「我、ラバウル航空隊を収容せり!」
その後、我が艦隊は機動部隊へ燃料補給の為、しばらく東進を続けると敵艦隊の攻撃を終え、帰投中のラバウル航空隊と思われる編隊を電探が探知した旨、大倉上曹が報告してきた。
「艦長、このままの針路ですとラバ空攻撃隊が我が艦隊の上空を横切ります。」
「そうか、藤一曹、機上無線電話の用意を頼む。」
「はッ!機上無線電話、よーそろー!」
通信員の藤一曹は、にこやかに答え素早く回線を繋ぎ
「機上無線電話、準備よし!」
これまた満面の笑みをしながら、艦長に報告した。
「ご苦労!」
艦長は答え南東の空を仰いだ。
「第三航空隊直衛機、こちら第五十一護衛艦隊。南東よりラバウル航空隊所属機と思われる編隊、接近中。距離二○○、機数百機、速度三百、高度四千。至急、確認されたい。」
「第五十一護衛艦隊、こちら第三航空隊第三直衛隊。了解、直ちに確認に向かう。」
艦長はまず上空のラバ空直衛機に連絡を入れ、攻撃隊の出迎えをさせたのだった。
しかし、便利になったものだ。
ほんの数ヶ月前までは艦隊内の連絡でさえ発光信号などでやり取りし、意思の疎通もままならなかったが今では艦隊内はもちろんの事、上空の戦闘機とさえ話が出来るのである。
我が帝国軍の無線技術の進歩には目をみはるものがあった。
艦隊電話も機上無線電話にしても直線距離で百kmほどしか届かず、敵に傍受される恐れは無いという事なのだ。
これもやはりあの帝国科学技術研究所のおかげなのであろうか。
その時、大倉上曹が叫んだ。
「艦長!逆探に感あり!左三十度、周波数から我が軍の二二号電探のようであります!」
「駆逐艦梅より入電。我、味方潜水艦のシュノーケルを発見せり、距離二○。」
「味方潜水艦より入電。我、イ二二潜なり、作戦海域に向かう途上なり、貴艦隊の作戦成就を願う。以上!」
戦場において、違う作戦に参加する味方同士が合いまみえるのはなかなか無い事であり、まして潜水艦は敵味方の識別が非常に困難であった。
しかし、電探を装備して以来その発信する周波数帯により、それが味方のものであるとの判断が容易となり、錯綜する戦場での同士撃ちを防止出来るという、思わぬ副次的効果が最前線で現れていた。
「イ号二二潜水艦、こちら第五十一護衛艦隊。我の周囲三百kmに敵影なし、貴艦の武運長久と無事帰還を願う。」
戸高艦長は自らマイクを取り、味方潜水艦に呼び掛けた。
するとイ二二潜が浮上してきたのだ。
「左四十度、味方潜水艦!」
メインマスト上、海面から二十五mにある通称、鳩の巣に配置された見張り員が報告してきた。
俺は艦長に許可を受け、艦橋左舷の見張り台に出てそこの二十糎双眼鏡から、左舷十km先の海上を我が艦隊と並走しているイ二二潜を覗いて見た。
すると、司令塔に六人ほど上がり盛んに手を振っているではないか。
そこで俺も被っていた鉄帽を脱ぎ略帽を手に取り、それに答えたのだ。
ふと気が付き我が艦を見ると、戦闘配置に付いている一番機銃塔の兵達も盛んに手を振っていたのである。
「右三十度、航空機編隊!」
その声に慌てて右舷上空を見上げたが肉眼ではまったく見えなかった為、反対舷に駈けて行きそこの見張り員に替わってもらい、二十糎双眼鏡を覗くと見張り員が示した五十km以上の遥か彼方に、我が最新陸上攻撃機である銀河の精悍な機影を連ねた編隊が、こちらへと向かって来る姿が垣間見えたのである。
その姿こそ、ラバウル航空隊の竜部隊の勇姿であったのだ。
しかし、近づくにつれ竜部隊と元山空の陸攻隊に少なからず異変があるのが見えて来た。
ある機は双発の片方の発動機が止まり、なんとか編隊に追い付いて行くのが精一杯であったのだ。
その様な、今にも編隊から脱落しそうな機体が他に何機も有り、激しい戦闘であった事をうかがわせたのだ。
「なんという姿だ、敵の母艦は撃破し護衛戦闘機はいなかったはずではなかったのか!」
その声を発したのは、戦闘指揮所で攻撃隊の異変を聞いて出て来た、戸高艦長であった。
「あれは多分、敵艦の対空砲火にやられたのではありませんか。」
俺は近づいて来る一機の一式陸攻を見て、戦闘機の機銃による損傷などではない事に気がついたのだ。
「先頭の編隊にいる一式陸攻の翼端を見て下さい。あの傷跡は大口径砲によるものです。」
「それほどまでに敵の対空火力が、凄まじかったというのか!」
艦長が俺の推測に答えると
「もしやすると敵軍も電探射撃装置を開発し、装備しているやも知れませんね。」
安藤特務少尉がいつの間にか我々の会話を聞いて、その長年の経験による勘を働かせ大胆な予言をした。
「もし、そうであればあれほど損傷機が多い事にも辻褄が合いますが…。」
俺は安藤少尉の予言に反論しようとした時、藤一曹が艦橋内から大声で叫んだ。
「艦長!上空の陸攻隊より入電!我、これ以上の飛行不可なり。海上に不時着後、収容されたし。以上ッ!」
