二つの顔持つ君との出会い①
①二つの顔持つ君との出会い
カーンカーン
チャイムと同時に5限の授業が終わった。
佑は教室を出ようと荷物をまとめた。
すると佑の近くに座っていた女子学生の1人が声をかけてきた。
「佑くん、お疲れ様!」
「うん、お疲れ様。じゃあね!」
佑は爽やかな笑顔で返答し、教室を出て行った。
教室に残った女子学生たちは佑が教室から出て行ったのを確認すると、口々に言った。
「佑くんって、本当に爽やかだよね!」
「分かる!笑顔が眩しいよね。」
「性格も優しいしね。少し抜けている感じが可愛いっていうかね!」
女子学生は佑の話で大いに盛り上がっていた。
教室を出た佑はもちろんそんなことも知らず夢中でバス停に向かって走っていた。
「リュックがあると走りにくいなぁ。でも、元陸上部を舐めんなよ!」
佑は少し息を切らしながら独り言を呟いた。
1号館を抜け、坂になっている石畳のチェリーロードを全速力で走った。
バス停まであと少しのところで4号館の屋上に誰かが立っているのに気がついた。
(あんなところに人がいるなんて珍しいなぁ。)
佑からは逆光で真っ黒なシルエットしか見えなかった。
しかし、佑よりも少し身長が高く、体格的に男性だろうと予想がついた。
佑はその人物に気を取られ自然と減速していた。その時だった。
強い向かい風が佑に吹き荒れた。
その風でよろけた瞬間、4号館の3階からその人物が佑を目掛けて一直線に飛んできた。
佑はその姿から目を離せなかった。佑の横を通り過ぎる瞬間、その人物と目が合った。
その人物はメガネをかけていて、佑はメガネの奥の鋭い眼差しにゾッとした。
すぐにその人物が飛んでいった方向を振り返り、佑は直感でこう思った。
(あいつを止めないといけない気がする。)
その人物は大きく転回し、再度、佑に向かって飛んできた。
佑はその人物とすれ違う瞬間、
リュックのサイドポケットにさしてあった小さな虫あみに手を掛けた。
そのままその人物に向かって虫あみを振ると狙い通り虫あみに引っかかった。
しかし飛んできた勢いを止めることができず、佑は虫あみと共に引きずられ、
そのまま4号館の花壇まで吹っ飛ばされた。砂埃が豪快に舞った。
佑がゆっくりと目を開けると身体は黒い羽で受け止められていて、無傷だった。
顔を上げるとその人物の正体が分かった。
佑よりも先に彼が優しく口を開いた。
「暴走を止めてくれてありがとう。おかげで助かったよ。」
佑は口を開けて驚いていた。すると彼は折れてしまった虫あみの残骸を見ながら言った。
「…ってかその虫あみ、今日の図工の授業で作ったやつだよね。それで捕まえるとかアイディアが斬新すぎ。」
彼は笑っていた。佑も自然と笑顔がこぼれていた。
夕焼け空の下、花壇の砂をかぶりながらしばらく二人は笑っていた。それが二人の出会いだった。
次の日、二人は図書館で向かい合い座った。
「それで昨日の出来事の話をじっくり聞きたいんだけど、どういうことなの?」
昨日の彼の正体は黒澤翼だった。
佑と同じ学部で同じコースに所属しているため顔見知りだった。
しかし、こうして顔を合わせて言葉を交わすのはこれが初めてだった。
「それは私も聞きたいよ。」
翼は困った顔をしながら答えた。
「どういうこと?」
翼の話をまとめるとこうだった。
大学に入学してからすぐの頃から、自分の中に何か別の意識が取り憑いて覚醒する時があるということだった。
「二重人格になったってこと?」
「うーん、少し違う。」
その別の意識の時も翼の記憶はあるらしい。
しかし身体を動かしているのは別の意識。佑は不思議そうに翼の話を聞いていた。
「そういえば気のせいかもしれないけど翼ってメガネをかけると雰囲気変わるよね?
