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トラック環礁

 トラック環礁は直径六十四km、周囲二百kmという世界最大の珊瑚礁に囲まれた天然の要害であり、そこへの大型艦艇の入り口は三カ所しかなく、守るに易い要衝でもあったのだ。


 それにしても暑かった。


 さすが赤道に近いだけはある。


 出航して四日目になって半袖半ズボンの防暑服に着替えたが、暑くてたまらなかった。


 五月四日の昼過ぎに我が艦隊と高速輸送船団は、トラック環礁に着き南側の広い水道へ向かい、先に輸送船団から環礁内部へ入って行き、続いて摩周が入り次に我が艦の番が来た。


「水道通る、航海保安配置につけ!」


 航海長が艦内電話で全艦に号令を発すると、手空き乗組員が上甲板に駆け出して防舷物や竹竿を用意しはじめた。


「間もなく珊瑚礁を通過する、全員警戒せよ!」


 俺も艦橋から身を乗り出す様にして、キレイに透き通って鮮明に見える海中の珊瑚に目をやった。


 どうやら満潮のようで、海面に出ている珊瑚は見当たらず、安全に通れそうだった。


「両舷前進原速、宜候!」


 この時ばかりは艦長の戸高少佐が直接、操艦をしていた。


 そして無事に水道を抜けると、そこは珊瑚礁と思えない程広大な内海が広がっていて、右手前方に秋島が見えて来た。


 我が艦隊は秋島と冬島の間を抜けて夏島へ向かった。


 夏島には艦艇補給用の重油タンク群があり、各艦に給油をする為に向かったのだが、着いてみるとその変わり様に驚いた。


 俺は過去にも夏島に寄港した事があったが、タンク群のすぐ手前にある一万t桟橋に、どでかいクレーンやらドックが建設されていたのだ。


 またタンク群も新たな建設が始まっている様で、見たことも無い建設機械と思われる車輌がうごめきあっていたのである。


「香月大尉、あれは一体なんですかねぇ。」


 手空きの佐竹大尉が俺の横に来て聞いて来た。


「よう判らんが、新型の建設機械か何かだろう。」


「あぁ、あれですか。あれは土を掘る排土工作車であります。」


 いつの間にか横に安藤特務少尉が立っていて、俺達の疑問に答えてくれた。


「ずいぶん詳しいんですねぇ。」


「はぁ、自分が前の艦にいた時にラバウルで見かけたので、憶えていました。」


 彼は俺よりも遥かに海軍歴が長く、我が艦の生き字引みたいな存在であった。


「あれがあるという事は、ここもじきに要塞化されますよ。」


 トラックを要塞にするだと!


 まさか米軍がここまで攻めて来ると帝国は本気で考えているというのか?


 トラックは確かに帝国にとって重要な基地であった。


 と同時に絶対失ってはならない拠点なのだ。


 だからこその要塞化であったのだろう。


 俺達はそう理解し、建設作業を見守っていた。


 すると、頭上を新型機の烈風の編隊が爆音を轟かせいくつも南の空へと、向かって行った。


 多分ラバウルへ向かう部隊だろうと、見当を付けていると


「あれは、土浦航空隊の所属機であります。あそこは確か練習航空隊のはずなんですが…。帝国海軍はラバウルを決戦の地として、航空戦力を集中しているらしいと噂に聞いとります。」


 そう言って来たのは、我が分隊の射手である國本先任曹長であった。


 彼は海軍航空隊にやけに詳しく、ある日その理由を聞くと海軍へは航空隊を希望して志願したのだったが、あえなく落第しやむなく砲術に進んだという異色の経歴の持ち主だったのだ。


 しばらくして給油も終わり、我が艦隊は高速輸送船団と合流し慌ただしくトラック諸島を後にして、目的地のラバウルへと航行を始めた。


 ここからは敵機動部隊の行動圏内となるので、さらなる警戒が必要であった。


 護衛空母の摩周からは敵潜警戒の為、盛んに零戦が発艦しては船団の遥か前方へと飛び立って行く。


「それにしても、摩周の艦載機が零戦ばかりというのもおかしな話だよなぁ。普通なら哨戒機といったら九七艦攻あたりがするもんだろう、國本曹長?」


「はぁ、自分も疑問に感じとりましたが聞くところによると、電探の装備化で対空警戒の心配がなくなり潜水艦の捜索に専念できる事と、何より戦闘機であれば敵機を難なく撃破できるという事が一番らしいのでありますが。」


「だが一人乗りの場合、航法の問題があろうて、艦攻だと一人が航法に係りきりになれるが、戦闘機の場合そうもいかんだろう。」


「それも、捜索電探が解決したそうでして、探知距離の三百km以遠へは飛ばさず無線電話で母艦から誘導するそうです。」


 俺と國本曹長の会話をまわりの者達は、なるほどという顔をして聴いていた。


 すると、通信員の藤一曹が叫んだ!


