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ゲートの向こうにある世界  作者: nit
第1世界・キルト
3/32

3.ライラス

1話を長くまとめました


 学校を出ると、サイロの町が見えてきた。この町はキルトの中で最も南に位置している。

 町の周りは高い木の柵で囲まれており、もちろん外に出ればモンスターも出現する。


「お母さん。早く早くー」

「こらこら、そんなに速く走ると転んで怪我するわよ」


 カイルの横を1組の親子が通る。彼は何とも平和な光景だと思った。


 町の外観を見ると、あまり発展しておらず、どちらかと言えば村ぐらいの大きさだ。煉瓦れんが造りの家も見られるが、ほとんどの家は木で作られている。

 町の中心には東から西へ小川が流れ、それに沿って整備された田畑が見られた。


 カイルは今、学校を出て町を北上し、ライラスと待ち合わせしている門へ向かっていた。門は村の中と外とをつなぐ唯一の出入り口で、その場所は村の一番北だ。

 学校から門までは、かわいた土の一本道が通っている。その道の途中には商店街があり、両脇に並んでいる様々な店からは、いい匂いが漂ってきていた。


「おっ、カイル。今日も買っていくかい?」


 彼が普段からお世話になっている店の店主が声をかけてきた。


「いや、今日はいいよ」

「そうか? ならまた頼むぜ」


 いつもの彼なら、それらの匂いの誘惑に負けて、ついつい色々買ってしまっていただろうが、今日に限っては夢の内容が気になっていて、そんなことは頭の中になかった。


 さっきの夢は何だったんだろう? みょうにリアルだった気がするけど。

 声をかけていたあの2人は。それにあの子供は……。


 カイルが住宅地を歩きながら先ほどの夢について考えていると、


「カイル、遅いぞ」


 前から弱々しく、油断すれば聞き逃してしまいそうな低い声がした。


 そこには、巨大な老人がいた。

 巨大な老人という表現はおかしなような気もするが、実際にそのようなのだ。

 顔はしわだらけで髪は白く、目は開いているのかいないのか、わからないくらい細い。なのに体は、身長が190センチ以上あり、隆起している筋肉は、とても老人のそれには見えない。


「ごめん。ライラス」


 カイルは素直に謝った。どうやら考え事をしている間に門まで辿たどり着いていたようだ。

 ライラスは腰から2本の剣を下げている。長い方がライラスので、短い方がカイルのだ。


「何かあったのか?」

「少し考え事をしていたんだ」

「そうか。ではさっそくだが、いつもの場所に行くとしよう」


 ライラスはカイルの様子を気にも留めていないかのように振る舞った。そうして、2人は歩き出した。


 門をくぐり、村の外に出ると、カイルたちの何倍もの高さがある木々が天に向かって伸びている。その木々の間から光が差し込んむ光が葉についている雫を照らし、大層美しい。

 森の中にはこけやきのこの住処すみかとなっている枯れたみきや、木々の間を蛇行だこうして流れる小川が見られた。

 また、野草の花も咲いていて、その優しい香りが2人の鼻をくすぐる。


 そういった場所を抜けて、彼らはいつもの場所へ向かう。

 いつもの場所というのは町の東にある鍛錬場だ。

 町の周りは森で囲まれているため、大型のモンスターは入って来づらいので安全になっている。


「よし、では始めるかの」


 鍛錬場といっても木を何本か伐採したことによって開けただけの場所で、切り株があること以外はただの森だ。


「さて、今日は剣術を教えてやる約束じゃったが、その前に6つの世界について、さらに詳しく勉強しておこうかの」

「えー。またー? この頃、勉強ばかりじゃん」


 カイルは勉強が苦手というわけではないが、それよりも体を動かす方が好きだ。


「何を言っとるか! これから自分が行く世界のことなのだから、よく知っておかんでどうする!」


 ライラスが声を張り上げた。顔を見ると、怒っているのがわかる。


「わかったよ。勉強しますよ。すればいいんでしょ」


 ライラスの言うことももっともなので、その気迫に負けて、カイルはしぶ々了解した。


「おほん。ではまず初めに、今日お前が学校でどこまで習ってきたかを話してくれんかの」


 ライラスはせき払いをする。

 カイルは言われた通りに、学校の授業で習った範囲を伝えた。


「じゃったら、その続きから始めるとしようかの」


 ライラスは切り株に腰かけ、話し始める。


「では、まず復習からじゃ。ゲート管理局の本部は第6世界・ワガルドにあるのは知っているな」

「ああ」

「まあ、ワガルドにアラセムへのゲートがあるから、当然と言えば当然じゃがな」


 まあ、それはそうだろうな。


 ゲート管理局はつい最近できた組織であり、具体的な活動内容や組織発端そしきほったんの経緯についてはおおやけになっていない。謎の多い組織である。


「この6つの世界は、それぞれ数字が1大きい世界と、1小さい世界へのゲートが存在しておる。

 例えば、第3世界のラスキーは、それぞれ第2世界・セラユ、第4世界・ミハイスへのゲートが存在するということじゃな」


 常識だな。


 カイルの言う通りで、これは6世界の常識である。子供でも知っていることだ。あくまでも、今のカイルが知り得るのは、第1世界に限ってだが。


「まあ、要するに、ゲートは第1世界には1つしかないのだが、第2から第6世界にはそれぞれ2つづつあるということじゃ」


 そうだよな。でも、第7世界、アラセムはどうなってるんだろう?


