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それから五日後の六月三十日夕刻、我が艦隊は敵潜に出会う事も無く無事に横須賀基地へと帰り着いた。
「どうだ砲術長、腕試しに接岸まで操艦してみるか?」
「はい艦長、よろしくお願いします。」
「砲術長操艦、両舷前進原速、赤黒無し進路二百七十度。」
「頂きました砲術長、両舷前進原速、赤黒無し進路二百七十度、ヨーソロ二百七十度。」
と俺は、久しぶりに艦の操艦を戸高艦長から任され、指定された浮標までなんとか松をもっていき
「艦長、浮標係留終了しました。」
「了解。機械、舵よろしい。」
の艦長から命令が発せられ、機関科と操舵室に伝声管を通じて伝えられた。
「作業にかかっている者の他、別れ!艦内閉鎖用具収め!」
と艦内号令がかかり、艦橋から久しぶりに緊張感が解け、俺は先程の操艦の講評を聞くべく艦長に話し掛けた。
「久しぶりの操艦でしたので、緊張しました。」
「まぁまぁ、及第点ってところか。今は戦時だから砲術長あたりは、いつ艦長になってもおかしくないからなぁ、せいぜい精進することだ。」
と艦長が話したところへ通信員の藤一曹が報告してきた。
「艦長、海上護衛総隊から至急電です。」
「うむ、読め。」
「発 海上護衛総隊司令長官、宛 第五十一護衛艦隊。電文 各艦長、先任士官ハ、タダチニ海上護衛総隊司令部ニ、出頭セヨ。以上であります!」
「何事だ?接岸早々に我々を呼び出すとは。」
「はぁ、こんな事はラバウル以来ですねぇ。」
俺は、怪訝そうな顔の艦長を見ながら答えた。
「司令部行きの便を出す、第一内火艇用意。わしは、艦長室に居るから砲術長後は頼むよ。」
と言って戸高艦長は、艦橋を後にして行った。
「どうしたってんでしょうねぇ。ラバウルに着いた時も早々に呼び出し食らって、挙句の果てに最前線に急行でしたし…。もしかして、今回もすぐに出港ってな事になりませんよねぇ。」
いつもの調子で、佐竹大尉が艦橋の皆を代表して俺に聞いて来た。
「あぁ、貴様の言う通りかも知れんなぁ。帝国近海に敵艦隊現る!全軍ッ、直ちに合戦準備せよ!ってな事に為るかも知れんぞッ!」
「砲術長!脅かさんでください。皆が本気にしますよ。」
と、珍しく大谷大尉が横槍を入れて来たので、周りを見ると艦橋に居る全員が俺を注視しているではないか!
「貴様ら、何びびっとんだ!その時は、潔く突っ込むしかなかろう!…とにかく、行ってみにゃ分からんさ。」
と言って俺は、皆を睨み付け空威張りをして言い放った。
今は、戦時なのである。
いつ、己の命が無くなるか解らないのだ。
その覚悟が無い者は、この駆逐艦松に一人としていなかった。
その証拠に、艦橋で俺を見つめている全員の目は、その使命に燃える眼差しだったのだ!