戦闘後
その後、艦内哨戒第三配備となり俺が一直目の当直将校をして艦橋にいると、機関長の小倉大尉が珍しく上がって来た。
「やぁ、先任。さっきはお手柄だったねぇ。」
「いえいえ、あれは佐竹大尉の手柄なんですよ。」
小倉大尉は俺より年上で、兵学校も一期上であったが何故か俺の方が先に大尉に昇進しており、この艦の先任となっていたのだ。
「そうだったのか。それにしても我が艦の艦砲はすごい発射速度だな、俺もいろんな駆逐艦に乗ってきたがあんな機関砲みたいなのは初めて聴いたよ。」
俺はまるで自分が褒められた様な気持になり、満更悪い気はしなかった。
小倉大尉は機関長だった為、戦闘配置は艦の底であり艦砲の射撃は見るのではなく、聴くなのだ。
「そういえば、機関の方も新型のディーゼルでしたよね。前の駆逐艦よりも反応が速い気がするのですが。」
「あぁ、あれは例の研究所の設計らしくてな、今までのディーゼルの問題点を全て解決した傑作機関だよ、あれは…。ま、その分整備の手間も掛かるがな。」
「そうなんですか!大きい声じゃあ言えないんですが、実は二式長十糎高角砲や二式電探射撃管制盤、捜索電探もその研究所が開発したと言う噂なんですよ。」
「ほう、香月大尉のところもそうだったか、例の研究所がなぁ。」
帝国科学研究所、通称帝科研は恐れおおくも天皇陛下が設立なされたと言われる、帝国の英知を極めた俊英達が集まり数々の新兵器を帝国軍にもたらし、我が艦を産み出した研究所だった。
一介の駆逐艦乗りの俺が言うのも変だが、最近の帝国海軍は変わってきていた。
今までは戦艦を主力と考える大艦巨砲主義がまかり通っていたが、真珠湾以降それに替わり航空母艦が海戦の主役となり、航空主兵が海軍の主流に取って代わっていた。
そればかりではない、これまで見向きもされなかった輸送船の護衛の為の海上護衛総隊まで創隊され、こうして我々が最新鋭駆逐艦に乗り、護衛空母までも与えられ実際に護衛任務に就いているのである。
こんな事など、つい半年前にはまったく考えられなかったし、考える者もいなかった。
やはり、帝国海軍は変わりつつあるのだと小倉大尉と話しながら感じている俺がそこに居た。
「おぉっと、こんな時間か、それじゃ俺は穴蔵に戻るとするよ。」
そう言うと小倉大尉は俺に短く敬礼をして、艦橋から出て行った。
俺は彼を見送った後、戦闘指揮所へ行き電測長の大倉上曹に様子を聞いた。
「お疲れさまです。周りは至って静かで、先ほどの戦闘が嘘のようであります。」
大倉上曹はそう答えると、暗い室内で明るく輝く捜索電探の表示画面に目を落とした。
そこには十隻の輸送船を中心に九隻の護衛艦隊が、その周りをがっちりと輪形陣を組み進む、光り輝く光点が南方へと移動しているのが見えた。
すると次の瞬間、画面が真っ暗になり何も見えなくなった。
そして瞬きする間に、先ほどとは違う光の輪が画面一面に広がって行った。
「逆探にも何も映りませんし、我が艦隊の電探だけがこの海域を派手に照らしております。」
「我が軍の情報が正しければ、敵軍はまだ電探を実用化していないらしいからな。」
ついこの前まで、帝国海軍には自ら電波を出す事など闇夜の提灯といって、あざけり笑っていたのである。
その帝国海軍が今や電探や音波探信儀を駆使し、これなくしては先ほどのような一方的な戦闘を行う事など、かなわなかったのだからと俺は時代の変化を感じずにはいられなかった。
その後、我が艦隊は敵潜を警戒しつつもそれに出会う事なく航海を続け、太平洋における帝国海軍の一大根拠地であり、帝国の各種艦艇がひしめくトラック諸島へと着いたのである。