7.ナクの村
1話を長くまとめました
カイルは入り口から村を見渡してみた。
いくつかの家には、玄関先に看板が立ててある。そこには「酒場」、「食事処」などと書かれていた。
彼はその中から「宿屋」や「宿泊」と書かれているものがないか探す。当然その行為は、今日泊まるための宿探しである。
カイルは昨日、野宿をしたのだが、森の中だったため虫が多く、満足に眠れなかったのだ。だから、今日こそはちゃんとした宿に泊まりたいとの心の底から思っていた。
宿屋がうまく見つからず、もたついていると、
「そこの兄ちゃん。何か困っているのかい?」
カイルが後ろを振り向くと、村人と思われる男の人がいた。
身長は180センチぐらいで、彼よりも少し高く、歳は20歳前半に見える。
「はい、宿屋を探してまして」
カイルは正直に自分の要件を話した。サイロの町以外の人と話すのは初めてであったので、その口調には少しぎこちなさが見られたのは、16歳の少年にとっては仕方のないことだろう。
「ああ、宿屋ならあそこだ。案内してやるよ」
「え、いいんですか?」
「いいってことよ」
その男があっさりと答える。カイルはありがたく、彼の親切に甘えることにした。
「ありがとうございます」
「まあ、その代わりと言っちゃなんだが……」
ん? まさかお金せびられるんじゃ……。
カイルの考えは何とも汚い方向へ向かっていた。
15の時から仕事をしていて、同年代の子供よりお金に関係する機会が多かったからだろうが、全く良ろしくない思考回路である。
「兄ちゃんの話を聞かせてくれよ」
「え?」
どういうことだ? まあ、話ぐらいならいいけど。
少し拍子抜けはしたが、お金を取られるよりはいいかとカイルは思った。
「兄ちゃん旅人だろ? 俺は生まれてこの方、この村から出たことがなくてな。退屈なんだよ。
だからこうして、旅の途中に立ち寄った旅人さんに、村の外の話を聞かせてもらってるってわけさ」
彼にはその気持ちが痛いほど分かった。小さい頃、自分自身も同じことを考えていたからだ。そして、偶然声をかけたのがライラスとの最初の出会いだった。
当時のカイルは、知らない大人に声をかけることに少々抵抗を感じたのだが、今では勇気を出して良かったと思っている。
「へぇー。なるほど、わかりました。いいですよ。
と言っても、自分はまだ旅をし始めたばかりですけどね」
だから、彼は快く了承した。
「本当か! ありがとう!
あっ、そうだ! まだ名乗ってなかったな。俺はトット」
「僕はカイルです」
初対面なので、カイルの口調は自然と畏る。それを気に止める様子もなく、トットは話を進めた。
「よし、カイルだな。とりあえず宿屋まで案内するよ」
カイルはトットに連れられ、ナクの村の奥へと歩いていった。
宿屋に行く道すがら、彼は約束を守るために、トットに自分の生い立ちを話した。
「へぇー。森にねぇ」
「はい。だから本当の両親が、今どこで何をしているのか分からないんです。もちろん、生きているのかどうかも」
「そいつはまた難儀だな」
「でも、父さんと母さんがいるし、生意気な妹もいますから全然平気ですけど」
カイルは軽く笑って見せる。それが空元気などの類ではないことは誰が見ても明らかだった。
「違いねぇ。いい家族だな」
「ええ」
「おっと、着いたぜ」
トットが1軒の家の前で足を止めた。その家は周りに建っているものより一回り大きい。
「宿屋のおばちゃんに空いてる部屋はねえか聞いてきてやるよ」
トットは軽く小走りして、扉を開けて宿屋へと入っていった。
少し待つと、トットが戻ってきた。だが、その表情は暗い。カイルはその理由が何となく分かった。
「申し訳ねぇ! 部屋はもう全部うまってるらしいんだ」
トットが両手を合わせ、頭を下げる。その行為には誠意がこもっていた。
そして、トットの言ったことは、カイルの予想した通りのものだった。
「そうなんですか。というか、トットさんは謝らなくていいですよ」
