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ゲートの向こうにある世界  作者: nit
第1世界・キルト
16/32

16.新たなる不幸の兆し

1話を長くまとめました


ここから「第1世界・キルト」後半です(^ ^)


「や、やった」

「ああ、やったんだ」

「やった。やったぞー!」


 しんと静まり返った空間からポツポツと声が上がる。


「「「うおぉぉぉぉぉー!」」」


 声の数は増えていき、それはやがて嵐のごとき激しい怒号に成り代わった。

 生き残った者は兵士、応募者関係なく、抱き合い、肩を組み、お互いの勇姿をたたえ合っている。


 たが一方では、何の言葉も発しない者たちも見られた。その表情には、喜びの感情がない。

 その様子を見て、先の者たちも興奮の熱が冷めていき、全員がそのようになった。

 死んでいった仲間達のことが頭をよぎっているのだろう。


 カイルも後者の部類だった。


 くそっ!


 みずからの利き手である右手でこぶしを握り、地面を殴りつける。そんなことをしてもただむなしいだけであるのに。


 生き残った者は400名ほど。つまりは半分が死んだ。

 死者のほとんどはフィラルゼが出てきた底無しの穴に落ちたか、それとも食われたか。

 遺体の一片すら残されていなかった。


「先ほどの策。見事だったぞ。お前がいなければ、我々全員死んでいたかもしれない」


 ジョイルは平然と言った。仲間が死んだというのに、悠然としているその姿を見れば、人によっては「死者に対するとむらい気持ちがないのか」と非難しただろう。

 しかし、カイルはそれに当てはまらなかった。ジョイルは軍のリーダーとして、強くあろうとしているのだと彼は理解していた。


 流石は近衛兵。冷静だな。


「どうもありがとうございます」


 彼はジョイルの方を見ないようにして、苦虫をみ潰したような顔で答えた。


「残念だが、遺体は見つけられないだろう。だから、持ち帰ることも難しいな」


 カイルは沈黙を通した。ジョイルは彼のその行為を見て、続きをうながしているのだととらえた。


「あの穴を墓にしようと思う。王都へ帰ったら王に進言し、整備してもらうつもりだ」

「そう……ですか」

「ともかく、近衛兵の1人として感謝する。

 ありがとう」

「ええ」


 カイルは目前もくぜんの穴を見つめながら、ジョイルの言葉を聞き流し、機械的に返答しているだけであった。


「ではな」


 一言そう言うと、ジョイルは兵士たちの方へ向かっていった。

 軍の兵たちは穴の前でただじっとしている者、泣き崩れる者、謝る者、様々であった。



「どうやら一旦、このまま王都へ帰還するそうだ」


 いつの間にそこにいたのだろうか。ガゼルが声をかけてくるが、この前より声が暗い。

 カイルは彼の表情をうかがおうとはしなかったが、おそらくはそのようであろう。


「そうか」

「あのさ………俺、戦いが好きだけどよ」

「ああ……」

「なんか……こういうのは2度とごめんだ」


 目の前の穴と同様、残った軍の者たち全員の心にも、暗く、そして、底無しの穴が大きく口を開けているように思われた。



「よし、では行くぞ。民が我らの帰還を待っている」


 次の朝、ジョイルが指示を出し、彼らは帰路に着いた。

 行きと比べるとかなり少なくなった人数を見つめながら、カイルは己の力の無さ、そして、人間の弱さを感じた。


 帰りは特に何事もなく、ただただ平穏だった。

 しかし、モンスターを倒す目的を達成して、命の脅威がなくなったというのに、皆の足取りは重かった。



 メニア城の影が薄っすら見えてきた。


「王都まであと半日ぐらいだ。皆の者、もう少し踏ん張れ」


 ジョイルが軍の精神的柱となり、兵たちの心を奮い立たせる。その言葉に衰弱しきっていた者も1歩ずつ歩みを進め続けた。


「何か来るぞっ!」


 誰かが声をあげ、時を同じくして王都側から馬に乗った1人の兵士が現れた。

 その兵士は風を切り裂き、長く赤みがかった髪をなびかせながら、こちらへ向かってくる。


「ジョイル将軍っー!」


 遠くからジョイルの名を呼ぶその兵士は……。


「アレシアではないか。 何だ? 俺ならここだぞ」

「あっ! ジョイル将軍っ!」


 彼女はジョイルの姿を見つけると、馬をたくみに操作し、彼の元へ近づいていく。


「無事だったのですね。ということは例のモンスターは」

「ああ、討伐には成功した。それよりどうしたのだ?」

「ああっ、そうでした。

 たたた、大変。大変なんですっ!」


 アレシアは大変慌てているようで、気持ちが前に出すぎて、言葉につまっていた。


 なんかキャラがこの前と違うような……。それだけ焦ってるってことか?


