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旗艦 松

 訓練を終え艦橋へ降り、艦長に第一分隊の訓練終了を報告した後、俺は自室へ戻り第一種軍裝へ着替え身支度を整えてから再度、艦橋へ上がると艦長や他の士官達も着替えの為か、艦橋には航海科の中尉しか居なかった。


「カンカン、カン」


「第一種軍裝着替え!総員上甲板!」


 九時三十分を知らせる三点鐘が鳴り、当直下士官が集合の号令を叫びながら上甲板を走り去って行った。


 俺は中尉と一緒に上甲板へ降り、第一分隊の集合している列の前に立ち先任下士官の報告を待っていると、間もなくして


「第一分隊集合終わり!」


 の報告があり答礼をしてから戸高艦長へ報告する為、回れ右をし


「第一分隊準備良し!」


 と敬礼をしながら報告した。


 他の分隊からも報告を受けた艦長は


「よろしい、直ちに上陸はじめ!」


 と号令をかけ、答礼もそこそこに舷門へ向かい海軍工厰から来た人物と打ち合わせをはじめた。


 俺は号令をかけて、第一分隊から順に埠頭へと乗組員を上陸させると、軍楽隊がトラックに乗ってやって来た。


 俺は乗組員を各分隊ごとに二列縦隊に整列させ、引き渡し式が始まる時間まで待つ事にした。


 軍楽隊も我々の向かい側に並び演奏の準備をはじめた。


 すると周りからぞろぞろと、駆逐艦松の建造に関わったと見られる工員達が集まって来たではないか。


 間もなくして海軍工厰の職員達も埠頭に集まりだし、艦長と海軍工厰の代表者が我々の前に来た。


「きよぉーつけッ!」


 先任将校である俺が号令をかけた。


「艦長に対し、カシラ〜、ナカ!」


 乗組員達は一斉に頭だけを艦長に向け、艦長は我々に向かってグルリと答礼をしながら見回した。


「ナオレーッ!」


 我々の目の前で軍艦旗が艦長に手渡され、艦長はそれをしっかりと受け取った。


 次に、艦長以下全員が松に乗り込み艦尾甲板へと移動し、軍艦旗の掲揚を敬礼しながら行った。


 こうして引き渡し式は無事終了し、我々駆逐艦松乗組員は直ちにそれぞれの持ち場へ駆け去って行った。


 俺は出港後に行う照準演習に備えて、トップへ上がった。


 トップから錨甲板を見下ろすと、水雷長の佐竹大尉が錨作業を指揮しているのが見え、


「海水ポンプかかれ!錨を揚げ!」


 の号令で消火用ホースが二本引っ張り出され、巻き揚がって来る鎖に勢い良く放水されていき、泥がきれいに落とされていった。


 巻き揚がって来る鎖のひとつひとつを、運用科員が小さいハンマーでチンチンと叩き傷がないか確かめており、ある程度の所で鎖が止まり皆艦橋の方を伺った。


 すると艦橋から出港用意を知らせるラッパが鳴り響いて、


「出港用意!錨を揚げ!」


 の号令が発せられた。


 また錨が巻き揚げられだし、水雷長が艦橋に向かって


「立ち錨!、…起き錨!」


 と報告すると、すかさず艦橋から航海長の大谷大尉が


「右後進微速、左前進半速、おもーかーじ!」


 と号令をかけると、ディーゼル機関が唸りをあげ出して、艦が静かに動きだし


「両舷前進半速!もどーせー!」


 の号令で、錨が完全に巻き揚げられきれいに泥が洗い落とされて、


「用具納め!」


 となり慌ただしくホースなどが片づけられ


「解散!別れ!」


 の水雷長の号令で解散となった。


 埠頭では先ほどの軍楽隊が軍艦マーチを景気良く奏でており、海軍工厰の職員らが帽振れをして我々を見送っており、手空きの乗組員がそれに答えて大きく手を振っていた。


 これでようやく我が駆逐艦松は我々のものとなり、帝国海軍艦艇として制式に編入され第五十一護衛艦隊、第一○一駆逐隊の旗艦を務める事となったのである。


 駆逐艦松が動き出すと、戸高艦長が操艦を交代した。


「両舷前進半速、面舵(右へ回頭)。」


 との号令に操舵長が復唱しながらすぐ下の操舵室へつながる伝声管に向かって、


「リョーゲン、ゼンシンハンソーク、オモーカージ。」


 と言うと操舵室の操舵員が舵を二十度に回転させ、復唱して来る


「オモカジ、フタジュードー。」


 続いて艦長が


「両舷前進原速、戻せ。」」


「リョーゲン、ゼンシンゲンソーク、モドーセー。」


 という具合で伝声管を通じて操舵室とやり取りして艦艇は操艦されるのである。


 海軍軍艦には艦隊行動における速力の規定があり、所属する艦隊により変化はあるが、通常使用された速力は


両舷微速十一.一km(四kn)、

同半速十六.六五km(九kn)、

同原速二十二.二km(十二kn)、

同強速二十七.七五km(十五kn)


とされており、戦闘速度は最大速度により変化するが我が艦の場合、


第一戦速三十三.三km(十八kn)、

第二戦速三十八.八五km(二十一kn)、

第三戦速四十四.四km(二十四kn)、

第四戦速四十九.九五km(二十七kn)、

第五戦速五十五.五km(三十kn)


となっており駆逐艦としては物足りないが護衛艦としてはまあまあの速力であった。


 その後我が、駆逐艦松は埠頭を離れ呉軍港を出る為、早瀬の瀬戸と呼ばれる狭い水道に向かってゆっくりと進んで行った。


 俺は主砲の照準訓練の為、艦橋からトップへと上がった。


「照準訓練、配置につけ!」


 号令と共にブザーが鳴らされ、照準に必要な各砲員が配置についた。


 照準訓練とは艦の出港の際必ず行われる訓練であり、砲搭の責任者である砲員長と砲搭を目標に向かって旋回させる旋回手、砲の発砲を行う射手、目標との距離を測定する照尺手がそれぞれの配置につき、訓練を行うのである。


「一番砲搭配置よし!」


「二番砲搭配置よし!」


「合戦準備昼戦に備え!」


「左砲戦、左九十度、巡洋艦一番艦狙え!」


 俺は続けざまに命令を下した。


 二式六十五口径十糎連装高角砲は、トップにある射撃盤と測距儀が目標を狙うと電気信号がそれぞれの砲搭へ流れ、砲側の受信機の赤針が振れ目標に照準すべき角度を示し、砲の実角度を示す白針をそれに合わせるべく各員は急いで操作するのだ。


 この両方の針が一致しなければ砲弾は発砲されないのである。


 それが一致したかどうかは、トップの射手の基ににあるランプが赤から青に変わる事で判る仕組みになっていた。


「二番砲搭!何やっとる遅いぞ!」


 射手の先任下士官が怒鳴り声をあげている。


「撃ち方はじめ!」


「てェーッ!」

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