訓練、訓練、また訓練
いつの間にか艦は柱島が見える瀬戸内海に出て来て、揺れが激しくなって来た。
その上、船足まで早くなり強速二十七.七五kmを遥かに越えて戦闘速度の第三戦速四十四.四kmを出しているようである。
こうなると艦の動揺が激しくなり砲の照準が付けにくくなるのだ。
「撃ち方待て!」
俺は柱島の向こう側から現れて来た艦影を見て、頼もしく思い目標を変更した。
「目標変え、左三十度、航空母艦!撃ち方はじめ!」
なんとそこに現れたのは今や帝国海軍を代表する艦隊となった、第一機動部隊の四隻の母艦達ではないか!
俺は双眼鏡を覗いて、その雄姿に見入っていると
「一番、二番とも遊んどるのかぁッ!早ようせんかッ!」
先任が砲員達をどやしつけていた。
「よ〜し!てェーッ!」
大空からは聞き慣れた爆音が響いて来る
「撃ち方待て、対空戦用意!電探射撃!目標、右三十度、十機編隊、撃ち方はじめ!」
一、二番砲搭がグワーンと左から右へと旋回し、砲身に仰角がかかり九七艦攻の編隊へ狙いが付けられる。
「よし!今度は合格や!てェーッ!」
壮観な眺めである。
米英の艦隊をことごとく撃破した、我が機動部隊を前に訓練を忘れて見とれている俺がいた。
その後、照準訓練を終えた我が駆逐艦松は瀬戸内海を抜け豊後水道を通り、左に佐田岬を見ながら水道を抜けて、太平洋へと波を掻き分け進んで行った。
目指すは、千kmほど先の海上護衛総隊司令部がある横須賀鎮守府であった。
時速二十七強kmの強速で一日半の行程であるが、やるべき事は山ほどあり目の回る航海だった。
外洋に出ると艦の動揺は更に激しくなり、上下だけではなくローリングやピッチングが加わり、山の様な大波が艦首に突き刺さり艦全体が震えるのである。
船、特に駆逐艦の様な小舟に乗り慣れてない者は凄まじい船酔いに襲われるのだ。
案の定、艦橋の見張り員の中でも一人が、十五糎双眼鏡にしがみ付きながらふらついて時折下を向いて、ゲーッとやってる奴がおり当直下士官から
「こんな嵐でもない波で酔っていて駆逐艦乗りが務まるか!気合いが足らん!バカもん!」
と言われ、しこたまビンタを喰らっている新兵がおり、可哀想でもあったがこればかりは慣れるしかないのであった。
俺は外洋に出た事もあり、初の演習弾(火薬の入って無い弾丸)による発砲訓練を行う事にして、艦長にその旨を報告しトップへと上がって緊急ブザーを押した。
「訓練!配置につけ!」
「一番配置よし!」
「二番配置よし!」
「合戦準備昼戦に備え!砲撃戦用意!」
「右砲戦、右六十度、輸送船!」
演習弾とはいえ実際に発砲するのだから、実在する艦船を狙う訳にはいかないので疑似目標を設定しているのだ。
「撃ち方はじめ!」
「てェーッ!」
ドドォーン!
やはり実包による発砲は気分が良いものだ。
「左三十度に漂流物!」
見張り員から報告があった。
俺はすかさず双眼鏡で確認するとかなり大きな木材である。
「良しッ!先任、あれを狙おうではないか!撃ち方待て!目標変更、左砲戦、左三十度、潜水艦、撃ち方はじめ!」
「測距儀遅いぞ!各砲遅れるな!」
先任下士官にも思わず力が入る、何も無い所を狙うよりも実際に有る物を狙う方が張り合いがでるのだ。
「良し!てェーッ!」
俺は十五糎双眼鏡にしがみ付き、着弾時間を待った。
「着弾…、今!ビーッ!」
ブザーが鳴ると共に木材のかなり手前で四つの小さな水柱が一瞬上がった。
「高め三、次!」
ドドォーン!
今度は遠すぎて右にずれた。
「下げ一、左寄せ二、次」
ドドォーン!
これはドンピシャである。
「急げ!」
連射が始まった。
ドンドンドンドン―
毎分六十発の十糎砲の軽快な発射音が響き渡った。
双眼鏡を覗くと木材の周りに小さな水柱が無数に上がっていた。
「砲術長!実弾を使ってみんか。」
その声に振り返ると戸高艦長が立っているではないか!
「よろしいでしょうか?」
「構わんよ、周りには我が艦しか居らんしな。」
「ではッ!撃ち方待て!各砲実弾に変え!着発信管用意!」
我が艦の艦長は話の解る人であった。
訓練はより実戦に近くなければ訓練たり得ないのである!
砲員達もそうなのだ。
演習弾を扱うのと実戦を扱うのとは、気の使い方が違うのである。
荒波に揉まれて艦の動揺が激しい時に、実戦を誤って壁にぶつけた時は死が待っているのだ。
ましてそれが実戦であればなおさらであり普段から実弾に慣れていなければ、それが現実のものとなるであった。
「一番良し!」
「二番良し!」
艦長が号令をかけた。
「撃ち方はじめ!」
俺はそれに答えて命令した。
「急げ!」
ドンドンドンドン―
各砲が発砲をはじめた。
着弾は双眼鏡を見なくても確認出来た。
目標となった木材の周りに立て続けに爆発が起こり、全てが莢又していたのである。
トップには、艦長の他にもいつの間にか手空きの将校達が上がって来ていた。
「撃ち方待て!」
たった三秒ほどの全力射撃で、木材は跡形も無くなっていた。
「見事だよ!我が艦砲は。なあ砲術長!」
艦長に褒められ俺は気分が良かった。
「ついでに対空射撃もしてみんか?」
にこやかな顔つきで艦長が言って来た。
「了解しました!対空戦用意、左九十度、遅延信管三千に設定。」
さあ、大変である。
今、各砲塔内では半自動装填装置に収められている、二十発の即応砲弾の着発信管を遅延信管に、交換している真最中なのだ。
これが、二式六十五口径十糎高角砲の唯一の欠点と言えるものだった。
「一番砲塔準備よし!」
予想外に早く用意が出来たようである。
これは一番砲員の練度の高さの表れであった。
「二番砲塔準備よし!」
「良し、砲撃はじめ!」
「急げ!」
「てェーッ!」
ドンドンドン―
パッパッパッ―
距離三千m、高度二千m辺りにキレイな弾幕が花開いた。
「砲術長、来週の演習はこの調子で頼んだぞ。」
そうなのだ、連合艦隊司令長官の山本大将にこの新型砲と二式電探射撃管制盤の威力を披露しなければならないのだ。