19.恐怖 そして衝撃
1話を長くまとめました
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眩しかった。
僅かに瞼を開けると、その隙間から光が入ってきた。
目をギュッと閉じ、1度目よりも大きく開けて、体を起こした。その時、私は意識がはっきりしておらず、ぼやけた視界で辺りをキョロキョロ見回した。
見上げると、太陽が真上に来ていたので、私は時刻が真昼頃だろうと思った。
次第に頭が冴えてきて、徐々に記憶が蘇ってきた。
私は唐突に立ち上がったが、腹部に激しい痛みを感じて体勢を崩し、地面に膝をついた。
「いっ! ……あの男、ヤクトは……」
痛みの原因を思い出し、私の思考はヤクトへ向けられた。
周囲には、彼の姿は見られなかった。
「と、取り敢えず村へ……」
私はお腹を右手で抑え、体を軽い「くの字」状態にしながら、一歩ずつ村へと向かった。
結論から言うと、村の様子は何も変わっていなかった。
そう、本当に何も変わっていなかったのだ。
見かけ上、変化のない村を見て、私は安心した。ヤクトがどこに消えたのかは分からなかったが、ともかく村は無事だと思ったからだ。
「よかった」
心の底から安堵の声が漏れた。
私はまず、自身の家へと足を運んだ。
村の中を抜けている時、私は妙な感じを覚えた。時刻は昼であるのに、人々の声が少しも聞こえなかった。
家の前に着いて、中の気配を探ったが、何も感じられなかった。嫌な汗が吹き出し、息が荒くなった。
私は焦燥感にかられて、ドアを突き破るぐらいに強く開き、倒れこむように中に入った。体に力を入れて、踏みとどまり、家族の姿を家中探した。
誰もいなかった。
私の顔は歪み、涙で濡れていたことだろう。その状態で家を飛び出し、村全土を走り回った。
「だ、誰かー! 誰かいないのかっ!?」
その声は虚しく響くだけで、返ってくる声はなかった。
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「ぜ、全滅したというのか……」
「ま、まだ分かりませんが、おそらくは」
「そのようです、ね」
「はい」
4人は「絶句」に近い状態だった。もし、彼らが本の著者と同じ状況に陥っていたら、そうなっていたことだろう。
「もう、終わりが近いです」
残り少なくなったページを確認したアレシアが言った。
それに応える者はなく、再び4人は読み始める。
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私は村を後にし、王都へ向かった。
ヤクトが言っていたことがこういうことなら、王都でも同様のことが起こっているかもしれないと思ったためである。
村と王都間は徒歩で4日の距離であったが、私は寝ずに走り、1日強でその距離を移動した。
道中の景色はいつもと変わらなかった。それがなぜか私に恐怖を与えた。
王都が近づいてくると、城下町の喧騒が聞こえた。そのことで、私は少し落ち着きを取り戻した。
門の前には平常通り門兵が立っていた。私にとって、人がいるということが安心に、こんなにも強く結び付いたことはなかった。
「あ、あの。……あれ、あの……」
よく考えたら、私は何から話していいのか分からなかった。
「ど、どうしたというのだ?」
気持ちだけが前に出ている様子で、息切れた声で話す私を見て、門兵は戸惑っているようだった。
「お、王。……メニア王が」
「メニア王がどうされたというのだ?」
「王」という単語を出したことにより、門兵の目つきが変わり、真剣なものとなった。
「メ、メニア王が……近衛兵のヤクト様に……」
兵士の前でヤクトを呼び捨てにすると、突っかかって来そうだったので、私は敢えて「様」をつけた。
「メニア王とヤクト様がなんだというのだ!」
痺れを切らした門兵が怒鳴った。
「メニア王が、ヤクト様に……殺され、まし、た……」
それを言った直後、視界は狭まり、私は倒れてしまった。
目が覚めた。
視界には真っ白な天井。壁には大きな窓があり、自身はベットに寝ていた。私はベットから這い出て靴を履き、地べたに立ってから、よろよろと部屋を出た。
廊下へ出て、すぐに兵士に出会った。どうやら部屋の前で私を見張っていたらしい。
「目が覚めたか?」
「え、えっと。……はい」
「動けるか?」
「はい。大丈夫です」
「なら、今から私とメニア城に来てもらおう」
「分かりました」
私はその兵士に連れられ、メニア城内へと入っていった。
城内では、兵士や召使いたちがせわしなく走り回っていた。それを横目に、私は広い会議室のような部屋に通された。
そこには、巨大なテーブルがあり、その周りに近衛兵が勢揃いしていた。やはりと言うべきか、ヤクトの姿はなかったが。
