17.王家の血と忘れられたゲート
1話を長くまとめました
今回から少しの間だけアレシア視点になります
本の内容は、著者の1人称視点です
アレシアは今、カイルから渡された本をジョイルの元へ運んでいる。
途中何度か兵士に会ったが、彼らは彼女など気にも止めず、慌てた様子で、依然、王とヤクト様を探しているようだった。
彼女は階段を登り、長い廊下を抜け、城内の会議室の前に着いた。
「失礼します。アレシアです」
扉をノックし、名乗る。
「アレシアか。何の用だ?」
扉の向こう側からは、ジョイルの返答が返ってきた。部屋の中では数名の話し声が聞こえる。
「はい。もしかすると、この事件に関連があるかもしれない物を持って参りました」
「そうか。わかった。入れ」
「はい。失礼します」
硬く重い扉を開けて中に入ると、ジョイルは頭を抱えていた。その表情は様子と同様に暗い。アレシアには、彼が疲れで憔悴しきっているのがわかった。
その隣には別の近衛兵が2人いて、こちらも同じような状態だ。
3人の気持ちとは関係ないはずなのだが、部屋の中は薄暗く、彼女は気味が悪く感じた。
「それで。関連があるものとは?」
「はい。可能性があると言うだけですが。これを」
アレシアはジョイルに本を手渡した。
「これは?」
「はい。先程、兵士の宿舎の辺りを見回っていたのですが、その時にある男から渡されまして。
これを直ちに、将軍の元へ持って行ってくれと頼まれました」
「頼まれた? 誰にだ?」
「ほら、あの、私と試合をした男です」
ジョイルは目線を少し上げ、思い出すような素振りをしてから、微笑むような顔で言う。
「ああ、あの男か。確か名前はカイルと言ったな。
あの男がいなければ、我々は今ここにはいなかっただろうな」
アレシアは、その話のことは聞いていた。
帰ってくるなり、兵士たちが命の恩人だって騒いでいたためである。
全く。王都の兵士がただの田舎出の一般人に助けられるなんて。
私がもしその場にいれば……。
彼女はいつも男の兵士たちを情けないと思っていたが、これほど強く思ったのは初めてだった。
しかし、アレシアは考えを改める。
いや、私も同じだっただろうな。あの男に負けたのだから。
ジョイルと2人の近衛兵たちは、彼女がそんなことを考えているなどとは知らず、本の表紙を見つめる。
「タイトルは『王家の血と忘れられたゲート』か。
ん? 忘れられたゲート? 何だそれは?」
ジョイルは不思議そうな表情を浮かべ、残りの3人に疑問をぶつけた。
「さあ? 私にはさっぱり」
「私も存じ上げません」
「自分もです」
そのことについて知らなかったのは、アレシアと残り2人も同様であった。
「作者名は載っていないようだな。して、あの男がこの本を?」
「はい」
「中は見てみたのか?」
「いいえ。ただ、これを私に渡す時の様子が尋常ではないほど焦っていました」
「なるほど、わかった。とりあえず読んでみるしかないようだな。
お前も共に読むか?」
「は、はい。できれば。気になるので」
「わかった。では、開くぞ」
ジョイルとアレシア、近衛兵2人の4人は、本のページへと視線を落とした。
今は机の上に本を開いて置き、それを彼らが取り囲むようにして読んでいるという状況である。
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王家の血と忘れられたゲート
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1ページにはタイトルが書いてあるだけだった。さらにページをめくると、多数の文字が書いてある。
「内容はここからのようだな」
ジョイルが自らと周りの者たちに、言い聞かせるように言った。
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私が見てきた全てを後の子孫の平和を願い、ここに記す。
……
……
……
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彼らは夢中になって読み進めている。1ページめくる度に、読み終えたかを確認するためのアイコンタクトをしながら。
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さて、本題はここからである。
まず、タイトルの後半にある「忘れられたゲート」について。
第1から第6までの世界はゲートによって繋がっているが、1つの大きな違いがある。
それは、第2から第6世界までは2つずつゲートが存在するのに、第1世界には1つだけしかないということだ。
これは周知の事実である。
だから、この世界が6つの世界の中で第1なのだ。
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「当たり前のことですね」
