1篇:荒野、彷徨う・前編
妖性に、七つの曰く在り。
一つ、現世為らざる秀麗を以て常世を籠絡する不埒者也。
一つ、乱に在り、禍を喚び、白々しく迂遠に生きる者也。
一つ、蠱惑の業駈りて末法に誘い拐かす妖しき者也。
一つ、闇に潜み、蔭に乗じ、寂寞たる常闇に侍る者也。
一つ、愚直にして驕慢、直情にして激昂、而して努めて涼しく泡沫の氷に座す蒙昧者也。
一つ、愛深き故、相容れない、哀に阨ぐ者也。
一つ、弥終の救世也。
大凡、関わるべき者に非ず。
大凡、信ずるべき者に非ず。
大凡、人に非ず。
予て、人外化生の類也。
――――――― 1 ―――――――
少女は、ハイウェイ・ルート14を東に歩を進める。
小さな体躯に似付かわしくない大きな背嚢と頭陀袋を背負い、20ℓポリタンクを運ぶ様は、一種異様。
ポリタンクには、大小2つのキャップ。小キャップには、レバー式コックが添え着けられており、フロン・ゴムチューブが伸びている。
道端に転がる朽ち果てた車輛のゴムタイヤに腰掛け、そのチューブを咥える。
レバーを捻り、
――チュゥ…
半透明のフッ素ゴムチューブを鮮やかな赤い液体が圧し流れ、彼女の口許に運ばれる。
いつも無表情な彼女が、僅かに安堵したような表情を浮かべる、そう見えた。
落ち着いたところで、胸元から一片のプラフィルムを取り出す。
『Sleeks Freaks』の仲介人から受け取ったプラフィルムには、キリル文字が記され、少女はこれを確認する。
――ナック・アーノ。
国内有数のドヤ街の1つ。
異国の少女にとっては、都合がいい。
──ルート14/ルート110の交差点付近
遠く、砂煙を巻き上げるビークル。
激走する酷く使い込まれたSUVを猛追する改造されたクアッドとバギーカー。
只ならぬ追走。
──ヒャーッハッハッハァーッ!
エンジン音に混ざり、狂気の雄叫び、が響く。
程なく、鑢状に覆う砂埃塗れの痛んだ土瀝青を走るSUVに、路肩を併走する程迄迫ったクアッドのライダーから火焔瓶が投擲。
スモークガラスではなく、単に純粋な汚れと傷でそう見えるフロントガラス。
投げ付けられた火焔瓶が、加速度のついた衝撃で無数の罅と黒煙を上げる炎でフロントガラスを覆い尽くす。
前方視認が不良な時、人は無意識にブレーキに足をかける。
その僅かなブレーキングが、追い縋るバギーカーとの距離を縮める。
此処ぞとばかりに、バギーカーの屋根に取り付けられた捕鯨砲から尖頭銛が爆音を伴って射出、SUVのリアハッチに突き刺さる。
銛にはワイヤーが括り付けられ、今やSUVはバギーと対を成し、その虜。
急ブレーキを踏むバギーに釣られ、バランスを崩したSUVは激しく横転、ハイウェイ脇に投げ出される。
横倒しになったSUVに程近い場所でクアッドとバギーは停まり、降りてくるのは、“殃餓”共。
荒野の破落戸である殃餓達にとって、ハイウェイを単独走行する車輛は、正に“カモ”。
殃餓は、謂わば、戦後に現れた狩猟民族。寧ろ、野盗・山賊の類。
汚染された有害な環境に加え、蔓延する感染病。今や、紫外線さえ、危険水域。そんな荒野で生まれ育った先天異常持ちの輩。
序でに、粗悪で危険な薬物摂取に加え、不確かな知識による身体改造。
そんな彼らが、建設的な生活様式を営み定住出来る訳もなく、刹那的な生き様が暴力による奪取、縦横無尽に荒野を駆ける暴漢、人の姿を借りた“鬼”、殃餓なのだ。
殃餓共が巣くう荒野をビークル1つで走破しよう等、運が悪い、と片付けるのは論外。
寧ろ、それは必然。
逃れられる訳がない。
それは、単に“愚か者”の所業に他ならない。
――にしても…運が悪い、のは、わたしの方、かも。
──事故現場
ハイウェイ・ルート14とルート110の交差点程近くの路肩で食事中の少女の目の前で、その事故は起こった。
殃餓に襲われたSUVが横転した箇所は、少女が座っている位置からたった20m程下った処。
クアッドから一人、バギーカーから二人、計三人の殃餓が横倒されたSUVに近付き、車内から憐れな被害者を引き摺り出す。
車外に放り出されたのは、20代と思しき男女。共に軽傷。
身なりから、定住者のそれと直ぐ分かる。
女の方は、毛布に包んだ“何か”を抱く。
――成る程…
「ヒーッハッハッ、大人しくしろッ!」
「た、助けて下さい!見逃して下さいっ!!」
見慣れた光景。
よく飽きもせず、同じ事を繰り返せるものだ。
尤も、繰り返すと云えば、食事も亦、同じ。
飽きたとしても、繰り返さなければ生きて行けない。
奴らのそれも同じ事、か。
目撃者は、わたし一人。
気付かない訳もない。
どうせ、獲物の始末を終えたら、巻き込まれる。
最早、道理を超えた確定事項。
――仕方ない…
「Что случилось?」