まった。

授業が後半に差し掛かった頃、横に座る翼が小声で佑に話しかけてきた。


「お前っていつも楽しそうにしてるよな。」


佑は少し驚きながら佑を見た。意識が翼ではないことは声で分かった。

「いきなり、どうしたんだよ。」

メガネ姿の翼はじっと頬杖をつきながら佑を見つめていた。


「いつもニコニコしているなって思って。疲れないのか?」


メガネ姿の翼は不思議そうに言った。

「疲れないよ。毎日楽しいからね。」

佑は爽やかな笑顔で答えた。翼は珍しく、大きく目を見開き驚いた。

そしてすぐに優しく微笑んだ。佑にはその微笑みが翼のものなのか分からなかった。


「そうか。本当にキレイな心を持っているんだな。無理するなよ。」


翼は優しく佑の頭を撫でた。佑は翼のらしくない行動に戸惑った。



 授業がチャイムより少し前に終わった。

その後4限の授業を受け、放課後がやってきた。

佑は翼に声をかけようとしたが、翼は授業が終わるとすぐに荷物をまとめて急いでいるように見えた。

「じゃあ、今日はバイトがあるから帰るね。」

そのまますぐに教室を出て行った。佑も時間を確認し、家に帰ることにした。


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