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ゲートの向こうにある世界  作者: nit
第1世界・キルト
5/32

5.決心

1話を長くまとめました


 次の日、カイルは朝から製鉄所の仕事についていた。

 アラセムへ行くための旅の資金を得るために、10歳の頃から働いている。


 仕事場にはドリルや研磨機けんまきなどの電気工具が無雑作むぞうさに散らかっている。

 床には作業台から出たおがくずがそこら中に落ちているし、床についた潤滑油じゅんこつゆのシミが年季を感じさせる。

 ニスの匂いをいで気分が悪くならないように、窓はいつでも全開の状態だ。


 親方や先輩達は皆厳しいけれど、それ以上に優しい。カイルとって、ここは居心地が良かった。


「おい、カイル」

「なんですか親方」

「お前、またあの男のところに行ってたんだってな」

「あの男? ……ライラスのことですか?」

「ああ、そうだ。あの男のことはよくわからんからな。気をつけろよ」

「大丈夫ですよ」

「まあ、お前はガキの頃からしっかりしてるから、あまり心配はいらねぇかもしれねぇがな。一応だ一応」


 町の人たちはあまりライラスのことを良く思っていない。

 まあ、それはライラスが人とあまり関わろうとしないことが原因であるのだが。



昼頃


「お疲れさーん」

「お疲れー」

「お疲れ様でした」


 親方たちはまだ仕事をするのだが、カイルはまだ子供なので午前中だけだ。

 彼はレイナの母さんに作ってもらった弁当を口へ乱暴にかき込み、いつも通り門へ向かった。


 その日、ライラスは来なかった。

 次の日も、その次の日も来なかった。


 1週間がってもライラスは現れることはなかった。

 町の人に聞いても誰も見ていないという。

 そういえば、カイルはライラスがどこに住んでいるのか知らない。

 ライラスも話さなかった。カイルは知らなくても、いつも簡単に会えたから必要ないと思っていた。


こんなことになるのなら、あの日、家の場所を聞いておくんだったな


 今更そんなことを考えながら、鍛錬場で彼は1人、無心で剣を振るっていた。



 人が1人居なくなるという異常なことであるのにカイルは不思議と落ち着いていた。

 あの日、ライラスは自分の死期を悟り、最初で最後に自分に対して感情を吐き出したんだと彼は考えた。

 カイルはその思いに対して応えようと心の底から思った。


 ありがとう、ライラス。俺は必ず夢を叶えるから。

 きっとどこかで見ていてくれ。



 ライラスが行方不明になってから彼はずっと考えていた。

 そろそろ自分も旅立つ時ではないのかと。

 金は自分で稼ぎ、ライラスから知識も得た。歳ももう16で、体もそれなりには鍛えてきたつもりだった。


 だが、彼には1つだけ心残り、そして、恩がある。


 レイナやレイナの両親にだ。


 3人には本当にお世話になった。

 物心つく前から身の回りのことをしてもらっていたし、別の家に住んでいる今でも、面倒を見てもらっている。


 このまま出て行ってしまっていいのか?


 そのことだけが心に引っかかる。



 夕方、家の前の砂利道で、カイルはちょうどレイナの母さんに会った。


「どこに行ってたの?」

「町をぶらぶらしてた」

「ご飯は?」

「いらない」

「そう……。そうだ! 明日楽しみね」


 明日は町の夏祭りの日だ。

 カイルはレイナと彼女の母さんと一緒に行く約束をしていた。ちなみに、彼女の父さんは祭りの屋台をやるらしい。


 でも、俺は……。


「ごめん。考えたいことがあるから明日は……」


 彼は断ろうと思っていた。今の精神状態ではとても楽しめると言えなかったからだ。


「だめ。レイナも楽しみにしてるんだから」

「……わかったよ。行くよ」


 カイルは仕方なく了承りょうしょうした。


「そう。それじゃあ、また明日ね」


 そして、レイナの母さんは隣の家に消えていった。


 やっぱりかなわないな


 カイルは彼女に、いつもこんな風に言いくるめられていた。



次の日の夕方


 カイルは待ち合わせ場所である門に向かっていた。

 彼は、なぜ隣同士に住んでいるのにわざわざ遠くで待ち合わせるのか分からなかったので、レイナの母さんに聞くと、


「いろいろあるのよ」


 とはぐらかされてしまった。


 何なのだろう?



