32.新たな世界
よろしくお願いします(>人<;)
「滅び」というのは、全てのものに共通する概念である。
例えば、人間や犬、ライオンやゾウ。
動物だけではない。植物も同様だ。
全てにおいて、「滅び」とは逃れられないものであり、等しく訪れるものである。
そう、嘗てそれらの生物を養っていた地球という名の箱庭も例外ではなかった。
たが「滅び」とは、それと同時に新たな「始まり」でもある。
こちらも例を挙げると、代表的なものが食物連鎖だ。
植物が食べられることにより、子供の草食動物が成長し、草食動物を肉食動物が食べることにより、新しい命が育つ。
また、それらの動物の糞や死骸が大地に養分を与え、次の世代の植物が成長しやすくなるという「滅び」と「始まり」を体現したものである。
では、地球という人間にとっての世界が「滅び」れば、それは何かの「始まり」になるのか?
カイルたちが生きる時代より遥か昔、この設題に挑んだ1人の天才がいた。
しかしながら、この天才の登場により、世界は消失したのだ。
触らぬ神に祟りなし。
この思想さえ持っていれば、後何億年かは平和であったものを。
中途半端な力や知識は、己の身を滅ぼすことになる。
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寂しいと思うことはありますか?
この問いに対しての彼の答えは、
「さあ? 考えたことはない。1人でいることが当たり前だから」
彼はなぜ自分がそこにいるのか。
なぜずっと1人なのか。
そして、いつまで生き続ければいいのか。
とうに忘れたはずのその答えを、まるで雲でも掴むかの如く、虚しくも思い出そうとしていた。
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目を開けると、眼前には町があった。
キルトにあったものと大きな違いは見られないが、より色が鮮やかになった印象を受ける。
ゲートから町までは、舗装された1本道が繋がっていて、それらを行き交う人々で溢れかえっていた。
おそらくその道を歩いている者たちは、転移希望者と転移終了者であろう。カイルも後に、そこを通ることになるはずだ。
そしてその町の奥には、視界の右に、茶や黒、白や灰など様々な色合いが層になって高くそびえる岩壁が見えた。その上からは、大量の水が麓へと落下し、巨大な滝を形成している。
麓には、針葉樹林から成る雑木林が広がり、その隣の地面を滝から繋がる川が削り取っていた。
視界の左には、岩壁の高さには劣るものの、ゴツゴツした岩山が連なり、これからの旅の過酷さを物語っている。
……ん? えっと……。
カイルは何か違和感を感じた。例えるならば、暗い中を旅していて、奇妙な、そして、恐ろしくも美しい感情、そんな矛盾だらけの感情を抱いていたような気がしていた。
しかし、後ろからの聞き覚えのある感嘆の声により、思考が中断される。
「す、すげぇぇぇ……」
「え、ええ……」
「う、うわぁぁぁ……」
彼が振り向くと、そこには3人の人物が立っていた。
1人は、山を思わせる大きな体に、筋骨たくましい赤銅色の皮膚。その男の容貌は、生物として強者であることを全面に押し出し、敵対する者の戦意を挫くだろう。
1人は、白い肌に赤みがかった栗色の髪と同色の瞳。女性としての美しさは、格別なものがあるものの、その実はキルトの王都メニアでは恐れられた女兵士である。
そしてもう1人は、見た目は幼女。だが、実年齢は20を超え、脳に蓄積された記憶は莫大なものがある。隣に立つ女兵士に懐き、行動自体は見た目に相違ない。
「ガゼル、アレシア、ヤスハ」
「おう、カイル」
「どうやら……」
「……うまくいったみたいだねー」
彼らには、転移が失敗する要素などは1つもなかったが、4人の表情には安堵の色が浮かんでいる。
ガゼルの背中にはあの大きなハンマーはなく、アレシアの腰にも片手剣はついていなかった。転移の副作用により、消滅してしまったのだろう。
あれ?
