26.本当の旅立ち
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幾多数多の屍を乗り越え、彼は進む。
たとえそのうちの1つが知人であろうと、家族であろうと。
自らの目的を遂げるため。
自らの役目を果たすため。
その体で、死神たちを養っているとも知らずに。
目を開けると、視界いっぱいに赤が広がる。実質的に朱色に近かった。
カイルは、それが空だと気づくのに数秒の時間を要した。
「あれ? えっと……」
体起こし、辺りを見回すと、記憶にないようであるような森が生い茂っている。
「ここは……」
次第に意識がはっきりしていく中、彼は自身の現在地を把握しようと試みる。
草木の色、木々の種類、風の匂い。
そこから、答えを導き出す。もちろん、答えが出たのは、彼にとって馴染みのある地だからだ。
「サイロの町の近くなのか? ……でも……」
あれ? 俺って確か北東のゲートにいたような……。
自分の感覚が出した答えと、記憶している場所が違うことをおかしく思いながらも、カイルは考えを巡らせ続ける。
「カイルっ!」
聞き慣れた声が彼の意識をさらに覚醒させる。まだ僅かに霞んでいる視界に、少女の影が映り込んだ。
「レイナ?」
彼は、慌てた様子で走ってくる幼馴染の名を小さく口ずさみ、そしてなぜだか、少し安心した。
「カイルっ!」
レイナは勢いそのまま、彼へとダイブしてきた。
彼女が宙に浮いている間、時間にしてゼロコンマ数秒の間に、カイルは地面を這いずるように移動して、彼女をかわす。そのことにより、レイナは彼が元いた場所の地面に激突する。
「痛っ! もう、何するのよっ!」
物の見事にヘッドスライディングをかました彼女は、額を抑え、目に涙を浮かべながら、カイルに食ってかかった。
「それはこっちのセリフだ。何なんだ一体」
カイルにしてみれば、起きたらいきなり突っ込んできたのだ。至極当然の反応といえるだろう。
「何って、心配したんだからね……ってカイル、記憶戻ったの!?」
レイナがそう思ったのは、カイルが彼女の名前を「レイナ」と呼び捨てにしているからである。
記憶を失っていた時のカイルは、彼女を「レイナさん」というように、さん付け呼んでいたのだ。
「は? 何のことだよ」
レイナに言われたからか、カイルは自身の記憶を辿る。
しかし、それはできなかった。否、その言い方には少し語弊がある。正確には、辿ることができない部分があったということだ。
「あれ? 俺って……」
「ちょっと待って、もしかしてあんた覚えてないの?」
記憶喪失だった相手に「覚えてないの?」とは、まさに荒唐無稽であるのだが、そう言いたい気持ちも分からなくもない。
「は? どういう意味だよ」
「わ、分かったわ。ともかく、一旦町に戻りましょう。皆心配してるから」
カイルはレイナに連れられ、町へと帰った。
帰り道では、レイナがカイルの手をずっと握り続けていた。それはカップルというより、おてんばな妹が兄を引っ張っているようであった。
サイロの町中央通り
「あれ……。あの女の人……」
このように、カイルが言葉を濁したのは、目線の先にアレシアを見つけたからである。
え? あの人なんでいるの?
別に苦手じゃないけど……。できれば関わり合いたくないんだよな……。
そんな彼の気持ちとは裏腹に、彼の両親は彼女の隣に立っている。したがって、言うまでもないが、レイナはそこへ向かっていく。
「あっ!」
「レイナっ! カイルっ!」
2人の親はカイルたちに気づき、名前を呼びながら駆け寄ってくる。その声によって、アレシアも彼らの方を見た。
「カイル、どこに行ってたの!?」
「心配したんだぞ」
母さんが彼の体を抱きしめる。カイルは恥ずかしくなって、何となく居心地の悪さを覚えた。
「えっと……。話が見えてこないんだけど。
何があったの?」
「……えっ!? カイル、あなたもしかして……」
「記憶が戻ったのか?」
カイルの言葉で、2人は彼の様子が昨日とは違うことを瞬時に感じ取った。さすがは親だといったところだ。
「うんっ! そうだよっ!」
父さんの問いに答えたのは、嬉しさが顔にくっきりと表れているレイナである。
しかし、カイルにしてみれば記憶は戻っていない。両者の間では、「失った記憶」の定義が明らかにずれていた。
レイナと両親側は、「自分たちのこと」で、カイル側は、「ゲートいた時から先のこと」である。
「本当なの!?」
「良かった」
母さんは良い意味で驚き、父さんは安堵の表情を浮かべる。
しかし、カイルはそのことを指摘はしなかった。何となくその場の雰囲気を感じ取り、ここで言わない方が良いと判断する。
「で、何があったの?」
カイルは急かすように問い詰める。彼は「一刻も」とまではいかないながらも、早く現状を知りたかったのだ。
「ええ。それはーー」
「それは私の方から説明しましょう」
母さんの言葉を遮り、アレシアが会話に入ってくる。それは気を回してのことだった。
「御2人は彼の無事を他の人に」
後に続くのは「知らせてきてください」という弁だったが、アレシアはそれを言わずとも伝わるだろうと判断した。
そして、その考えは両親にも理解できた。
「分かりました」
「ああ、まだ皆探してくれているだろうから」
「私も行く!」
そう言い残し、カイルとアレシア以外の3人は去っていく。つまりカイルは、苦手としている人物と2人きりである。
「え、えっと」
「さて、どこから話そうか。
話す前に聞いておきたいのだが、どこまで覚えている?」
