29.ゲートの向こうへ
今回でキルト編終わりです
よろしくお願いします(>人<;)
その日の夜
ヤスハの家へと招かれた3人は、旅の疲れを癒していた。
「おーい。風呂上がったぞ」
「それじゃあ、次俺入るわ」
カイルの声にガゼルが反応し、リビングの端に置いた荷物の中から着替えを用意して、風呂の支度を始める。
「えぇぇっ!」
カイルがさっき露店で買って、冷蔵庫で冷やして置いた牛乳をがぶ飲みしていると、その耳にヤスハの幼く高い声が入ってきた。
「何だ?」
彼は声の方向に顔を向けようとした時、足で地響きを鳴らしながらヤスハが迫ってくる姿を確認した。
その時、視界にガゼルが部屋から出て行くのを捉える。
「アレシアさんに勝ったって本当!?」
「え?」
目を輝かせ、顔を近づけてくるヤスハの勢いに、カイルは異質な恐怖を覚えた。
そして彼は現状を、ヤスハはモンスター討伐前の試合について聞いたのだろうと解釈した。
「本当なの!?」
「そ、そうだけど」
「す、す、すごぉぉぉいっ! カイルってそんなに強いんだぁ」
アレシアの評判はこの町でも有名である。今日だけで10人以上は話しかけられていた。
だが、彼女はそれらの人に対しての接し方は「無愛想」の一言に尽きる。思い出すのは、王都にてカイルと初めて出会った時のような対応だ。すべからく、悪い噂が広まることになるだろう。
「話したのか、アレシア」
「ああ。私のことを聞いてきたから、話の派生でな」
「で、どんな試合だったの?」
カイルとアレシアは、その時のことを語る。試合の流れだけでなく、両者がどんなことを考えつつ剣を交えていたのかも。
「言っておくけど、このままじゃ終わらないわ。いずれ正式にもう1回勝負して、今度は勝つんだから」
「でも、次の世界から武器が変わるから剣での戦闘はできないだろ?」
「うん。そうだね」
カイルの理解が正しいということをヤスハが認める。これぐらいの知識は周知の事実であり、アレシアも知っているはずだ。
「そんなことは分かっている。またキルトに帰ってきた時にだ」
「なるほど」
「因みに次の世界、セラユの主流武器は、『銃』といって、火薬を使った遠距離射撃ができるものがあるらしいよ」
ヤスハは、自身が脳に蓄えた記憶の一端を提供する。彼女の言ったことの中に、カイルにとって新たな知識があった。
「名前と性能だけは知っていたけど、火薬を使うのか」
そこから3人は、王都であった事件と互いの故郷について語り合った。カイルはサイロ、アレシアは王都メニア、ヤスハはモイ。
彼はそれら全てに行ったことがあるが、それぞれ出身者の2人から聞く話は、既知でないことも多くあり、新鮮に感じた。
さらに王都での事件も話題に上がる。それを聞いていたヤスハの口は、終始開いたままの状態であった。
「お疲れー」
少し顔の赤くなったガゼルが部屋に戻ってくる。彼はラフな格好で、服の上からでも並々ならぬ努力をして手に入れたであろう、鍛えられた硬い筋肉が確認できた。
「何の話してたんだ?」
「お疲れ。皆の故郷についてだよ。ガゼルの話も聞かせてよ」
「いいぜ。俺の故郷は、レニカって小さな村なんだけどよ。ーー」
「それでさ。3人はどうしてセラユへ行くわけ?」
ヤスハは、今までずっと考えていたと思われる疑問をぶつける。
「俺はカイルについて行くだけだ。強い奴の側にいて、お互いにもっと強くなりたい。それで、いつか戦って勝つ」
これが21歳の行動原理である。アホ丸出しの回答に、ヤスハも引き気味であった。
「私は任務だ。王都の将軍、ジョイル様にカイルの護衛の任を仰せ使った」
王都でのことを先ほど聞き終えていたヤスハはこれに納得した。王都の兵士は命令に忠実だ。
「それでカイルは?」
「……俺は、アラセムへ行きたいんだ」
「……えっ!? アラセムってあの第6世界の次のにあるっていう幻の……」
「第7世界のことか」
ヤスハの言葉の続きをガゼルが補足する。
「うん」