「私は近衛兵の1人。サベタだ。
すまないな。わざわざ来てもらって」
部屋の入り口から見て、1番奥に座っていた男が言った。
「い、いえ。事情が事情ですから」
私は病み上がりではあったが、そんなことを言っていられる状況ではないと理解していた。
「うむ。そうだな。
……それで、早速だが。……何があったのだ?」
サベタの問いは私の予測しうる通りのものだった。
「はい……」
私は、ハノイの村での出来事を話した。
私の証言に近衛兵たちはざわついていた。
「うむ。ハノイの村へは既に兵を送っている。すぐに確認が取れることだろう。
……そなたも疲れていよう。今日はありがとう」
「いえ」
私は城を立ち去り、王都で寝床にしている宿へ行って、その日は泥のように眠った。
10日ほど経ったある日、私は捕まった。
容疑は、メニア王とヤクトの殺害。そして、ハノイの村人の殺害。
もちろん、私は何度も無実を主張した。しかし、私の言い分には、不審かつ犯人らしい点が多すぎるとのことだった。具体的には次の3つが挙げられた。
1.王の死体が見つからない。さらに、ゲートの周囲には、血が見られなかった。
これは私の供述と異なっているという点。
2.異形の者などという現実離れした存在を信じている。
自分が犯したことを存在しない者のせいにしているという点。
3.生き残ったのが私だけ。
私が犯人だから1人だけ生き残ったのでは? という点。
これらの点によって、私は犯人だと疑われ、今まさに牢屋の中だ。
第4世界には「疑わしきは罰せず」という言葉があるらしいが、今の私の状態は、その逆である。
私の話は誰にも信用されず、このままだとおそらく死刑になることだろう。
だから、この本を残すことにした。本と言っても、今私が書いているのはただの紙だが。
最期の日に、唯一私を信じてくれた友に渡して、本にしてもらおうと思っている。
このページから後は、私が死ぬまでの日記を書くつもりだ。
最後に、もし読者が、私が直面しているような状況になった時は、この本を役立ててくれることを切に願う。
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「この後、筆者は死刑になったのでしょうか?」
「続きがないから、多分な」
アレシアの問いに、ジョイルが答えた。
「それにしても、本当にあったことなのだろうか?」
「さあ」
「どうでしょうね」
話しながら、4人は筆者の日記を読んでいた。
そして、最後のページ。
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6月17日
死刑の日付が早まって、いきなり明日になった。
家族も亡くなり、誰からも信用されず、思い残すことはもうない。
だが、最後にもう1度だけ、この本を読み返したかったと思っていたのに、それが叶わなくなってしまったことは残念だ。
まあ、いい。
あとは、この紙切れの束を明日の朝に、あいつに渡すだけだ。
そう、私のことを最後まで信じてくれた唯一の友
ヤクトに
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読み終わった瞬間、4人の間に形容しがたい恐怖と、とてつもない衝撃が走った。
「ど、……どういうことだ?」
ジョイルが他の3人も含め、彼らの全員が思っているであろうことを口に出した。
「どう、と仰いますと?」
2人の近衛兵の片方が応える。彼は、いや、彼だけでなくこの場にいる4人ともが状況を理解できないでいた。
そのため彼は、質問に質問で返すという愚行に走ってしまったのだ。
「そんなことは決まっているであろうっ! なぜ著者唯一の友の名前が『ヤクト』なのかということだっ!」
普段は冷静なジョイルも今は酷いパニック状態である。
「落ち着いてください将軍。先程のように、1つずつ考えて、整理していきましょう」
アレシアはあくまで泰然自若な意見を述べた。しかし、彼女も範疇外ではなく、3人同様、頭の中はこんがらがっている。
「わ、分かった。……すまない」
部下の沈着な様子を見て、ジョイルは落ち着きを取り戻しつつあった。
もちろん、アレシアのその様子は、表面上のものではあるが。
残りの2人も声は発しなかったが、表情は引き締まった。
それらを確認し、アレシアは本の内容を噛み砕き始める。
「まず、メニア王は亡くなり、その後に著者は意識を失った」
「はい」
「ええ」
近衛兵たちが理解の意を示す。
「そして、著者が目覚めると、ヤクトも村人たちも消えていた」
「ああ」
ジョイルが了解する。
「最後に、著者がその事件の犯人ではないかと疑われ、死刑宣告。未来のための本を書き、それを『ヤクト』という名の友に渡した」
「そこだっ!」
「ええ、そこです」