「ああ、そうだな」
「ですね」
「うむ」
4人の意見は一致している。それも当然である。
なぜならこのことは、少なくとも第1世界で生まれ育ってきた者なら、子供の時から常識として教えられている内容であったからだ。
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っと、思っているのであれば、この先を読み進めて欲しい。
もし、読者が読んでいる時代には別の常識があるのならば、この本は何の役にも立たないため、ここで本を閉じることを推奨する。
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「どういうことですか?」
近衛兵の1人が尋ねた。
「時代が変われば常識も変わる。
だから、筆者の時代の常識と読者の時代の常識がずれている可能性があるため、それを確認しているのでは?」
アレシアの解釈に対して、ジョイルが付け加える。
「そういうことだな。
そして、もし、それがずれていた場合は、この本を読んだとしても意味がないということだ」
「では、読み進めていいってことですよね?」
もう1人の近衛兵が言った。
「ああ、そうだな」
そうして、彼らはさらに読み進める。
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この文章を読んでいるということは、未だあの秘密は露わになっていないようだな。
これから話すことは事実である。
実は、第1世界・キルトには2つ目のゲートが存在する。
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「えっ?」
「何だと?」
「まさか」
「そんな話聞いたことありませんよ」
4人の中にはこのことを知っていた者はいないようだった。
「さ、先へ進みましょう」
アレシアは急かすように言った。彼女の表情には、好奇心が顔を覗かせていた。
「ああ、わかった」
ジョイルが普段と同じように答えるが、彼の顔にも同様のものが微かに見られた。
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私は子供の頃、キルトの北東に位置していた小さな村に住んでいた。
そこには、北西にあるものと変わらないゲートがあったが、どこへも転移することができなかった。
王都の研究者たちが色々調べていたようだが、結局成果は得られなかったようだ。
時は流れ。私は王都へ出稼ぎに出ていた。
そしてあの日、村は滅んだ。
全ては、王家の血とあの男のせいで。
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「この本の筆者は、随分と昔の人のようだな」
「はい。現在北東には村などありません。森林が広がっているだけです」
「昔は村があったんですね」
「知らなかったなー」
4人が口々に感想を言い合った。この時、本の内容について、彼らの心は半信半疑の状態であった。
しかし、その中には好奇心があることも否めない。
その感情が彼らに本を読み続けさせたのだ。
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村の名前はハノイ。
どこにでもある普通の村だった。
村人たちの生活はとても裕福とは言えないものではあったが、何より平和で、そこには愛が満ち満ちていた。
私の家族はその中でも特に貧乏だった。私は、両親に楽な生活をさせてあげたいと思い、王都へ出て、仕事をしていた。
そして、定期的に帰っては、お金や食べ物などを渡していた。
私が帰ると、村の皆が暖かく出迎えてくれて、王都での話を聞きたがり、周りには人が溢れた。
2ヶ月ぶりに村に帰った時、いつも通り、村人たちに王都での体験談などを話して、その後、夜になって眠ったのだが、寝付きが悪くて目が覚めてしまった。
軽く散歩でもしようかなと思い、私は夜の村をぶらぶらしていた。
すると、ある1軒の家の側に2つの人影を見つけた。
私は気になって、バレないように、木々の陰に体を溶け込ませ、気配を消しながら、その2人の後をつけた。
2人を追っていると、村のはずれにあるゲートの近くまで来た。辺りには、林の木々とゲートを祀っている祠しかない。
その時私は、2つの影の目的地がゲートであると予想し、先回りして祠の物陰で息を潜めた。
しばらくすると、2人がやって来た。木や岩があった先程までの道とは違い、開けた平地では、月の光を遮るものがなく、その光は2つの顔を直接照らした。
1人は、なんとメニア王であった。
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「はっ。デタラメだな。王は元来、おいそれと王都の外へは出ていかないのだ」