「レイナの家で言っていたことは本気だったんだな。何かの冗談かと思っていたが。
……でも、なぜた?」
3人の中で唯一、前もって理由を知り得ていたアレシアが疑問を投げかける。あの時の彼女は王都へ早く帰って、真実を伝えることだけで頭がいっぱいになり、そのことについて深く考えていなかったのだ。
「……そうだな。……皆の応援に応えたいからかな」
「どういうこと?」
あまりにも抽象的かつ個人的な回答に、ヤスハの返しも妥当だといえる。これだけでは何のことか分からない。
それはアレシアも同様であった。
「俺にはさ、……血の繋がった家族がいないんだ」
「……え? でも、サイロでは……」
カイルはアレシアにも話していなかったため、彼女は今までレイナの両親を彼の親だと認識していた。呼び名も「母さん」、「父さん」であったこともその要因だ。
「2人はレイナの両親だよ。俺が赤ん坊の頃、俺を拾ってくれたんだ」
空気を読んで、そこから先へは誰も踏み込もうとはしない。だからと言ってはなんだが、彼は話を大分省略することにした。
「初めは何となく行きたいだけだったんだ。まあ、多分あれはただの『好奇心』ってやつだと思う」
昔を懐かしむような表情を浮かべるカイルを見て、他の者は黙っていた。要は、続きを待ったのだ。
「恥ずかしくて、皆には言えなかった。でも、いざ知られると、応援してくれたんだ。『頑張れよ』って……。
だからかな。今はその応援に応えたい気持ちが好奇心を上回ってると思う」
アレシアが1つわざと咳をする。
「では、私も任務上アラセムへいうことになるな」
「私も最後までついて行くよ。アラセムには前々から興味あったんだ。だって本に全く情報がないんだもん」
「俺は、はなっからそのつもりだ」
カイルの気持ちに心を打たれた3人は、彼と共に同行する決意を固めたようだ。
「いつか帰ってきて、他の世界のことを皆に話してあげたいんだ」
そう言って、彼はとても優しい笑顔を見せる。その顔に他3人も柔らかな笑みを返した。
「それで? いつ出発するの? 私全然準備できてないから、少なくとも半日ぐらい欲しいのだけど」
これはヤスハの言った言葉だ。
「できるだけ、早い方がいいんじゃないのか?」
「ガゼルの言う通りだ」
「どうして?」
アレシアが素直に問う。カイルの過去を聞いてから、彼女は彼に対する劣等感を抱かなくなっていた。
自らも辛い過去を背負っているため、同情しているのかもしれない。その内容は全く別物ではあるが、辛いことには変わりはないと考えているのか。
「ゲート管理局でしょ?」
「正解。流石だなヤスハ」
「うん。あいつらが現れてから色々良くない噂も聞くし。カイルとしては先を越されたくないってわけだね」
「ああ」
「そこまで考えてなかった」
ガゼルを除く3人の顔には、「そうだと思った」と書かれていた。
「なら明後日は? 明日は準備日にすればいいんじゃない?」
「それで行こうぜ」
「了解でーす」
「そうしようか」
アレシアの提案に反対する者など1人もいなかった。
2日後の朝
「よし。全員準備できたか?」
「おうよ」
「ええ」
「もちろーん」
「オーケイ。それじゃあ行こうか」
4人はゲートが存在する町の最西端を目指す。
ゲートが近づくにつれ、人が多くなってきた。人々は、敷居などないのだが、広々とした大通りを意識的に縦半分に区切り、左側通行で進んでいる。
つまり、道の中央でカイルたちの進行方向を見て、左側がゲートに向かう者たちで、右側がゲートから来た者たちだ。
要するに、前者が転移希望者、後者が転移終了者である。
「着いたわね」
「ああ。やっと第2世界だ」
「楽しみだぜ」
「うん。でも、大丈夫?」
時間は昨日の夜に遡る。
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ーー
「ゲートから転移する時、武器は転移できないのは知ってるよね?」