決まりが悪い空気の中、アレシアは淡々と話す。彼女にとっても、あまり心地良い場だとは言えなかったが、それよりも気になることがあったためである。
「俺が北東の、あの本に出てくるゲートにいた時まで」
「そうか。王都の兵士として、そのことは聞かせてもらいたいが、今は記憶が混乱しているだろう。だから、私たちがそのゲートに着いてからのことを先に話してやろう」
そこからの彼女は一方的に、今までにあった出来事を話した。
「……そうですか。……でもその声って?」
「さあ、それは分からない。
私の話は以上だ。どうだ、整理できたか?」
アレシアからすれば、そんなつもりはないのだが、その口調は偉そうだった。だがカイルに、不快だという様子は見られない。
「ええ、まあ」
「なら、今度はそっちの話を」
「あ、はい」
彼女に促され、カイルもあのゲートで何があったのかを話した。聞いていたアレシアの表情は、終始驚愕に染まっていた。
「そんなことが……」
カイルはどう反応していいか分からず、無言を通した。
「……すまないが、私は明日の朝一で王都に帰らせてもらう。すぐにジョイル将軍にお伝えしなくては」
「そうですね。分かりました」
その後、レイナたちが合流し、5人は家に帰った。
「うわ、懐かし」
これは、久々に自分の家を見てのカイルの感想である。
「ちょっとカイル。今日は私たちの家で寝るのよ」
こちらはレイナの声。
「え? 何で?」
「何でも。いいから早く来て」
その日の夕食。誰もが気になっていたであろうことを父さんが口にする。
「それで? 次はいつ出るんだ?」
このことが「次はいつ町を出るのか」ということを指しているのは、ここにいる5人の内、4人には自明であった。
「んー……。明日かな」
考えるような素振りを見せながら、カイルは答えた。素振りだったのは、事実とは異なるからで、実際には既に決めていたためである。
一瞬にして空気が凍りつく。息苦しいその中で、彼は言葉を続けた。
「皆も聞いたと思うけど。俺、ちょっと厄介な事件に突っ込んじゃって」
父さんの顔が少しだけ恐ろしくなる。それをカイルは見逃さなかった。
「分かってる。心配のかけたのは、本当にごめんなさい。
でも、それについての説明をしに、王都へ行かないといけないし。
それに、そんな事件があった今でも、俺の気持ちは変わらないよ」
この時、彼の声、顔、表情には、あの日の夜とは違い、確かな覚悟の色が見られた。
当然だ。これは彼ではないのだから。そのことを知り得る者は、この世界に1人としていない。
「俺はやっぱり、アラセムへ行ってみたい」
しばしの間、部屋沈黙する。
その中でアレシアは、カイルの言っていることは何かの冗談だと思い、流していた。
彼女の頭の大半は、ジョイルへの報告の件で埋め尽くされている。よって、考える余裕がなかったと言った方が正しいだろう。
「そう言うと思ったよ」
呆れ顔の父さんがその表情とは違い、すっきりとした風に言う。
「それでいいんだ。自分で決めたのだから」
「ええ、そうね」
母さんもそれに同調する。2人とも何か吹っ切れてる感じだった。
「ここで少しでも気持ちが揺らいだのなら、もう行かせる気はなかったけど、どうやら大丈夫のようだし。
レイナもいいね」
「……うん。本当はちょっと期待したけど。やっぱりカイルだね」
凍りついた空気は、気が付くと自然に溶けていて、そこには、2年ぶりになる4人での暖かな空気があった。
アレシアが居づらかったのは否めないが。
次の日の早朝
カイルとアレシアは準備を済ませ、村の出口である門へ向かっていた。
「良かったのか?」
「え?」
「家族が心配しているのであろう。もう数日泊まっていなくて良かったのか? 私は1人だけで先に帰るつもりーー」
「いいんです。……これでいいんですよ」
彼の心中を察することは、家族以外に誰にもできなかっただろう。もちろんアレシアも例外ではない。
門が近づくにつれ、早朝であるというのに騒がしくなってくる。
「あっ! 来た来た! おーい!」
その声の主は、先生だった。
それだけではない。
「どうして……」
「どうしてってお前、この前は勝手に出て行かれたんだからな。挨拶ぐらいさせろよ」
「そうだぜ。というか昨日どこ行ってたんだよ」
学校の友達や、
「カイルくん、言ってくれれば良かったのに」
近所のおばさん。
「本当だぜ、全く。今度は見送りぐらいさせろよ」
製鉄所の親方、
「行ってらっしゃい」
「元気でな」
先輩たち。
皆が見送りに来てくれたのだ。このメンツは、昨日カイルを捜索してくれていたメンツでもあった。
アレシアは気を使い、1人門の外へ出ていく。
「迷惑だった?」
母さんがカイルを気遣う。しかし、それは杞憂とゆうものだ。
彼は首を横に振る。
「ううん。とても嬉しいよ」
「そう。それじゃあ、行っておいで」
「頑張ってこいよ」
「また帰って来てね」
母さん、父さん、レイナの順に、彼に最後の声をかける。
「皆ありがとう」
そして、感謝の言葉と、
「俺行ってくる。必ず帰ってくるから」
約束の言葉を残し、彼は旅立った。
カイルとアレシアの姿が見えなくなるまで、彼らは門を離れようとしなかった。
だが、その約束が守られることはなかった。いや、ある意味では守ったのだが、彼らが思い描いたものとは、絶望的に違う形で。
彼の歩みは止まらない。「止めない」のではなく、「止まらない」のだ。
彼がこの意味を理解するのはまだ先のこと。
自身に課した呪いは、着々と精神を蝕み、確実にその身を滅ぼしていく。
しかしそれでも、彼の歩みは止まらない。
次回「27.初めての仲間たち」




