「全軍突撃せよ!」
「それはラバウルからの直衛機であろう。」
そう艦長が答え、我々一同は納得した。
「艦長!我が機動部隊の攻撃隊と思われる通信を傍受しました!」
今度は、通信員の藤一曹が我々の最も知りたかった情報を報告して来たのである。
「そうか!よし、艦内の全員にも聴かせてやれい。」
俺は、我が艦の艦長はずいぶん粋な計らいをするもんだと想いつつ、全乗組員が藤一曹の声に聴きいった。
「我、敵艦戦の攻撃を受く。」
「我が制空隊、これを檄撃す。」
「我が制空隊、敵艦戦をことごとく撃破せり、攻撃隊に損害無し、我の零戦隊は無敵成り!」
「我、敵艦隊を発見せり。」
スピーカーから流れる我が攻撃隊の模様に、松の乗組員全員が一喜一憂していた。
「全軍突撃体形作れ。」
「翔鶴隊はレキシントンを、瑞鶴隊はヨークタウンを攻撃せよ。」
「全軍突撃!」
遂に、我が第五航空戦隊艦載機による攻撃が始まった!
「隊長機、被弾炎上の為、我が指揮を引き継ぐ!」
どうやら、我が軍にも甚大な被害が及んでいる様である。
「我に被弾機多数あるも、攻撃を続行す!」
我が攻撃隊の突撃風景が、皆の目に浮かんでいた。
「敵母艦レキシントンに魚雷四本、爆弾多数命中せり、ヨークタウンにも魚雷二本、爆弾数発命中す!」
「帝国軍!万歳!万歳!」
隊長機被弾の報に一時は艦内も落ち込んだが、攻撃成功を聴きそれぞれの戦闘部署が沸き立った。
「全軍、集まれ!」
「これより帰投す。」
攻撃開始から、二十分後それは流れた。
「砲術長!やってくれましたね。」
佐竹大尉が満面の笑みで俺に語り掛けて来た。
我が機動部隊の攻撃隊はきっちりと摩周の仇を取ってくれたのである!
しかし、先ほどの様子では五航戦攻撃隊の被害も相当出ているはずであり、二の矢、三の矢を継ぐ事が出来るのかと心配しているところへ、ラバウルから上空にある弾切れの烈風隊に代わり、二直目の艦隊直衛部隊が到着したこの時に俺は、摩周艦載機を着艦させ燃料の補給を行わせるよう艦長に進言し、許可を受け直ちに実行するよう命じた。
今のところ本海戦では我が軍に沈没艦は無く、敵正規空母二隻を行動不能にした事はほぼ間違いはずであり、我が艦隊の士気は天を突く勢いであった。
今のところは…。
「艦長!電探に感あり!左百十度、距離三○○、百機以上の大編隊、速度四○○、高度五千、針路南東。」
電測長の大倉上曹が報告してきた。
我が艦隊は今、南下を辞め東進しており、我が艦の左百十度はラバウル基地方向であり、その針路から敵機動部隊へ攻撃に向かう味方の航空部隊と思われたが、念のため上空の烈風隊にその旨を伝えると、やはりそれはラバ空からの攻撃隊であると返答があった。
「四艦司令部は、敵艦隊のとどめを刺す気なんでしょう。」
安藤少尉が俺の横で呟いた。
「あぁ、お偉いさん方がこの期を逃すはずはあるまいさ。」
俺は少尉にそう答え、自分自身にも言い聞かせていた。
我が帝国軍では、民主主義国家のもとで自由を謳歌している米兵なんぞは恐れるに足らずなどと、声高に吹聴する軍高官らが多く居たのだが、先ほどの敵機の搭乗員の中には我が弾幕をものともせずに突撃して来る者達もおり、我ら帝国軍人に負けず劣らずの敢闘精神を持ち合わせている事を認めざるを得なかった。
何故、今こんな事を考える様になったかというと帝国を出撃する前、連合艦隊司令部において招かれた晩餐会での席上、とあある少佐が言っていた言葉が気になっていたからだったのだ。
「アメリカという国を決して侮らないで下さい。あの国は帝国の十倍以上の生産力を持ち、惜し気も無く戦線に物資を投入して来るのです。それに比べ、帝国の資源には限りがあるのです。兵員においても同様で、連合軍は帝国の十倍以上の人的資源があり、なおかつ精神力も我々と同等と思って下さい。ですから叩ける時は徹底的に叩き、危うい時はすぐに引く勇気を持って、闘いに当たって下さい。」
俺は最初、こんな事を言う海軍将校をよく連合艦隊司令部が許しているなと思いつつ、山本長官や宇垣参謀長の顔を伺うとなんと彼らもその発言に頷いていたのだ。
帝国軍は、変わりつつあるのだろうか。
つい先日までは、やれ大艦巨砲主義だ、航空主兵だと息巻いていた者達が今では影を潜め、戦争は補給が続かなければ負けなのだと至極当たり前な事を言い出し、海上護衛総隊を創設して最新の艦艇を真っ先に配備させ、かく言う俺もその艦隊に配属され早速最前線ヘと出撃して来て、我が艦の優秀性を証明していた。
俺は海軍に入り、戦艦などの大艦に乗り組み、敵主力艦隊と一世一代の撃ち合いをしてみたいと望んだ事もあったが、戦争が始まると戦艦などの出る幕は無く、我々の様な駆逐艦や潜水艦が活躍したのである。
この事は取りも直さず戦前に帝国海軍が目指していた、主力艦による艦隊決戦などは開戦以来只の一度も起こらず、航空母艦や基地航空隊の航空機がこの戦争における主役となりつつあるのは、我々からみても明らかであったのだ。
現に本海戦でも戦果を挙げているのは航空部隊であり、それを撃破出来る能力を与えられた我が艦隊だったのである。
そんな事を考えている内に、先ほどのラバウル航空隊の攻撃機が敵艦隊発見の報を打電してきた。
「勝ったな。」
戸高艦長が今、正に攻撃が行われようとしているはずの南東の空を見ながら一人呟いた。