「どうなっているんだ!?」
アレシアを除く3人が口に出した言葉は、それぞれ違ったが、同類の意味を持つ主張であった。
「はい、まさにここです」
アレシアは、彼らの言いたいことが分かっていたし、彼女も同じことを思っていた。
「整理しましょう。
王を殺害したのが近衛兵である『ヤクト』。
著者を唯一、最後まで信じていた友である『ヤクト』。
そして、……現在、我々の仲間の近衛兵である『ヤクト』
ここまで来れば、偶然とは思えません」
「少なくとも、1、2番目の『ヤクト』は何か関係があるだろう。
殺人犯と自身の友の名前が一緒なら、2番目の『ヤクト』について、本に書こうと思い立った時に、せめて『このヤクトは王を殺害したヤクトとは別』ぐらいの注意書きがあるはずだ」
「私もそう思います」
「自分もそうであると」
アレシアが問題点を洗い出し、ジョイルがそれに対する自らの考えを言う。近衛兵2人は彼の持論に同調した。
「私も賛成です。そこで、私の考えですが……」
彼女の続きの言葉を3人は固唾を飲んで待っている。
「1、2番目の『ヤクト』は同一人物であると考えます」
「なぜそう考える?」
アレシアの少し無理のある解釈に対して、ジョイルは反論せず、理由を聞いた。
「筆者が言っていましたよね。自分はなぜ会話の内容をはっきり覚えているのかと。もしかしたら、操られているのかもしれないと」
「ああ、そうだな」
彼は、まるで彼女の意見の先を知っているかのように頷いた。
「これはひょっとすると、著者自身もヤクトが呼び出した異世界からの何者かによって、既にコントロールされている可能性があると気づいていたのではないでしょうか?」
「私もそのことは考えたが、お前もか」
「はい」
やはり、ジョイルは知っていた。
2人の会話を聞いているだけの近衛兵たちは置いてきぼり状態である。
「しかも、少しずつ操られていったのだと思われます。
著者が『操られているかもしれない』と書いたあの時点では、まだ意識は残っていたと考えられ、その後から徐々に意識を侵食され、最終的にはヤクトを友だと思い込まされた」
「なるほど。確かにそうかもしれない」
アレシアのまるでミステリーを解くかのような素晴らしい考えに、ジョイルは素直に感心している。
「では、これらのことは本当にあった出来事なのですか」
「いえ、まだそうとは言い切れません」
「ああ」
近衛兵の言ったことに対して、アレシアとジョイルは、首を縦には振らなかった。
「どういうことですか? だって……」
「忘れてはいけないのは、本が存在するということは、間違いなく1度、この本はヤクトの手に渡っているということです」
「そうだ。つまり、内容が書き換えられている可能性は否定できない」
まさに2人の言う通りである。1度自分の元に来た、自分にとって都合の悪い本を書き換えるのは当然の行動と言えるだろう。
「嘘かもしれないと」
「では、我々はこれからどうすれば良いのですか?」
「それはもちろん。ハノイの村があったキルト北東部へ行くしかあるまい」
「そうですね。では、兵たちに準備をーー」
「将軍っーー!」
ジョイルの提案により、今後の方針の決まった4人だったが、アレシアが言葉を終える前に、部屋の外からジョイルを呼ぶ声がした。
「なんだ?」
彼は扉に向かって言った。4人ともが手を止め、その扉を凝視している。ジョイルの声に対して、外にいる者が返す。
「報告します。今回の事件に関して、非常に重要な関係があると思われるものを持って参りました」
「わかった。入ってこい」
「はっ!」
すぐに扉が軋みながら開き、1人の兵士が入ってくる。
「それで? どんなものだ?」
「はい。こちらです」
ジョイルはその兵士から、折りたたまれた1枚の大きな紙を受け取った。それを空中で読むのは困難だと判断し、彼はその紙を机の上で開き、読み始める。
時間にしては5分にも満たなかっただろうが、彼の周りにいる他の者たちにとっては、それがとても長く感じられた。
「なっ! そんなっ! 馬鹿なっ!」
ジョイルはその紙に書いてある内容にかなりの驚きを感じ、言葉に詰まっている。
「い、今すぐ準備をしろ! 至急キルト北東へ向かう!」
ジョイルが急に大声を出し、様子が豹変したのを見て、その場にいる他の者は、事態を理解できながらも直ちに行動を開始しようとする。
だが、その中には1人の例外もいたのだった。
「我々の準備は、既にできております!」
兵士は敬礼しながら言った。
アレシアは体を傾けてジョイルの後ろから紙を覗く。
その瞳には、紙の初めに書かれた「計画書」の文字がはっきりと映し出されていた。
さあ、びっくりの展開になってきました(^ ^)
↑自分で言ってりゃ世話ねえよ
次話からは現在の時間軸に戻ります(`_´)ゞ
次回「20.正体」