「もちろん。それが?」
「転移時に身につけていた装備は、消滅してしまうけれどいいの?」
「……そうなのか」
「私のは王都の装備だから消耗品だし大丈夫よ」
「俺のも結構ガタが来てたし別に構わねぇ」
「そう。カイルは?」
「そうだな。そのことは知らなかった。……これは恩師から貰った大事な剣だから。
……どうしようか……」
「うーん。……良かったら私の知り合いに預けておこうか?」
「いいのか?」
「もちろん。信頼できる人だから心配ないよ」
「なら頼む」
「うん。分かった」
この時の彼らは、武器が転移できないことに何の疑問も持っていなかった。いや、そのことを考えようとすらしていなかったのだろう。
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ーーーーーー
「恩師からもらったあの剣、本当に良かったの? あれがなくなってからカイル元気なさそうだけど」
カイルの身を最年長らしくヤスハが心配する。
「ああ、いいんだ。武器が転移できないことは前から知ってたし、セラユへ行く時には、手放さないといけないことは分かってた。
……ただ本当に、……色々な思い出が詰まってたから」
「そうなんだ」
それ以上の追求は、カイルを取り巻いている空気が拒んでいるように思えた。
岩石を掘ったり、削ったりして作られた祠が青白い光を放つ魔法陣を中心として、円形上にその周りに置かれている。カイルの目には、それが意図的に並べられているように見えた。
その隣には2人の男が同じ制服を着込んで立っていた。左胸には「1」と入ったバッチをつけている。
「あれが……」
「そう。ゲート管理局だよ。左胸のバッチはそれぞれの世界番号で、ここは第1世界キルトだから『1』なんだよ」
ヤスハによると、彼らは魔法陣から転移終了者たちが1回出てくる毎に、これから転移する希望者たちを1回、魔法陣から送っているのだという。つまり、代わりがわりでということだ。
「1度に転移できる人数は最大7人までらしいわ」
「へえー」
その時。
魔法陣の輝きが強くなったかと思うと、光が止んだそこには、男3人、女2人が立っていた。セラユからの転移者だろう。
次に、魔法陣の上に男2人、女4人が立つ。すると辺りは再び青白く照らされ、元に戻った時には、そこにいたはずの6人が消えていた。転移成功だ。
「うおぉぉぉ! すげぇぇぇ!」
「ええ。そうね」
興奮をめいいっぱいに表現するガゼル。いつもは感情をあまり表に出さないアレシアでさえ、誰の目から見てもドキドキしているのがわかるほどだ。
「あっ! そうだっ! 悪意を持つ者が転移できないっていうのは本当なのか?」
唐突に、カイルが思い出したように言った。
「うん。そうだよ。なんでかは分からないけど」
それに答えるのはヤスハ。
「じゃあもし、転移を試みたらどうなるんだ?」
「転移失敗。ただ転移ができないだけだよ」
「そうなのか」
「まあ、だからといって何か罪に問われるわけでもないけどね」
この会話によって、カイルの中にある記憶の壺の蓋が徐々にずれ始めた。
「次の組!」
管理局の人が催促する。
「カイル。俺たちの順番だぞ!」
「行きましょう」
「行こー」
「ああ」
4人は魔法陣の上に立つ。
光が溢れ、魔法陣を囲んでいた大勢の人も見えなくなり、視界は青で統一された。
「皆、ありがとう。俺行ってくるよ。
それとライラス。……見ていてくれ」
そう呟きながら、カイルは自身の瞼を下ろした。
これが、彼がキルトで発した最後の言葉だった。
第1世界・キルト編 完
さて、キルト編が完結しました
皆様ありがとうございます(>人<;)
今後に関しては、まずは感想などでいただいたアドバイスを元に編集を重ねたいと思います(^ ^)
全体の流れは変えないつもりですが、少しだけエピソードが増えるかもしれません
それでは、今後とも「ゲートの向こうにある世界」をよろしくお願いします(`_´)ゞ