その途端、飛行中の陸攻の六、七機が高度を下げ始めた。
これはえらい事になってきた。
本日は天気晴朗成れど波高し、であったのだ。
こんなうねりの有る海面に不時着などすれば、陸攻といえども木っ端微塵になるのが関の山である。
しかし、艦長は平気な顔で
「了解した、直ちに静海面を作るのでそこに不時着されたし。と伝えよ。」
と言ってのけたのだ。
その直後、俺はハッとその意味に気付いた。
「艦長、もしやあれをするおつもりですか?」
「あぁ、こんな時はあれしかあるまい。」
と答えて艦橋へ入って行った。
あれとは、下駄履き(フロート)の水上偵察機を荒海上で収容させる際、大型艦が緩やかに舵を切りそのウエーキ(航跡)により、旋回内面に一時的に波の静かな海面を作り出し、そこに着水させていた事を応用しようというのだ。
そんな事をこの緊急時に思い付き、実行せんとしている戸高艦長を俺は誇りに思い、この駆逐艦松へ配属された事に感謝していた。
「香月大尉、艦長がお呼びです。」
俺はすぐに戦闘指揮所へ行くと、
「砲術長、すまんが救助部隊の指揮を執ってくれないか。」
と艦長に頼まれたのだ。
「はッ!お任せ下さい。」
俺は即決でその任を受けた。
艦長はその後、旗艦摩周と二隻の油槽船に収容要領を連絡し、俺は各駆逐艦に救助部隊の編成を命じ、我が松からも人員を出して臨時の救助班を編成させ内火艇を降ろし、不時着機搭乗員の収容準備に取り掛かった。
各艦から内火艇準備よしの連絡が入り、俺は艦橋に行き艦隊無線を使って松、竹の内火艇は旗艦摩周へという具合に各艇に指示した。
陸攻の方を伺うと不時着機は全部で八機らしく、その中の長機である一式陸攻が他の陸攻に手本を示すべく、進入するので旗艦摩周に静海面を作るよう、要望してきたのである。
それを受けて摩周は荒波に対し艦首を立てて航走を始め、その後ろから松と竹の内火艇がトンボ釣りよろしく、追走して行った。
そして摩周が大きく面舵を取り、右へ旋回するとその右舷側は荒波がおさまり、なるほど静海面が現れたのである。
時を失せずして、その静海面に陸攻が低空低速で進入して来て着水点に何かを投げ入れ、上昇して行った。
すると続いて一機の片肺の陸攻がその着水点目掛けて進入し、見事に不時着に成功したではないか。
それを見た松内火艇は直ちにその機に近寄り、機から脱出する搭乗員達を引き上げにかかったのだ。
着水した陸攻はすぐには沈まず、しばらくの間浮かんでいた為収容作業は以外と苦労せずに進んだ。
それからは各油槽船が静海面を作り、そこへ次々と損傷機が不時着して来て各内火艇が手際良く、ラバ空の搭乗員達を救助していった。
最初に静海面を作った摩周は搭乗員収容の為、その後停船し各内火艇がそこへ横付けして行った。
「摩周乗り組みの同期に聞いたんですが、あの艦の医務室は海軍病院並の設備が揃っており、尋常じゃない数の軍医が乗艦して来たと言っとりました。ですがまさか、この状況を予想していたなんて事は、無いですよね。」
俺の横に来てそう囁いたのは、航海長の大谷大尉であった。
彼は俺が前に考えた事と同じ疑問を抱いていた。
どうも我が艦隊は、誰かが事前に予測した通りの行動をとっているとしか思えないのである。
この新鋭護衛駆逐艦松といい、摩周艦載機の零戦の件といい、ラバウル基地での急な補給任務受令といい、敵索敵機にわざと発見され敵の航空攻撃を一身に引き受けさせられた事も…。
それに今の大谷大尉の話である。
もしやして、あの帝科研となにやら関係があるのではと、俺には思えてならないのだ。
「搭乗員の収容を完了しました!」
と通信員の藤一曹が報告して来たので、俺はその考えを心の奥に閉じ込めながら頭を振り、大谷大尉に苦笑いをして戦闘指揮所へと戻った。
我が艦隊はその後、MO機動部隊に燃料を補給すべく更に東進し、その間にも第五航空戦隊は二の矢である第二次攻撃隊を放ち、第十七任務部隊を完膚無きまでに叩き敵艦隊の撃滅に成功していた。
その日の夜になり、我が機動部隊と合同し無事、燃料の補給を終えた我が艦隊はようやく、ラバウル基地へと艦首を向けて帰還の途に着いたのである。
この闘いにより、我が松型駆逐艦と第五十一護衛艦隊の有効性が帝国軍の内外に示され、帝国海軍護衛駆逐艦の中核艦として大量生産され、海上護衛総隊に配備されていったのだ。
「いや〜、これで魚雷があれば文句は無いんですが…。」
佐竹大尉のぼやきは半年後に違う形で解消される事になったのだが…。
今日も俺は艦橋で海上を睨み、地道な船団護衛任務に励んでいた…。
暁の新生帝国の連携外伝として執筆した小説です。
弾井少佐の見ることの出来ない最前線の模様を描きました。
この第十五話をもって、しばらく駆逐艦松はお休みいたします。
閲覧、ありがとうございました。