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ゲートの向こうにある世界  作者: nit
第1世界・キルト
23/32

23.何回も

1話を長くまとめました


「将軍、ダメです! 統率が取れません!」

「静まれっ! 静まってくれぇぇ!」


 近衛兵たちが軍をまとめようとするものの、兵士たちは完全に我を失っている。

 少しは冷静そうに見える近衛兵たちではあるが、それは外面的なものに過ぎない。彼らも同じ人間だ。怖いものは怖い。


「ええいっ! 退くなっー!」


 ジョイル自身、ひるまなかったといえば嘘になる。だが、彼の心を支えていたのは、王都にいる国民たちを守るという義務感であった。


 彼の一族は、だい々兵士の家系だった。彼の父親も、祖父も、その前も。全員が全員近衛兵だということはなかったが、皆、王都のために命を懸けていたのだ。

 その歴史の存在は、ジョイルから「逃げる」という選択肢を消した。


退けば、民たちを巻き込むことになるのだぞっ!」


 しかし、彼の思いとは裏腹に、彼の乗る馬はあばれ、方向転換し、一目散いちもくさんに逃げ始める。


「こらっ! 大人しくしろっ!」


 馬の手綱たずなを操作し、再び方向を変えようとするが、もちろん馬は言うことを聞かない。

 これは、動物の方が人間より恐怖に対しての感覚が鋭いため、畏怖いふの対象に激しく反応してしまったのである。

 そして馬の聴覚は、人間とは比べ物にならないほど敏感なのだ。そんな中、兵士たちが騒ぎ立てたことにより、馬にとっては何倍も恐ろしく感じたことだろう。


「くそっ! もういい!」


 ジョイルは馬を捨てて、地面に降り立つ。息を吸い、勢いのまま怒鳴った。


「戦えっ! 戦うのだっー!」


 先程よりも大きな声が空気を振動させる。彼は、不安定な馬上から安定した地面に立ったことにより、腹の底から声を出すことができていた。

 その大声に、兵士たちも動きを止めたように見える。だが、本質的にはそれが原因ではなかったのだ。



「声が……聞こえる」


 誰かがそうささやいた。


ーー仕方ないな。


 それは、幼い少年のような声だった。


ーー今回は一体、何回目なんだろう?