「艦長!旗艦摩周より入電!艦載機が敵潜水艦を発見、方位左二十度、距離三○○、松と竹はこれを迎撃せよ!」


 緊急ブザーが艦内に鳴り響く!


「総員!戦闘配置につけ!」


「両舷前進第三戦速!取舵!」


 艦内はそれまでの南国気分から一気に現実に引き戻され、本来の戦闘艦の様相を取り戻し、俺達も慌ててそれぞれの配置へと駆け出していた。


 我が艦松と竹は、速五十km弱の速度で南東へ進撃を続け、三十分ほどで哨戒中の零戦が見えて来た。


 零戦の方も我が艦を認めたらしく、ある一点を中心にぐるぐると旋回しており、時たま急降下をして敵潜が潜むと思われる海面を示していた。


「摩周艦載機から入電!我、T型と思われる敵潜水艦に攻撃するも、命中せざる模様なり。貴艦の奮闘を祈る。以上!」


「上空の零戦に返電。我、必ずや敵潜を撃破す。とな。」


 艦長から言われた藤一曹は無線電話を通じて摩周機に伝えると、翼を大きく振りそれに答えた。


「合戦準備昼戦に備え!爆雷戦用意!」


「水測員、水中探信儀打て!」


 佐竹大尉の号令に大友一曹が答える。


「水中探信儀、打ちまーす!」


 我が艦から独特の探信音が放たれ、かなり近いところから反射音が返って来た。


「敵潜、竹の左九十度、距離二○、深度七十!」


「竹に打電!貴艦が攻撃せよ。」


 艦長は竹に獲物を譲るつもりのようであった。


 確かに位置的には竹の方が近く、素早い攻撃が行えるのだが理由はそれだけはなかった。


 我が艦はすでに先日、駆逐隊で敵潜撃破一番乗りをしており、僚艦にも手柄を挙げさせようという腹積もりだったのだ。


 トップで配置に就いていた射手の國本先任が、悔しそうにその姿を見つめる俺を慰めるかのように呟いた。


「仕方あるまい、我が艦ばかりがいい思いをする訳にもいかんだろう。」


 俺は彼に言われて悔しいという思いから解き放たれ、敵潜を葬る事さえできれば我が軍の被害が減り結果、帝国の勝利に繋がるのだという一段上の見方ができる様になった気がした。


 艦長はその様な考えから、あえて竹に命令を下したのではと思うと、戸高少佐の事を誇らしく思えてきたのだった。


 ドッドッドッ!シュルルーッ―!


 竹から二式爆雷が発射された!


 間もなくして、前方の海面に爆雷が落ちて無数の小さな水柱が立ち、しばらくして海面が白い泡となって盛り上がり鈍い爆発音が響いて来た。


「おぉーッ!やりましたね!」


 國本先任が満面の笑みを浮かべ俺の方を向いたので、大きく頷いてそれに答えた。


 その後、双眼鏡で海面を見ると樽やら木箱などの浮遊物が浮かんできて、黒い重油も広がっていた。


「やったな、あれなら探信儀を使うまでも無いわなぁ。」


 すると、艦長らは戦闘指揮所へ入っているのか艦橋はガランとしていたので、俺も指揮所へ入ると駆逐艦竹が確認の為、探信儀を打ったのが聞こえて来た。


 ピィーン!


 …、カァーン


「敵潜の深度、二百mを超えています。」


 水測員の大友一曹が静かに報告した。


 その後、敵潜は圧壊音と共に深海へと沈んで行き迎撃戦闘は終了し、我が艦と竹は輸送船団へ合流したのだった。


 それからのラバウルへの道のりは、意外にも何事も起らず遥か彼方には東西に細長い、ニューアイルランド島が見えて来た。


 この島にはカビエンという海軍基地が在り、ラバウルの後方基地として最近、飛行場が大幅に拡張されたらしいと、かの國本曹長が話してくれた。


 我が船団はニューアイルランド島の幅一km程の水路を抜ける為、一旦船団を解きまず我が第五十一駆逐隊から、一列縦隊となって水路に入って行き無事に抜けると、護衛空母摩周を先頭に輸送船がこれまた一列縦隊になり、水路を通り抜けた。


 こうして全艦は再度船団を組み、ニューブリテン島を目指して出発したのである。


 この海域一帯は我が帝国軍の完全な支配下にあり、昼間は安心して航行ができた。

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