カイルが優しくなだめる。
いい人だなぁ。
トットの誠実さを見ながら、彼はそんなことを思っていた。
「でも、それじゃあどうしようかな」
宿が取れないということは必然的に他の方法を考えねばならない。最悪、また野宿もある。カイルは、それだけは避けたかった。
「ん〜〜」
トットも両腕を胸の前で組んで、何か案を考えているようだ。
「あっ、そうだ! それなら俺ん家来いよ」
彼は組んでいた腕をほどき、いきなり思いついたように、右手の親指を立てて彼自身を指差した。
「え? いいんですか?」
カイルにとっては願っても無い提案だったが、これ以上お世話になるわけにはいかないとも思っていた。
「いえ、でもこれ以上ご迷惑は」
「良いって良いって。まあその代わりに、もっと話を聞かせてくれよ。それでおあいこってことでいいだろ?」
トットは右手でグーサインを作り、眩しい笑顔を向けてくる。
「……わかりました。そう言うことなら」
カイルは「おあいこ」という言葉を聞いて、快諾した。
その日の夜
2人は夕方からずっと話している。
内容は主に、ライラスから教えてもらった他の世界のことについてや、カイル自身の夢についてだ。
彼はトットとかなり仲良くなり、今では口調も砕けてタメ口で話している。
「つまりはあれか。カイルはゲートの謎を解き明かしてくれるんだな」
「どういうこと?」
「だってさ。アラセムへのゲートは、何でか知んねえけど起動しねぇんだろ?
だったらゲートの謎を解き明かして、起動させるってことじゃねえの?」
「ああ、そういうことか。
……うん、確かにそうなるかも」
カイルはこの時、先生の言葉を思い出していた。
「だろ?」
その日は夜遅くまで、部屋の電気が消えることはなかった。
次の日の朝
「もう、行っちまうのか?」
「ああ」
「そっか……」
「うん、それじゃあ」
カイルは村の出口へ歩き出した。
「カイル!」
トットが大声で名前を呼ぶ。その声にカイルは振り返る。
「頑張れよ」
トットは再び、昨日と同じように右手でグーサインを作った。
「ああ!」
それに対してカイルもグーサインで返す。
2人の最後は、お互いに笑顔だった。
ナクの村を出でから2日後の昼
目線の先に薄っすらと城が見えてきた。そして、その周りには一回り低い壁が。
「あれが王都のメニア城か」
カイルは初めて見るメニア城に興奮した。彼は幼少期の頃から王都に来る事が念願だったのだ。
「やっぱり王都ってたくさん人がいるんだろうな。……そうだ」
カイルは自分のリュックから1冊の本を取り出す。
ライラスにもらった本で、王都について少し調べておこう。
そう思い本を開くと、ページの隙間から、四つ折りにされている紙切れのようなものが落ちた。
何だこれ?
カイルはそれを拾い、広げた。
そこにはこう書いてあった。
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カイルへ
この本を読んでおるのなら、わしはもうお前のもとにはいないのじゃろうな
最後にお前に何と言ったのか、今のわしにはわからんが、その言葉はわしの本心じゃ
それと多分、直接お前に面と向かって言えんじゃろうから、ここに書いておくことにするとしようかの
わしは人生のほとんどを旅に捧げてきてのう
だから故郷と呼べる場所がないのじゃ
家族も大切な人もいない
じゃが、お前との日々はわしにとって、人生で最も大切で、幸せな時間じゃったよ
ありがとう
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カイルの目からは自然と涙が溢れていた。それは数日間の旅で酷使した彼自身の目を潤し、その汚れを洗い流した。
「こちらこそ、ありがとう。俺も楽しかったよ。
これからは俺が頑張るから。見ていてくれ」
そう呟くと、彼の足は王都への歩みを速めた。
次回「8.ライラスの本『王都メニア』」