ジョイルはその本を馬鹿にするような言い方をする。この時点で、彼はそこに書かれていることが嘘であると確信した。
「そうですよね」
「ええ。将軍の言う通り、この本はデタラメだ」
近衛兵2人もその主張に続く。彼らの心の中はジョイルと同様の思考に至っていた。
「ちょっと待ってください。どうやら筆者も同じ考えを持っていたようですよ」
アレシアが彼らの会話を止める。彼女は3人が話し合っている間に、少しだけ次のページを読んでいた。
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王族らしい豪華な装飾が施されたローブを着て、王はそこに立っていた。
私は自分がおかしくなったのかと思い、手で何度も自らの目を擦ったが、相変わらず、そこに王はいた。
私でなくとも、誰もが同種の反応を見せただろう。その理由は、王は基本的に王都から出ないのが常識だからだ。
読者の時代では、どのようであるかは分らないが、少なくとも私の生きている時代では、このことは万人の知るところである。
そして、月の光がもう1つの顔を露わにする。
もう1人は、王直属近衛兵であるヤクトという名の男だった。
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「なっ、何だと!?」
「そんなっ! どういうことですか!?」
「あり得ない! あり得るはずがない!」
「ま、まさか……」
4人は次々に驚きの感情が籠った言葉を口にする。時間をかけて、徐々に体を起こし、お互いに目を見合わせた。
「と、とにかく、続きを読んでみましょう」
アレシアは3人の了承を得ないでページをめくった。その行為に対して、彼らは何も言わず、目線を再度、本へと向けた。
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ヤクトは王都の紋章が入った兵士用の普段着を身に付け、腰には剣を携帯していた。
その後に目の前で展開された光景を私は夢だと思った。いや、心がそのように思いたかったのだ。
しかし、そうではなかった。全ては現実に起こったことなのだ。
ヤクトは、王を殺した。
一瞬の出来事であった。
彼は自身の左腰に携えてある剣の柄を右手で握り、横一線に引き抜いた。
次の瞬間、元々はそこにあったはずの王の頭が宙を舞い、地面に転げ落ちた。
首と頭、両方の切り口から暗赤色の鮮血が勢い良く飛び散り、王の体は力無く地べたへと倒れた。
血がそこから波紋状に広がって、魔法陣の窪みへと注がれた。
そして、ゲートは起動した。
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「そっ、そんな……。そんなことがっ!」
「ある訳ない……。ある訳がないと私も言いたいが、それを証明するための証拠も皆無だっ!」
「落ち着けっ!」
ジョイルの大声が部屋の空気を変えた。実際には近衛兵2人の気持ちをだが。
「まずは、理解できることとできないことをはっきりさせるのだ」
「は、はい」
「わかりました」
2人は精神的に、多少の平静を取り戻したようだったが、その瞳孔は変わらず開いたままであった。
そんなやりとりの中、アレシアは冷静に分析を始める。
「理解できることは2つ。
1つは、私たちの時代と同様に、王がメニアから出ることは異常であるということ。
もう1つは、その王をヤクトという名前の近衛兵が殺したということ」
彼女の言葉を残りの3人は黙って聞いている。そのことをアレシアは、続きを催促しているのだと認識した。
「そして、理解できないのは、魔法陣の、これは恐らく、ゲートのことだと考えられますが、その窪みに血が注がれたことによって、ゲートが起動したということでしょうか」
その仕分けに対して、感心した様子を見せながら、ジョイルは言った。
「ああ、そうだな。理解できる点は、取り敢えずは置いておくしかあるまい。
現状ではどうしようもないからな」
「ええ、そうですね」
「はい」
「問題は理解できない点についてだ。
ゲートの魔法陣に窪みがあるなんて聞いたことがないぞ」
「自分もです」
「右に同じです」
「私も……」
少なくともここにいる4人は、そのことを知らないようだった。いや、大半の人々も同じである。
実際に発見されている6世界のゲートは、どれも輝く線で構成された魔法陣であり、そこには窪みなどないのだ。
しかし、最後に発したアレシアの声は、そこで終わらなかった。
彼女は続きが気になり、またしても先のページを読み進めていたのだ。
「……ですが、それも筆者が教えてくれるようですよ」
その発言が3人の耳に入り、4人は再び、自分たちの意識を本へと落とす。
その時彼らには、誰かが唾を飲んだ音がはっきりと聞こえた。
それは緊迫しているこの場の雰囲気を代弁しているように思われた。
次回「18.王家の闇」