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その日の午後、我が艦隊に下された命令は、東京湾口から室戸岬沖までの長さ五百km、沖合三百kmに渡る帝国近海域を第五十二護衛艦隊と供に対潜掃討を行え。というものであった。
それまで緊急出撃させ、その任務を完遂して帰還途中の艦隊に新たな任務を命じられた事など無く、当初は司令部による我が艦隊と第五十二護衛艦隊を競わせる、部隊点検くらいに考え気楽に任務をこなしていた。
確当海域の半ば程の探索を終えた七月四日の夜、そんな緊張感の無い戦闘指揮所で俺が三直、哨戒長として艦長に代わり艦の指揮を執っていると、急に電測長が叫び声をあげた。
「逆探探知!左二十度感強い!現在識別中!」
「左二十度だと?識別急げ!」
「十cm波…、これはッ!米潜水艦用水上捜索電探であります!」
「米潜水艦だと!電探、左二十度、感有るか?」
「…、目標探知!左二十五度、距離四○!」
「総員!戦闘配置!通信員、司令部及び僚艦に通報。敵潜水艦探知、左二十五度、距離四○!」
それまで、静かだった艦内が一気に騒がしくなった。
「どうした!砲術長!」
戸高艦長が、息咳切って戦闘指揮所に入って来た。
「電探が敵潜水艦を探知しました!」
「先ほど逆探に感が有りまして、どうやら敵も電探を装備しはじめた様です。」
「砲術長!それは本当か!」
後から入って来た戦術長が聞いてきた。
「はい、電子戦…、敵の言うEWでしたか、これを積極的に運用しなければならない時期に来ているのかも知れませんね。」
俺は、戦術長にそう答えながら砲術学校でのある教官の言葉を思い出していた。
「帝国は今、未曾有の大戦の只中に有るが諸君にこれだけは、憶えておいて欲しい。これからの戦は第一に情報であり、第二に兵坦能力である。戦場に出た時には、電子戦をいかに有利に展開出来るかによって戦いが決まるのである。兵器の優劣が論じられるのは最後であって、更に電子戦を行う能力において同等の場合の時のみである!いくら優秀な武装を揃えても、それを最善の時に、最良の方法で、それを成す為に持続し得る数を揃えなければ、今後の戦いに勝つ事など砂上の楼閣なのだ!諸君らは、これを肝に命じ、敵から得られた情報を綿密に解析し、今後行われるであろうEW、つまり電子戦に勝利しなければならないのである!」
帝国は今、幸いにしてあの時の教官が言った電子戦において米軍に対し、一日の長がある。
この戦略的に有利な状況を作り出していたのは、あの帝国科学技術研究所絡みの兵器群であり、これを戦術的勝利に導くのが我々最前線に立つ軍人の役目であった。
この夜の対潜戦闘も、我が艦隊の勝利に終わったのは、言うまでもなかった。
昭和十七年七月七日、我が艦隊は無事任務を終え、横須賀基地に帰投した。
そこに待っていたのは、転属の命令書であった。
香月新作、七月七日付けをもって帝国海軍少佐に任じ、駆逐艦榊の艤装員長を命ずる。
駆逐艦榊とは、横須賀海軍工廠で建造中の松型駆逐艦の四十一番艦であり、俺はその艦の艤装員長、つまり艦長を拝命したのである。
また、戸高艦長にも転属命令がくだり、中佐に昇進の上、駆逐艦榊が所属予定の第五十六護衛艦隊司令に大抜擢されたのだった。
「戸高艦長、ご栄転おめでとうございます。」
「あぁ、君もいよいよ艦長だな。それにしても、いきなり艦隊司令とは、まいったよ。我が海軍も余程の人材不足とみえる。」
「そんな事は、ありませんよ。この駆逐艦松は就役以来、目を見張る活躍をして、我々駆逐艦乗りの話題を独占してましたからねぇ。」
そう語ったのは、同じく本日付けで少佐に昇進し、この駆逐艦松の二代目艦長を拝命した長谷川新艦長であった。
俺が今日まで語って来た「駆逐艦松一代奮戦記」は、一旦終わりとなる。
新たに「続 駆逐艦松 戦闘日報」として、新艦長の長谷川少佐が語ってくれよう。
「さらば、駆逐艦松よ。」
俺は、そう言って殊勲艦を後にした。
短い間でしたがご愛読頂き誠にありがとうございました。
この続きは、モバゲーでの私の友人、強い子のミロさんが「続 駆逐艦松 戦闘日誌」として掲載中です。
よりリアルな戦闘描写をお楽しみ下さい。
また、「暁の新生帝国」本編は、以下のブログで公開しております。
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