ここでもカイルは違和感を覚えたが、次の転移者がいるため、4人はそそくさとゲートから立ち退き、道にいても邪魔なので、横道に逸れた。
同時に、カイルの思考も停止する。
当然というべきか、こちらのゲートにもゲート管理局の手が回っており、左胸に「2」というバッチをつけた2人組が立っていた。
「それにしても、すごいわね……」
「うん……」
「本当にな……」
「ああ……」
彼らの瞳に映る感情は、感動。
「こんな世界があるんだな……」
何処と無く呟いたカイルの声は、新しい世界の空気に触れ、拡散していき、まるで初めからそこに無かったかのように消えていった。
「あっ、そうだ! ミドルネームとラストネームを考えておかないと!」
「あっ、そうだな。第2世界からは」
突如思い出して言ったヤスハの提案に、カイルが賛同する。
「ミドルネームとラストネームって、何だ?」
聞き慣れない言葉に対して、ガゼルが疑問の念を持った。
「言うと思った。まあ、第1世界から出たことない人にとっては無理もないよ」
この言い方は、ガゼルにとっては馬鹿にされたようにも聞こえるが、言われた当の本人はそのようなことに考えが至らず、また、言ったヤスハにもその意はなかった。
「1つずつ説明するとね。
まず、私たちの今の名前。私なら『ヤスハ』。これがファーストネームっていうの。
次に、ラストネーム。これはファーストネームの後に来る名前で、第2世界からはファーストネーム、ラストネームのセットで名乗ることになると思うよ。
そして、ミドルネーム。ミドルネームは、ファーストネームとラストネームの間に入る名前で、これはファースト、ラストネームだけでは同じ名前の人がでてくるから、それを区別するためのものなの。
ガゼル、分かった?」
心配そうにヤスハはカイルの返事を待った。2つの感情を胸に抱きながら。
1つは、理解してくれるかもしれないという期待。
1つは、どうせ無理だろうという諦めの感情。
「……な、なんとか」
額に汗をかいて考え込んでいるガゼルがなんとか絞り出すように答える。
どうやら、2つの感情の間くらいのようだ。
カイルはそんな2人のやり取りを見たことによって、ヤスハに対して年相応とはいかないまでも、やはり年上であるということを改めて感じた。
「もちろん、カイルは知ってると思うけど」
「ああ。アレシアはどう?」
「私も大丈夫よ」
カイルは、3人にライラスについても話していた。
そのことを既知のものとして考えた場合、カイルがこれらのことを知っているだろうと予想したヤスハの質問は的を射ており、今の説明でアレシアなら理解できているだろうと思慮したカイルの確認も同様のものであった。
「それでよ。結局どんなのにすればいいんだ?」
「何でもいいけど、早めに固定したほうがいいよ」
「そうだな。でも取り敢えず今は、仮の名前を考えよう」
「ええ、そうね」
「旅をしながら、最終的に名前を固定していこう。無論のことだけど、ヤスハの言った通り、できるだけ早いほうがいいと思うけど」
暫しの沈黙の後。
「よし! 俺は、『ガゼル・バイン・シュート』にするぜ」
「私は前から決めてたの。『ヤスハ・ファルフト・ユクリ』」
「俺は何にしようかなー」
「私は、『アレシア・セルべ・ソーン』にしようかしら」
「皆結構簡単に決めるのな」
「うじうじ考えたって仕方ねえよ」
カイルが呆れた声を漏らすと、ガゼルが投げやりな意見を述べる。
しかし、カイルはそれに納得したようだった。
「そうだな。……うーん。……それじゃあ俺は、……『カイル・ヌタイト・マーク』とかかな?」
「全然覚えられない」
「お、俺も」
「ガゼル。あなたは言わなくても分かっているわ」
「アレシア酷いな」
ワアワア言い合いながら、4人は自らを除く他の名前を覚えようと努めた。
もちろん、自身のものは覚えた上でだが。
「これからどうする?」
「町を目指しましょう」
「あれはサノネの町だ。俺もひとまずはそれでいいと思う。
ともかく今は、情報が欲しい。俺とヤスハの知識があるにしても、実際に見るのとではまた違うだろうから」
「よっしゃっ! そうと決まれば、早速出発しようぜ!」
仮の名前が決まったところで、4人は道へと戻り、目前にあるサノネへと歩みを進めていった。
この時点で、カイルは先程の違和感に対する思考を止めるどころか、その違和感すら忘れてしまっていた。