 カイルは門に着いたが誰もいない。どうやら2人より先に着いてしまったようだ。

 少し前なら何の気兼きがねもなかったのに、今の彼は、2人に対して普段通り接することができるか心配だった。


 しばらくすると、その2人がやって来た。

 レイナが開口かいこう一番、


「どう? 似合う?」


 と言い、体を一回転して見せた。

 彼女は今、浴衣を着ている。

 浴衣自体は赤色で、模様に薔薇の花が入っていて、帯は黄色だった。

 おそらくは、それが自分に合っているかを聞いているのだろう。


「去年と同じだろ」


 とカイルはっ気なく返した。


「それはそうだけど……。ほらっ! 私って大人っぽくなったじゃーー」

「なってない」


 彼は食い気味に即答する。

 そのことに対して、レイナはほっぺたを真っ赤にして怒った。何とも子供っぽい。白い肌がさらにその赤を強調していた。


「もーっ! わざわざこんな可愛い子が浴衣を着て感想を求めてあげてるのに、何なのその答えっ!」

「へー。どこに可愛い子がいるって?」


 カイルはからかうように笑みを浮かべながら聞いた。


「むきぃぃぃ!」


 レイナが奇声をあげる。


「動物か、お前は」

「私だってね男の子からデートとかに誘われるんだからね!」

「それはお前の中身を知らないからだろ。知れば皆、驚いて逃げていくだろうよ」


 彼はあざけるように笑う。しかしその反面、表情を取りつくろうのに必死だった。

 2人に気づかれないように、違和感のないように。


「まあまあ、2人ともそのへんにしておきなさい」


 レイナの母さんが止めに入ってくる。


「でも、お母さん」

「いいから。ちょっとこっちに来なさい」



 2人は建物の物陰で何か話しているようだったが、ひとしきり話し合うと戻ってきた。


「それじゃあ、行きましょうか」

「うん」


 レイナが笑顔になっている。

 カイルにはどんな話をしていたのか分からなかったが、どうやら機嫌が戻ったらしい。



 それからは3人で祭りを回った。

 祭り会場は毎年商店街だ。道の両脇に食べ物屋やくじ引き屋、輪投げなどの遊戯ができる屋台が並んでいる。

 その周りには、町の人々がむらがり、やかましい。

 レイナは基本的に食べ物屋にしか興味がない。色々な店を回っては口いっぱいに食べ物を詰め込んでいて、終始楽しそうだった。

 彼女の母さんも笑っていたし、途中で会った彼女の父さんも生き生きしていた。


 俺はこの家族関係が好きだ。だから壊したくない。

 けれど、俺が出ていくことを言ってしまったら……。


 カイルは決断を先延ばしにしていた。今回はそれがあだとなった。



 祭りから帰ると、レイナは眠いと言って自分の部屋に行ってしまう。

 2人きりになると、彼女の母さんが不意ふいに聞いてきた。


「話があるんでしょう? あなたのこれからについて」

「えっ?」


 カイルの顔には動揺の色が浮かぶ。


「わかるわよ。家族だもの。お父さんが帰ってきたら話し合いましょう」


 レイナの母さんは笑っていたが、その目からは真剣さが感じられた。


「うん……」


 彼にはそう返すのが精一杯だった。



 しばらくして、レイナの父さんが帰ってきた。レイナの母さんが事情を伝え、3人がリビングに集まる。

 初めに口を開いたのはレイナの父さんだった。


「まず、お前の正直な気持ちを知りたい」

「な、何の話?」


 カイルは誤魔化そうとした。まだ気持ちの整理がついていないのだ。だから、彼には考えるための時間が必要だった。


「将来のことについてだろ? それぐらいは俺にでもわかるぞ」


 どうやら、2人は本当に彼のことを見ていたらしい。カイルはそれが嬉しくも、窮屈さを感じていた。

 仕方がなく、彼は自分の正直な気持ちを言うことにした。たとえ反対されようとも、2人ならこの気持ちを受け止めてくれると信じて。


「俺は……。俺は自分の夢を追いたい」

「夢……か? 具体的には何なんだ?」


 レイナの父さんの問い詰めるような言葉が彼の心を痛めつける。