昨日からちょっと気になってたんだよね。」
佑は翼の頭の上に乗っているメガネを指さしながら続けて言った。
「いきなりなんだけど今、ちょっとかけてみてよ。」
「本当にいきなりだね。」
翼は苦笑しながら言った。
「いいから、いいから!」
佑は少し強引に翼に言いよった。
翼は頭の上にある黒いメガネに手をかけ、少し躊躇いながらメガネをかけた。
翼がゆっくりと目を開けると佑と目が合い、互いに驚いた。
佑はさっきとは違う雰囲気を纏った翼に驚いた。一方、翼はよく分からないことを呟いた。
「お前の心、めちゃめちゃ綺麗だな。こんな純粋な奴、初めて見た。」
佑は目の前に座る翼の皮を被った謎の意識に警戒しながら話しかけた。
「君だよね。昨日、4号館の3階から俺に向かって飛んできたの。一体、君は……。」
佑は言葉を言い終わる前にメガネ姿の翼によって遮られた。
そしてゆっくり人差し指を口に当てて言った。
「もう少し声のボリュームを下げてくれ。」
その声はさっきと比べて低く重かった。翼の声は佑の耳に真っ直ぐ響いてきた。
「君は一体、誰だい?」
佑はさっきよりも小声で疑うように問いかけた。メガネ姿の翼は少しにやけながら答えた。
「俺の名はブラックバード。通称BB。未練を残して死んだ黒い鳥さ。」
やはり今、佑の目の前に座っているのは翼ではなく別の意識だった。
佑は翼にメガネの奥からじっと見つめられて緊張した。
最初に出会ったときに感じた違和感の正体が分かった。
ゆっくりと質問を続けた。
「どうして……BBが翼に乗り移っているんだ?」
話は少し遡ること2週間前のことである。
翼が一人暮らしに慣れてきたある日のこと。翼は帰り道を一人で歩いていた。
その日は、5限まで授業があったので辺りはすっかり暗くなっていた。
翼が街灯の少ない道に差し掛かったところで前方に黒い物体が落ちていることに気がついた。
翼が恐る恐る近づくと、黒い物体はバサバサと音を立てながら地を這いつくばっている怪我をした1羽の黒い鳥だった。
(かわいそうに………。何とか助けてやりたいなぁ。)
翼はゆっくりとその黒い鳥に触れようとした。
しかし、触れようとした瞬間、弱々しく空へ飛んでいってしまった。
翼は心配そうにその黒い鳥が飛んでいった方向をしばらく見つめていた。
次の日、翼が家を出て歩いていると昨日と同じ場所に黒い鳥が横たわっていた。
どうやら昨日のうちに死んでしまったらしい。翼は急いで家に帰り、手袋を持ってきた。
しかし、いつの間にかその黒い鳥の死骸は跡形もなく消えていた。翼はその光景に目を疑った。
辺りを見回したが、いつもの道が広がっているだけだった。
しばらく立ち尽くしていると不意に一瞬、目がくらんだ。
「なんだ?」
翼は目を抑えながらしゃがみこんだ。しかし、すぐにその違和感は消えた。
翼は少し不安に思ったがその日はそのまま大学へ向かうことにした。
「その黒い鳥が俺さ。その時、こいつの身体に取り憑いたんだ。」
メガネ姿の翼は佑をまっすぐと見つめて淡々と言った。
「そんなことがあったのか……。それでどうしたら翼の身体から成仏できるの?
霊は未練がなくなれば成仏できるものだよね。」
メガネ姿の翼は表情を変えずにゆっくりと口を開いた。
「俺は死ぬ寸前、走馬灯と一緒に予知夢を見た。
この大学で心が真っ黒になって闇落ちしていく3人の学生だ。その3人は君たちの大学内の学生だった。」
「つまりその3人を救えば成仏できるんだね。」
「そういうことだな。でも1つ条件がある。」
「?」
メガネ姿の翼はゆっくりと立ち上がり佑の耳元で囁いた。
「期限がある。今日から1週間だ。その期限内に3人を見つけだし、救い出さないといけない。」
「……救うことができなければどうなるの?」
「俺は一生、こいつの身体の中で生きていくことになる。」
メガネ姿の翼は不敵に微笑んだ。佑はその不気味さにゆっくりと息を飲んだ。
その後、すぐに二人は図書館を出てバス停に向かった。翼はメガネを頭に乗せ、いつもの通りの翼だった。
「佑、巻き込んじゃってごめんね。」
翼は申し訳なさそうに俯いた。すると佑は首を横に振りながら翼に言った。
「そんなことないよ。俺もその黒い鳥の成仏、手伝うよ。」
佑は小さくガッツポーズをしながら翼を励ました。
「……ありがとう。でもあと1週間しか無いんだよね。」
翼は肩をすくめながら俯いた。そんな様子を感じ取った佑は明るく言った。
「何でも言って!俺、翼に全力で協力するから。黒い鳥を無事に成仏させてあげよう。」
翼は佑の顔を見て、その真っ直ぐな温かさに励まされた。
「そうだね。頑張ろう。」
翼は佑の笑顔につられて自然と笑顔が戻っていた。