 そう思想が脳裏をよぎった瞬間。彼は、それは自ら確かめるしかないという考えに至り、自分でもバカなことを考えたと思った。


「だからもし、第1世界から第7世界へ行こうとするならば、第2から第6世界を順に通らなければいけないということになるな」


 ふむふむ。なるほど。


 第1世界から第6世界まではゲートで繋がっている。このことはライラスの経験則に基づいた事実なので、カイルは簡単に頭に入れた。

 ライラスは教科書に載ってない知識まで教えてくれている。カイルは先程の学校の授業とは違って、真剣に話を聞いていた。


 カイルは好奇心が旺盛な性格だ。何に対しても興味を持ち、積極的に知ろうとするタイプの人間だった。

 だが、それは本当の彼であって、本当の彼でない。

 そのことを本人が自覚することはあってはならない。もしそうなれば、また繰り返すことになる。


「ゲート管理局についてはまた今度話すとして、6つの世界のそれぞれ違った文化について話すとしようかの」

「そうそう。そういうの教えてよ」

「お前は本当に、文化についての話だけは好きじゃな」


 ライラスは呆れている。


「そりゃそうだよ。これから行く世界の具体的な内容なんだから」

「わかった。わかった。だからそんなに目を輝かせて、近づいてくるな」

「おっと」


 自分でも無意識のうちに、ライラスに迫っていたようだ。カイルはすぐに元の位置に戻った。


「全く。仕方がないのう」


 ライラスにそう言われて、彼は照れ笑いを浮かべた。


「では、続きじゃ。6つの世界にはそれぞれ王都があるのじゃが、世界の大きさは第1から第6世界までバラバラになっとる。それにともなって、王都の大きさもバラバラじゃ」


 キルトは何番目に大きいのかな?


 カイルのその疑問に対する答えはすぐにやってきた。


「まずは今いるここ、キルトについてから話すとしようか。

 第1世界・キルトは面積の多くを森林と草原が占めておって、町や村の数も少ない。そもそも世界の面積が全6世界中最も狭いのじゃ」


 1番小さいのか。他の世界はもっと広いんだな。と言っても、そのキルトでさえ、実際どれくらいの大きさなのか分からないけど。


 カイルはサイロの町を離れたことがない。だが、それでも彼は特別だった。

 18歳になるまでは町の外に出ることさえ許されない。だから、今ここにいることは本当はダメなのだ。

 しかし、カイルは15歳の頃から外に出ている。理由は大人たちによると、しっかりしているからだそうだ。そんな理由でおきてを破ることができるのは、町が本当に平和だからだろう。


「モンスターは比較的弱いから、この世界では強力な武器は生産されておらんようじゃな。基本的には剣が主流となっておる」


 そこは知ってる。他には確か、第2世界には「じゅう」っていう飛び道具的な武器があるんだよな。


「まあ、キルトについての基本知識はこんなところかの。さて次に、第2世界・セラユはーー」


 カイルはライラスの話を夢中になって聞きながら、切り株を机代わりして、ノートを取っている。

 それぞれの世界にはどんな文化があるのか、何が流行はやっているのか、どんな食べ物があるのかなど、重要なことからどうでもいいことまでいろんなことを教えてもらっていた。