 カイルはいつも楽しい雰囲気のリビングに、今日だけは居心地の悪さを覚えた。

 そして、気づいてしまった。「夢」というあえて抽象的な言葉を使ったことで。


「それは……」


 気づいてしまった。自分にはやはり覚悟が足りなかったということを。カイルは頭の中で、自らの家族と夢とを天秤てんびんにかけていた。



 部屋に静寂が訪れる。

 それを破ったのはレイナの母さんだった。


「心配しなくてもいいのよ。もう知っているから」

「え?」

「ああ、知っていたさ。ただ、お前が自分の口から言うのを待っていたんだ」

「なんで?」


 夢のことはレイナにしか言っていない。よって、カイルの思考は1つの答えにしぼられた。


 まさか、レイナのやつ!


「レイナから教えてもらったんじゃないわ」

「っ! じゃあ、どうして?」


 彼は不思議でたまらなかった。レイナじゃないなら誰だと言うのだ。その気持ちが彼の強い声色に表れていた。


「ライラスさんからだ」

「っ!」


 その答えは、彼の口を閉ざすのに十分な衝撃を含んでいた。


「私達はだいぶ前にライラスさんから聞いていたの。ごめんなさい。今まで黙ってて」

「と言うか、ほぼ毎日、お前が遅くまで帰って来ないから心配して、ある時お前の後を追いかけたんだ。そしたらな……」

「ええ」


 再び部屋が静かになる。その静寂の中で、カイルの気持ちは驚嘆から覚悟へと変化する。


「そう、だったんだ。……わかった、改めて言うよ」


 カイルは息を吸い込み、一気に言おうとする。


「俺はアラセムへ行きたい。……でも……」


 しかし、言い切ることができず、途中から口ごもってしまった。まだ覚悟が足りない。


「でも、何だ?」

「でも、本当にこのまま出て行っていいのかなって……」

「私達に遠慮してるのか?」


 喉まで上がってきた「うん」という答えを飲み込み、カイルは沈黙をつらぬいた。彼にはそうすることしかできなかったから。


「はぁー、もう何言ってるんだか。心配しなくていいのよそんなことは」


 レイナの母さんがカイルに苦笑した顔を向ける。


「そんなことって」


 彼の声には少し苛立ちが見られた。自分はこんなに悩んでいるのに、そのことを簡単にあつかわれたような気がしたからだ。


「いいの。あなたの夢のことは前から知っていたし、いつ言ってくれるんだろうって思ってたから」


 レイナの父さんも無言でうなづく。


「もちろん、初めは冗談だと思ってたわ。でも、あなたがライラスさんと真剣に鍛錬しているのを見た時、2人で決めたの。もし、今日のような日が来たら背中を押してあげようってね」


 レイナの母さんはレイナの父さんと目を合わせた。

 カイルはそのことを嬉しく思ったが、彼は決断を下せない。

 なぜなら……。


「でも、俺はまだ恩を返せてない」

「恩って?」

「本当の子供じゃないのに育ててくれた恩をーー」

「そんなの関係ないっ!」


 突然、レイナの父さんが怒鳴り、机を平手で叩いた。部屋に甲高かんだかい音が広がっていく。残りの2人はそれに気圧されて、目を見開く状態になっていた。


「血が繋がっていようがなかろうが、お前は私と母さんの息子で、レイナの兄で、私達の家族だっ!」


 カイルはもう何も言うことができなかった。驚いた後に、自然と溢れた涙が彼の頬を伝う。服のすそぬぐっても、ぬぐっても、それはとどまるところを知らなかった。



 少しの沈黙の後、2人は彼に優しい声で語りかける。


「家族なのだから、恩なんて感じなくていいんだ。そんなこと気にせず、お前は自分で選んだ道を行きなさい」

「そうよ。心配しないで大丈夫だから」


 カイルはそれらの言葉に父を、そして母を感じた。


「……ありがとう。父さん、母さん」


 彼は涙をそできながら、2年ぶりになるその呼び名を使い、そして、旅立つ決心をした。

次回「6.そして旅立ち」

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