「どこからだ? どこから聞こえる?」


ーーもう数が多すぎて、忘れちゃったよ。


 その声は悲しげだった。


ーー本当は、あまり気がすすまないんだけど。


「何だ、この声?」


ーーこうしないと、いつまでっても……終わらないから。


 そこで、その声は途絶えた。



 軍が謎の声に気を取られているうちに、すでに目と鼻の先まで、「悪魔」たちはせまってきている。


「あぁぁっ! やばいっ!」

「もうダメだっ!」


 その声に間髪入れず、突如として、突風が軍と「悪魔」たちをおそった。そのあまりの激しさは、おの々の目を強制的に閉じさせた。


 風が止み、目を開けた彼らの前には、先程まで襲来してきていた異形の者たちがおらず、それどころか、木々やそこにいたはずの生物などが一切消えていたのだ。

 大地から何もなくなり、まさにのっぺらぼう状態であった。


「……え?」

「な、何が起こったんだ?」


 言葉を失った彼らの耳に、再びあの声が聞こえる。


ーーはぁ。……本当につらいよ。

ーー今回こそ、全てが終わるといいなぁ。


 それっきり、声はしなくなった。


「だ、大丈夫か? 皆の者、しっかり生きているか?」


 ジョイルがバラバラになった軍全体に問いかける。

 それに応える者はいない。なぜなら、隊ごとに並ばないと生存確認ができないからだ。

 そして、そのことはジョイルも理解していた。


「よ、よし。まずは隊列を整えろ!」


 彼の指示に従った軍は、隊長たちの報告により、軽傷者はややいるものの、1人も犠牲者が出ていないことが分かった。

 その行動中は、皆、周りにいるもの同士で話し合っていた。


「気になるとは思うが、分からないことをどうこう考えても仕方がない。

 今は、目的地を目指すぞ!」


 何もなくなった広大な大地を進む。といっても、左右の遠くには森が見え、進行方向の先、つまり、遠方の目的地の方には、岩が転がっているのが目視できる。



 岩場が近づきていた。

 見えるのは、赤、赤、赤。

 ジョイルはそれが血であると気づくのに、少しの時間もかからなかった。


「なっ、何なんだこれは!?」


 その中心には、彼、そして、彼らにとっての恩人が横たわっていた。



 首のつながった状態で。



 その隣には、1本の片手剣がさやおさめられた状態で転がっていた。


 さっきの混乱によってはぐれたアレシアが彼に近寄ってきた。


「将軍。私にあの本を渡したのはこの男です。ですが、これは、この血は一体?」


 ジョイルが思考をめぐらせようとした時。


「将軍っーー!」


 1人の近衛兵が慌てて駆け寄ってくる。その者は、部屋であの本をともに読んだ内の1人だった。


「何だ?」

「向こうにゲートがっ! ゲートがありました!」

「本当かっ!?」


 ジョイルは救護班にカイルをまかせ、その近衛兵についていった。


「ここです」


 そこには、カイルが倒れていた場所と同じく、血痕が残されている。


「ゲートは……光っていない」

「そう……ですね」

「はい」


 3人はつぶやいた。

 目線の先にあるのは、自身が読んだあの本通りの光景だった。この世の絶望を凝縮したような、まわしいものである。

 彼らは、その光景を目の前にし、絶句していた。様々なことが脳内で交錯こうさくする。

 そして、少しの沈黙。


「さっきの奴らは、そういうことなのだろうな」

「あれがこのゲートから召喚された……」

「……異形の者たち」


 みずからの体験した恐怖におびえながらも、それが去ったことに対する安堵あんど。これが今の3人、いや、軍全体の気持ちだった。


「……帰還しよう。我々がどうこうできる問題ではない」

「そうですね」

「何隊か残しますか?」


 近衛兵の提案に、ジョイルは首を横に振った。


「いや、全員で帰ろう。皆、憔悴しょうすいしきっていることだしな。

 それに、また奴らが出てきたら、王都の兵全てでも対抗できないだろう。だから、残したとしても無駄死にするだけだ」

「分かりました。では、準備をさせてきます」


 その近衛兵は元の場所まで戻っていった。


「どう思う?」

「分かりません。ですが、あの聞こえてきた声は関係あるかと」

「そうだな」

「それに彼に聞けば、何か分かるかもしれません」

「そうだな」


 この時、ジョイルは、表面上は普段通りではあったが、内面はかなりホッとしていた。軍の命が亡くならなかったことに、誰よりも胸をで下ろしていたのだ。


 その後、軍は王都へと帰っていった。

 眠り続けるカイルを連れて。



ーーーーーーーーーー


「ただいま戻りました」


 ヘスが他の5人に帰還を報告した。


「おかえり〜」


「おかえりなさい」


「ご苦労だな」


「よくやったのう」


 ヘル以外の4人が出迎いの言葉をかける。


「何とかなった?」


「うん。なったよ〜」


「でも……」


「少し問題が出てきたのだ」


「だが、それも何とかなるじゃろう」



「そうですね」

「そうだね」


「多分ね〜」


「ええ」


「うむ」


「まあ、気長に待つとしようぞ」


 彼らは、いつも通り話し続ける。


ーーーーーーーーーー



 まぶしいっ!


 目を開けると、そこには見知らぬ天井。窓から熱い風と共に街の喧騒けんそうが入ってくる。

 彼はその騒ぎに何処と無く安心感を覚えた。だがしかし、今の彼にとってはそれよりも優先することがあった。


 どこだ? ここは?


 彼は体を起こし、四方を見渡して、自身が個室にいることを理解した。白塗りの壁に白塗りの床。さらに自分の足元を見る。彼は、どうやら真っ白なベットの上で寝ていたようだ。


 何がどうなってるんだ?


 みずからで頭の中の記憶を探っている時に、彼から見て左に位置するドアがノックされる。


「失礼するぞ」


 「ガチャリ」という金属音がした後、そこから大男、長身の女性の順に、人が姿を現した。


「おお、ちょうど良かった。目が覚めたのだな」


 始めに入ってきた大柄の男が満足げ、そしてホッとした様子で言った。


「はい、良かったです」


 続くのは、この場に1人しかいない女性。


「体には、特に怪我などなかったが大丈夫か?」

「え、ええ」


 男の渋く、そしてれしい声に、彼はたじろいだ。


「そうか。……まあ、その。

 ……病人には悪いんだが、……話を聞かせてくれないか?」


 彼には男の言う「話」が何のことか分からなかった。それどころかむしろ、分かることの方が少ない。


「え、えっと。……その前に質問いいですか?」


 男は無言で続きをうながす。


「あなたは……誰なんでしょうか?」


 この部屋にいる彼以外の2人は、その言葉が冗談だと思いたかった。



 彼はその後、2人から自身についてのことを色々語られた。大ぶりの男、ジョイルと背丈の長い女性、アレシアの2人である。


「そう、ですか。僕の名前は『カイル』、というのですか」

「何か思い出したか?」

「いいえ。何も」


 外の人たちの声がより一層、部屋の静けさをきわ立たせる。


「解決策としては、1度家族の元へ連れて行ってみてはどうでしょうか?」

「それはいいが、どうやって見つける?」


 アレシアの提案に対するジョイルの返答は当然のものである。


「例のモンスター討伐時、義勇兵をつのるための試合を行いましたが、その時の応募用紙に出身を書く項目があったはずです。それを見て、その地におもむき、手当たり次第に探せば何とかなると思います」

