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ゲートの向こうにある世界  作者: nit
第1世界・キルト
25/32

25.記憶の断片

1話を長くまとめました


 カイルが向かったのは、町の外。森を抜け、鍛錬場を通り過ぎ、さらに奥のひらけたところに出た。

 かつてライラスと時間を共にした場所も、今の彼にとっては、少しも見覚えのない場所である。

 闇夜の中で、月の光が反射する。


「ここは……」


 そこにあったのは、小さな湖。

 湖畔に立ち、遠くを見るだけで、カイルは心が洗われるような気がした。

 水面みなもに映るみずからの顔は、全く見慣れていないものであり、今にも吸い込まれそうな程暗く投影されている。


「僕は……一体誰なんだ……」


 そして、彼の能力ちからが発動する。



 アレシアの目は、少し離れた物陰からカイルの姿をとらえていた。


「何だ?」


 カイルの体の輪郭りんかくが揺らめく。

 それだけではない。

 からだ自体が透けていく。

 カイルと重なっていて、数秒前までは見えなかったはずの向こう側の景色がはっきりと目視できる。


「どうなって……」


 彼女が目の前で起きていることが現実であると認識した時、そこには既に、カイルの姿はなかった。

 こうして彼は、キルトから完全に消失したのだ。



 カイルもまた、自分の現状を理解できていなかった。


「あれ?」


 彼は真っ白な空間にいた。


「さっきまで……」


 先に「彼の能力ちから」と言ったが、実際の事実とは異なる。

 この能力ちからは借り物である。「カイル」という少年には何の力もない。ただの人間だ。

 確かに、才能にはめぐまれていたのかもしれない。もと々頭の回転が速く、体の作りが良かった彼は、勉学にはげめば高成績を残し、訓練すればおのずと強くなった。

 しかし、それはあくまで人間の延長線上でしかなく、人外のことができるようになったわけではない。彼の得た知識も技術も、彼が努力という対価を払って手に入れた報償に他ならないのだから。

 だが、彼のゆうするその能力ちからは、人間と呼ばれる生物のそれとは一線をかくする。

 カイルは人間と、それとは別のものとをつなぐ唯一無二の存在であり、そのため力を与えられたのだ。

 それは、世界を壊す因子と世界を救う因子を含んでおり、本来ほんらい人があつかって良いものではなく、また、あつかえるはずのないものであった。


「どこだ?」


 カイルが今いるのは、彼の精神世界。つまりは、心の中、記憶を保存する場所である。

 この能力ちからは、全体のほんの一部でしかない。

 予兆よちょうはあった。

 例えば、彼の母さんの話。カイルを拾ってから良いことばかりが起こったと言っていたが、それは偶然ではない。彼が能力ちからを無意識に使ったからである。

 しかしカイルは、自身がそれをおこなったという真実を認識することはない。もし、認識することがあれば、能力ちからの発動は、きわめて困難にならざるを得ない。

 というのは、「能力ちからの認識」が発動条件に大きく起因きいんしているからである。だが、今の彼はそれを知るためのすべを持たない。


「うわぁっ!」


 空間に色がつく。


「え?」


 そこは彼にとって見知らぬ部屋。赤を基調きちょうとした豪華な装飾に、高価な家具の数々。カイルのような一般人がおいそれと買えるレベルではない。お金持ちの部屋であることは自明である。


