プロローグ
短編「白き戦慄のカプリース(http://ncode.syosetu.com/n4859ed/)」の長編版連載駄文。
不定期連載だから、気長に待って読んで欲しいなり♪
読み方:面白い!と思い込んで読んでみると、あら不思議!たぶん、面白くなる、かも?
──世界は、三度、戦禍に震えた
蔓延するテロリズム、燻り続ける犯罪、愛郷心を煽る民族紛争と売国奴に因る暗躍、固定観念と寛容を履き違えた宗教対立、行き過ぎた人権ファシズムとリベラル権益、行き場のない退廃的社会平和主義、閉塞感に満ちた経済停滞、危機的食糧難を示唆する人口爆発と垂れ流される支援活動と賄賂、作為的な投機と未知のパンデミック…自浄作用の機能不全と免疫不全とが交錯し、世界は怯え、震え、戦き、藻搔き苦しんでいた。
最中、遙か巨大な海原の覇権争いは、両岸の大国の経済と金融とを競い狂わせ蝕み、前時代的な地政学的戦略論を一層加熱させ、亦、堕落した自尊心と押し付けがましい正義感とを擽り、越えてはならない一線を、いとも容易く踏み外させた。
最終兵器と呼ぶに相応しい量子力学の花火は、傲岸で不徳な謝肉祭を催し、夥しい汚物と呪詛を撒き散らし、自発的天罰を齎し、致命的で決定的な一撃を下した。
滅亡の序曲を以て、既存の人類社会は、瓦解、破滅、沈黙した。
そう、人類は、持続可能性よりもディストピアと云う退廃的な美学を選択、決断したのだった。
併し、人類が存続する限り、其処に秩序は生まれる。
不死鳥のように、毒草のように、孑孒のように、密やかに、いつの間にか、こっそりと。
其れが例え、巫山戯た野蛮で不道徳であっても、退屈な喜劇であっても、滑稽で無様であっても、それは紛れもなく、社会であり、法であり、秩序である。
狂った道徳が狂詩曲を、狂った本能が狂想曲を、それぞれ紡ぎ奏で、暴力と腐敗と悪意とが目敏く世界を隈無く支配する。
新世紀は実に、終末、であった。
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――ロッキングチェアに腰掛けた老人の瞳は、枯れてはいない。
――暖炉の薪は、十分にある。紅茶も。
――古びた分厚い、紙で拵えた日記帳を開き、目で追う。
――扨、と。
伝説の少女は、凍てつく極北の大地より訪れた。
名は、Нонна。
金とも銀とも白ともつかぬ、極めて色素の薄い、光輝くプラチナブロンド。
その見掛けは、年の頃、13~5歳。
尤も、異国人故、我々の感覚からしたら大人びて見えているだけかも知れない。体躯は小さく、若しかしたら、見掛けよりずっと幼いのかも知れない。
ルネッサンス初期の宗教壁画に見て取れる天使を想わせる、儚げで気怠げ、併し、気品と気高さがあり、何よりも麗しく、美しく、愛らしい。偏に、絶世の美少女、か。
今の時代には珍しく、皮膚疾患も爛れも病症もなく、畸形も身体改造も刺青も見られない、紛う事なき健康体。
他の疾患は見当たらないものの、一つだけ明確、且つ、顕著なのが──アルビノ。
先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患、眼皮膚白皮症(OCA:Oculocutaneous Albinism)。
白堊のような肌に、氷細工のような真っ白で長い睫毛、仄かな桜色の唇。
瞳の色は、見る角度によって、ころころと変わる。
極淡い青みを帯びたような透明度の高い水色から、瞳の裏を流れる血液が透け、微かな緋色を醸し、恰も薄い紫丁香花色の紫水晶を彷彿させ、時に、陽光を浴び、まるで黄金の如き輝きと煌めきをも放つ。
祖国で、黑死神(Чернобог)と恐れられた彼女が何故、遠く離れたこの地に訪れ、どう生きたか、そして、どのようにして伝説になったのか、その彼女の物語を聴かせよう。
――少し長くなるかも知れないから、婆さんの焼いたブリンでも食べながら聴きなさい。
――では、續けるとするかな。