「なるほど。分かった」


 彼は、アレシアがそのまで考えてのことだとは思っていなかった。ジョイルは心の中で彼女の評価をあらためる。


「それで、誰が付き添うかですが……」

「何を言っている。お前しかいないだろう」

「え?」


 アレシアはジョイルの意図を把握することができなかった。


「モンスター討伐から続く一連の件に関して、この男は王都の恩人であり、重要参考人だ」

「はい。そうですが」

「となれば、我々、王都の兵士が面倒を見るのは必然。その中でもこの男に最も近しい人間は、おそらく俺とお前だろう」

「そうですね。多分」

「だが、王がいなくなった今、俺は王都を離れるわけにはいかん。王子の護衛もあるしな。よって、選択肢はお前しかなくなる」

「……分かりました」


 ここまで来て、彼女はなぜ自分に白羽しらはの矢が立ったのかを理解する。そして同時に、このぐらいのことに考えがおよばなかったことで、自分自身に苛立いらだちを覚えた。

 ジョイルはアレシアを評価したが、アレシアはみずからを酷評こくひょうしているのである。


「うむ。では、頼むぞ。お前だってこの件の真相を知りたいだろう?」

「もちろんです」

「であれば、この男に記憶を取り戻してもらうしかあるまい」

「おっしゃる通りです」

「さすれば、早速明日の朝にでも出発してくれ」

「了解しました」


 カイルは、その2人の会話を隣でただ聞き流しているだけであった。



翌日の朝


 カイルはアレシアと共に南門の前にいた。早朝、応募用紙に記入してあったカイルが泊まっている宿に寄り、荷物を受け取って、城下町の皆がまだ寝静まっている路地を通ってきたのだ。


「よし、行くとするか」


 この声は、言うまでもなくアレシアのものである。彼女の服装は、鎧でもなく、王都の兵士の正装でもない。全く普通の一般人用のものであった。


「はい」


 と、カイル。おの々の腰には、それぞれの剣が差してある。

 2人の間には気まずい空気が流れていた。しかし、それも仕方のないことだろう。

 アレシアにとっては、先日の試合で負かされた相手。さらには、王都の兵士でないのにもかかわらず、モンスター討伐での活躍、王失踪事件においては誰よりも早く動き、事件の真相を唯一ゆいいつ知り得るであろう人物だからだ。

 一方、今のカイルにとっては、見ず知らずの他人である。しかも聞けば、兵士であるという。恐れない方がおかしい。


 互いにみょうな距離感のまま、2人は王都から南へと進んでいった。



王都を出てから2日後の朝 ナクの村


「少しここで休憩していこう」

「はい」


 あい変わらずぎこちない雰囲気の2人は、王都とサイロの町の中間地点であるナクの村に着いた。

 ということは、無論彼もいる。


「いらっしゃい、旅のおかた。……ってカイルじゃねぇか!」


 トットはカイルの姿を一瞥いちべつして、嬉しそうに笑った。


「え、えっと。……僕を知っているんですか?」


 一方、カイルは困惑気味の表情を浮かべる。彼はトットのことも忘れているらしい。


「え? 何言ってーー」

「失礼します」


 収集がつかなさそうな男同士の会話に、アレシアが乱入してきた。


「あんたは?」

「私は王都の兵士、アレシアというものです」

「兵士? 女の兵士なんて珍しいな。

 で? その兵士さんがこんな小さな村に一体何のようだ?」


 トットの口調は少し強いものになっていた。しかし、彼にはアレシアに思うところはない。生まれて初めて会う兵士に、どう接していいか分からないだけだったのだ。

 アレシアはその様子を気にすることなく、会話を続ける。


「この男は我々王都にとって恩人なのですが、色々事情があり、記憶を失ってしまっているのです」

「なっ! 本当かっ!?」


 トットにとっては、まさにびっくり仰天の言葉であった。そして、その表情も同様である。


「はい、事実です。なので、この男の故郷であるサイロへ行けば、何か思い出すかもしれないと考えています」

「そう、だったのか」


 彼は目に見えて、その顔に影を落とした。


「どうやらあなたは、この男を知っているようですね。迷惑でなければ、その時のことを話してもらえませんか?」

「ああ、それくらいならいいけど……」


 トットはみずからの家へ2人をまねき、当時のことを話した。


「どうだ? 何か思い出したか?」

「い、いえ。特に何も……」


 トットの心の中には、友達の役に立てなかったことに対する無念さが渦巻いている。


「ただ」

「何だ?」

「この家、なぜか懐かしさを感じます」

「そうか、なら良かったよ」


 笑顔を向けてくる友に、彼は涙ぐんだ顔つきでこたえる。


「また、記憶戻して必ず会いに来いよ」

「はい。その時は必ず」


 2人の別れに、この前のようなグーサインはなかった。



ナクの村から2日後の昼


 カイルとアレシアはサイロの町に着いた。

 この時、彼の心は懐かしさと共に、どういうわけか、言い知れない恐ろしさを覚えていた。

次回「24.再会」

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