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「間もなく海上護衛総隊司令長官 伊藤中将が入られます。」
と参謀長が報じ、講堂に居た二百名程の海軍士官は、一斉に不動の姿勢を取った。
そして伊藤長官が舞台袖から壇上に登り、着席するとそれに合わせて我々は、着席した。
「これより、司令長官より訓示があるので静聴する様に。長官、お願いいたします。」
「うむ。諸君、日々の任務遂行、誠にご苦労である。本日集まってもらったのは、他でもない明日付けをもって帝国海軍艦船令が改正されるのを受け、我が海上護衛総隊の戦闘戦術が大幅に変更となった。ついては、各艦長と先任士官に本日と明日の二日間に渡って、講義を行う事とした。この非常時において諸君らの二日間は貴重な時間である事は、本職も重々承知している上での決定である事を諸君は、肝に命じて受講にあたってもらいたい。尚、これを契機に各艦には、艦長の次席として新たに戦術長が配属する事を命じる。
以上ッ!」
訓示を終え長官が講堂から出て行くと、司令部参謀らが我々に長官がおっしゃられた、艦船令の改正の詳細が説明された。
「…よって、この度、昭和十七年六月二十日軍令海第二号が令達され、艦船令第五条の第一、二、三、四項及び第十七条が改正され、各艦に戦術長が置かれる事となり、…」
…この日の講義は、我らの意に反して夜遅くまで続いたのである。
翌朝、各艦に配置される戦術長が発表され、我が駆逐艦松には、海兵五十九期の長谷川政敏海軍大尉という士官が配属されて来た。
「海軍大尉 長谷川政敏は駆逐艦松に乗り組みを命じられ、只今着任致しました。」
と言って早速、戸高艦長に申告して来た。
「長谷川君といったか。我が艦は、家族みたいなもんじゃから、ひとつよろしく頼むよ。」
「はッ!こちらこそよろしくお願いいたします。」
「砲術長の香月と申します。よろしくお願いいたします。」
「おぉ君か!味方機を撃墜したというのは…、こちらこそよろしく頼むよ。」
俺は一瞬「むッ!」っとして出しかけた手を引っ込めた。
俺の過去の中で、一番悔やんでいて触れられたくない汚点をずけずけと言ってくるとは!
「いや、すまんすまん、悪気は無いのだよ。実は俺が居た戦術学校での座学で取り上げられた課題なのだよ。珊瑚海海戦における教訓のひとつとして、対空戦闘時に君がやった友軍誤射をいかにすれば防止出来るのかと、我々学生の間でもずいぶんと議論したものさ。もし、己が香月大尉の立場であったならば、防ぎ得たのか!ってな。その結果、あの状況では、誰が居ても結局同士撃ちは免れ得ん事であった、となった次第なのだよ。それで、出た結論がね…?
おぉ、ようやく機嫌を直してくれたか!
んで、結論を聞きたいかね?香月大尉。」