 その後、約束通り剣術を習い、いつものように体術をおそわった後、体作りのトレーニングを行った。


「今日はここまで」

「ふぅー。終わったー」


 カイルは地べたに寝そべり、伸びをする。ライラスは切り株に腰かけたままだ。


「マジできつかったー」

「今日はいつもより持久力を鍛えるものが多かったからな」


 2人はそこからたわいもない話をした。

 学校がどうだとか、先生が怖いだとか、町の商店街がどうしたとか。

 基本的にはカイルが話題を振って話し、ライラスはそれを聞いているだけだ。

 少しの休憩の後、彼らは村の門まで戻った。


「カイル。今日はお前に伝えたいことがある」

「ん? 何だよ」


 カイルはなんとなく重い空気を察知した。


「わしはもう長くない」

「それは……」


 彼には薄々分かっていた。

 この頃のライラスは、いつものように覇気が感じられない。彼は少ししたら、こんな日が来るかもしれないと思っていた。

 けれど、それでも知らないふりをしていた。ライラスも多分、カイルの様子の異変に気がついていたんだと思われる。


「今までお前には様々な知識や技を教えてきたわけじゃが、わし自身、お前への気持ちを伝えてこなかった。

 じゃが、最後に少しだけわしの気持ちを言おうと思うての」


 カイルは終始黙って聞いていたが、心の中では聞きたくないという願望と、聞かなければならないという義務感が葛藤していた。


「お前なら必ずアラセムにたどり着けると信じている。いや、……」

「え? 何だって? 最後の方の声が小さくて聞こえなかったんだけど」

「ただの独り言じゃ。それよりも」


 ライラスは息を吸い、柔らかい笑顔を浮かべながら言った。


「頑張ってこい」


 思えば彼にとって、ライラスのこんなに優しい顔を見たのは初めてだった。


「……ああ、ありがとう」

「これを」


 ライラスはふところまさぐると、1冊の深紅の本をカイルに手渡した。表紙には何も書かれておらず、特にこれといった装飾もない。


「これは?」

「それは6つの世界について、わしが見てきた全てを書いた手書きの本じゃ。これをお前にたくそう」


 ライラスの目には小さな希望の光が輝いていた。その様子は、長年待ち焦がれた時が来たことを表しているかのように思われる。


「ああ。でも、まだ死ぬと決まったわけじゃないだろ。明日もまた門で待っててよ」


 カイルは素知らぬふりをした。それに気づいたと自覚してしまえば、ライラスが本当にどこかへ行ってしまうような気がしたからだ。


「そうじゃな。待っているぞ。約束じゃ」

「ああ。それじゃあ俺は帰るよ」


 そして、彼はライラスに背を向け、家路に着こうとした。

 いつもは預けている自分の剣と共に。


「そう、約束じゃ」

「え? 何か言った?」


 カイルは振り向きざまに聞いた。


「いや、何も言っとらんぞ」


 ライラスが答える。

 夕日の逆光で、彼はその表情は読み取ることはできなかったが、ライラスが笑っていたように感じた。


「そっか。空耳かな」


 カイルは歩き出す。

 ライラスは彼の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。



 カイルがライラスを見たのはそれが最後だった。



 彼には血の繋がった家族はいない。

 生まれた時のことはもちろん覚えていない。

 物心つく頃には、レイナの兄として彼女の両親に育てられていたが、2人が話しているのを偶然聞いてしまい、自分は本当の家族ではないということを知った。

 だからと言って、レイナや彼女の両親が家族であることに変わりはない。

 それに、3人ともその事実が発覚した後でも変わらず彼を家族として接してくれている。

 しかし、カイル自身は正直距離を感じてしまっていた。


 そんな時にライラスに出会った。

 ライラスは自身について語らない。

 話してくれたのは、6世界を旅し、たま々サイロの町に居ついたということだけだ。

 カイルは、そんなどこにも居場所がないところが自分とよく似ていると思っていた。


 家に着くと、もう夕飯時だった。

 彼は1人暮らしをしている。と言っても、料理などはレイナの母さんに作ってもらっているが。

 家の扉を開けると、何の変哲へんてつも無い玄関がカイルを迎い入れる。


「ただいま」


 彼はそうつぶやくが、もちろん返事は返ってこない。

 靴を脱ぎ、これまた普通の廊下を歩いて、部屋のドアを開ける。そこから見える何も無い部屋が彼自身の心を表しているようだ。

 カイルは自分の荷物を置き、再び部屋を見渡す。そこには、普段は無い片手剣があり、それが異物感をかもし出していて、何とも気味が悪い。


「カイルー、ご飯できてるよー」


 いつものように玄関前でレイナが叫んでいる。


「わかったー。今行くー」


 彼も声を張って答えた。

 隣のレイナの家に行き、リビングへ、向かう。カイルの家と違い、生活感溢れる部屋が彼という客人・・を歓迎しているかのように思える。

 そこでは、ちょうどレイナのお母さんがテーブルの上に料理を並べているところだった。


「あら、お帰りなさいカイル」


 彼女はいつも通りに笑顔で出迎えてくれる。だが、それがカイルにとっては痛かった。


「ただいま」


 彼は素っ気なく返した。

 3人がテーブルを囲む。カイルの隣にレイナ。2人の正面にレイナの母さんが座った。

 テーブルの上には、ありとあらゆる食材を使った料理が並んでいる。


「さて、それじゃあ、いただきましょうか」

「いままきまーす!」


 レイナが明るい声を上げる。


「いただきます」


 それに続き、カイルも静かに言った。



 夕食を済ませて、自宅に帰ろうとすると、レイナが一緒に明日の予習をしようと彼を誘ってきた。

 しかし、カイルはそもそもするつもりがなかったため適当に断った。


 家に帰ると、どっと疲れが溢れてくる。

 風呂を済ませて、身支度をすると強力な睡魔が彼を襲う。


「今日はもう寝るか」


 カイルはいつもより早く眠りについた。


 これが彼の日常である。


 大きな夢に心を膨らませる反面、彼の心には底無しの穴が空いているのだった。

次回「4.戦いの始まり」

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