 何かを叩く音がする。そちらを向くと、大きな扉があった。


「失礼します」


 向こう側から声がしてその扉が開き、1人の男が入ってきた。


「若様。御友人がいらっしゃいました」


 執事服を着込んだ男がカイルに話しかける。白髪をワックスでしっかりと固め、服装もきちんとしていた。年齢はおそらく50〜60前後。


『え、えっと……あれ?』


 カイルの声は出ていなかった。彼は口をパクパクさせ、喉から声を出そうともがくが、結果は同じである。


「ありがとうございます。セルベスさん」

『え?』


 自身の口が独りでに動き、言葉をかなでる。しかし、カイル自身には、何の感覚も感じられない。


「よぉ、ーー。来てやったぞー」


 執事の後ろから、20歳前後に見える青年が現れる。短髪金色で、耳にはピアス。いかにもヤンチャしてそうだった。


「ああ。この前はありがとうラーノ。おかげでとても助かったよ」

『まただ』


 カイルは、部屋に立てかけてあった大きな鏡を正面から見る。そこには、青髪が長い中性的なルックスの青年の横顔が映っていた。そう、青髪・・く、横顔・・なのである。


『え? 僕、今確かに鏡に正対して……それに髪が……』


 カイルが見た自分の姿は、カイルではなかった。


『これは……誰?』


 執事の出ていった部屋で話す2人の声を他所よそに、カイルは現在の状況を飲み込めずにいた。


「ちょっとパソコン借りていいか?」

「もちろん」

『パソコン?』


 ラーノが机の上に置いてあるL字型で銀白色の板に近づく。「L」の「I」の部分は真っ黒で、「_」の部分は無数の四角いボタンがついている。


「それにしても、お前のやつの画面は傷一つないよな。俺のと交換してくれよ」


 ラーノは、「I」を指差して言った。どうやらその部分は「画面」というらしい。


「嫌だよ。傷つくのはお前が乱暴にあつかうからだろ」

「キーボードもこんなに綺麗だし」


 彼は今度、目線を「_」に合わせる。こちらは「キーボード」という名称のようだ。


「絶対嫌だぞ」

「分かってるよ。言ってみただけだって」


 ラーノは、いたずらに成功した悪ガキがするような笑顔を向ける。

 そして、彼がキーボードのボタンをカタカタと押し、操作していると、画面が明るくなった。2人は、その画面に映し出された文字やグラフをまじまじと見ている。


「さてさて、どうなってるかな。

 ……おっ! いい感じじゃんか。ドル安だ」

『ドル安?』

「だったらもう少し輸出しとくか?」

「ああ、その方がいいだろう」

「EUがユーロを共通通貨にしてからヨーロッパとの貿易がやりやすいったら」

『EU? ユーロ? ヨーロッパ?』

「イギリスが2063年に通貨をユーロしたのが大きいな」

『イギリス?』

「それに我が国アメリカも、もうじきカナダとの国境をなくすって話だし」

『アメリカ? カナダ?』

「アジアにも進出してみないか?」

『アジア?』

「ああ。そのうちな。

 俺たち貿易商にとっては、未来を思うと、胸が高鳴るよ」


 わけのわからない単語を並べられ、カイルは頭の中で処理しきれなくなった。


『一体、ここはどこなんだ? 彼らは誰だ?』


 答えを期待した問いではなかったが、カイルはそうつぶやかずにはいられなかった。そうすることで、心の均衡きんこうたもとうとしたのだ。

 だが、彼に追いちをかけるがごとく、事は次々に動き出す。



 次の瞬間。世界は暗転した。

 真っ暗で何も見えない。


『え? 何がーー』


 「起こったんだ」を言う前に、カイルは目線の先に見つけた。先程の青髪の青年を。

 視界が暗闇に閉ざされていることに変わりはないのだが、なぜだか彼の姿だけははっきりと視認できるのだ。

 青年を2人称視点で見ていることにより、カイルは、自分がその青年の体から外に出ているということを理解した。

 美しかった髪は色々な方向に跳ね、少しほこりかぶっている。

 青年の表情はない。表現がおかしいが、それでもえて何か言葉で表すならば、「絶望」というのがふさわしく思われる。

 彼がへたり込んでいる側には、「請求書」と書かれた紙が散乱し、彼はそれをただ呆然ぼうぜんながめている。


『どういう、うわぁっ!』


 唐突とうとつに世界は明転した。

 カイルは言葉を中断せざるを得ないほど驚いたが、それよりも「まぶしい」という気持ちがまさっていた。


「あなたはとってもいい子ね」

「優秀な子だ」

「偉いわね」

「素晴らしいよ」


 真っ白な空間の中で、カイルの周りには見知らぬ大人たちが笑顔を浮かべながら、彼に声をかけ続ける。それに含まれる感情は「賞賛」であった。

 しかし、それだけではない。カイルの心に裏の声も入ってくる。


ーーさっさと私の願いを叶えなさいよ。

ーーいや、俺が先だ。

ーーふざけないで! 私が一番よ!

ーーそっちこそ! 今度は僕の番だろ!


 彼には、笑顔であるはずの皆の顔が恐ろしく見え、さらにそれが人ではなく、まるで自己欲の塊を具現化したものに感じられた。

 彼ら彼女ら、いや、気味の悪い何かの多数の手がカイルの体へとせまる。


『くっ、来るなっ!』


 彼は目をギュッと閉じ、自身の手をあら々しく振り回す。誰か1人ぐらいの手に当たってもおかしくないはずなのだが、彼の手に感触はなかった。


『来るなっ! 来るなっ!』


 しばらく暴れていると、人の声が聞こえなくなった。

 彼は薄っすらと目を開ける。その理由はまぶしさを考慮したためだ。

 しかし、目の前の色は黒。つまり、また暗転したのだ。


「悪魔め」


 闇の中から、再び人の声がする。


『え?』


「気味が悪いわ」

「こらっ! こっちに近づくんじゃねぇよ!」

「いやぁぁぁ!」

「死ねよ、悪魔」


 それはとどまることを知らない。その声に含まれるのは、「軽蔑」、「非難」などで、言うまでもなく良いものではない。

 この時カイルは、どういうわけか、「なんだか覚えがあるかもしれない」という疑念と「いや、そんなことはない」という前者を否定する気持ちがあった。

 結論を言うと、これらは前後者ぜんこうしゃどちらとも正しい。当然、彼は知り得ないのだが。


「そうよ。死ねばいいんだわ」

『やめろ……』

「本当に死んだ方がいいよ」

『やめろ……。やめろ……」

「さっさと死んじゃえよ」

『やめろっ』

「ほら、早く」

『やめろぉぉぉぉぉ!』


 両の手でそれぞれ左右の耳をふさぎながら、他の声を打ち消そうと、彼はめいいっぱいさけんだ。


ーーねえ、兄さん。


 カイルの精神が崩壊しかける寸前、とても優しく暖かい声がその耳に入った。

 声の方を向くと、そこには1人の少女が立っている。はっきりとは視認できないが、髪の毛は短いようだ。

 初めて見る顔であるのに、彼はどこか懐かしく感じた。周りにいた大人たちは、いつの間にか消えている。

 そして、彼は思い出す。


(そうだ。僕には……僕には、妹がいた)


 彼は、その少女が自身の妹であると確信した。根拠はない。だが、精神が、心がそうだと言っている。


『何だい?』


 彼はその声に返事をした。できるだけ明るく。


(妹だけがいつも僕の味方で……)


ーー私のこと、大事?


『ああ、もちろん。世界の何よりも大事さ』


(妹だけが……僕を人として接してくれる)


ーーありがとう。ねぇ、だったら……。


(そういえば、なんて名前だっただろう)


 カイルは無言で後に続く言葉を待った。次の一言ひとことで、みずからの心が形容できないほどのショックを受けるとも知らずに。


ーー……死んでくれないかな。



 彼女の声がカイルの鼓膜を揺らし、彼がその言葉の意味を理解した数秒後、のどが張りけんばかりの大声を上げながら、カイルは目覚めた。

次回「26.本当の旅立ち」

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