「落ち着けっ!」


 その様子を見て、ジョイルが一喝した。


「は、はいっ! 失礼しました」


 彼女は驚きによって体をビクつかせた後、少し落ち着きを取り戻したようだ。彼女らを除いた他の全員が2人の会話に聞き耳を立てている。


「それで、どうしたというのだ」


 アレシアは馬を降りて、しゃがみ込み、膝を立てて、王都兵士の形式的作法にならって言った。


「は、はい。報告します。

 メニア王と近衛兵のヤクト様が何者かにさらわれた恐れがあります」

「なっ、なんだとっ!」


 ジョイルでさえも冷静さを失って目を見開き、声を張り上げる。同時に、軍に動揺が走った。ざわめき出す者もいれば、驚きで黙っている者もいた。

 驚愕きょうがく発言の衝撃から立ち直ったジョイルが続きの内容を聞きだす。


「どういうことだ? 何があった?」

「それが……」


 アレシアの話によると、2日前の朝、専属の召使いがメニア王を起こすために寝室へ入ったが、そこには王の姿がなかったらしい。

 そこで、近衛兵であるヤクトへ報告しに行ったところ、ヤクトもいなかったという。

 城内はパニックになり、残っている兵士達で王都中探し回ったが、2人とも見つからず、どうしようもなくなったので、討伐に行っている近衛兵を呼び戻そうとしたということのようだ。


「そんなバカな。ヤクトまでもが……」


 軍は再び静まり返り、ジョイルの次の言葉を待っていた。そして、彼自身もそのことを理解していた。


「ここで考えていても仕方ない。取りえず、王都へ急ぐ。

 アレシア。お前は先に行って国民たちに討伐の報告を。民たちの関心をそちらに向け、王の失踪しっそうについてさとらせるな」

「了解しました」


 アレシアは再度馬に乗り、王都方面へと駆けていった。


「我々も行くぞ!」


 いきなりのことに心が乱れる中、軍は帰路きろを急いだ。



 王都へ帰ってくると、城下町が騒がしい。時間的には昼なので、騒がしくても何ら不思議ではないのだが、問題なのは民たちの会話の内容である。


「王様はどこに行かれたのだろう?」

「攫われたって聞いたけど」

「えっ! それ本当?」


 どうやらジョイルの策はむなしく失敗し、既に民たちには、王の失踪しっそうが知られてしまったようだ。

 数人の話し合いが続く中、そのすぐ側を討伐隊ではない兵士たちが慌ただしく駆けていく。


 その様子を横目で見ながら、軍は兵士も応募者も関係なく、城へ真っ直ぐ連れていかれた。

 長い廊下にあるのは奇妙な形をした彫刻や絵画、そして、シャンデリア。床には大理石が使われている。


 カイルたちは広々とした部屋に連れていかれた。

 高価な絨毯じゅうたんの上には、これまた同様に高価な室内家具が置かれ、分厚く重たいカーテンの隙間からステンドグラスの窓が見られた。


 城内では関係者たちが走り回っているため、けたたましい足音が鳴り響いている。

 さらに、怒声をあげているので、とてもうるさく、いらだたしい。


「王はどこへ行かれたのだっ!」

「探せっー! なんとしてでも探し出すのだっー!」


 そんな中、ジョイルは大臣だと思われる人と何か相談している。

 話し合いが終わったのか、少しすると、彼は応募者に向けて言った。


「すまんが。報酬の配布は少し待ってくれ。事務関係はヤクトに任せているのだが、いないとなれば、今すぐには我々ではどうすることもできない」


 それに対して、何人か苦情くじょうを言っている者もいたが、大半の人は事の重大さをわかっているようで、文句1つ言わなかった。


 それはそれでいいんだけど……。やっぱりおかしいよな。


 カイルの頭の中には1つの憶測おくそくが思い浮かんでいた。


 よくよく今考えたらおかしいぞ。タイミングが良すぎる。


 考え始めると、その憶測おくそくが現実に起こっているのではないかと思えてくる。


 近衛兵の最も重要な役目は何だ? 他を投げ出してでも、やらなければいけないことは?

 強いモンスターを倒す? 確かにそれもあるだろうけど。民の心配事を解決することも立派な役目だ。

 でも、それよりも第1に、王を守ることが重要じゃないのか?


 彼の中で様々な考えが浮かんでは消えていった。そして、さらに思考を続ける。


 よく考えたら、いくら強いモンスターだからといって、手練てだれの兵士たちを討伐に出して、王の周りの警護を手薄にするだろうか?

 ……いや、近衛兵がそんなことをするはずがない。


 そして、カイルは1つの答えに辿り着く。彼の頭の中に数個のパズルピースが現れた。


 あだとしたら、考えられるのは、誰かが意図的に……。確かめてみよう。


「あの」


 彼はジョイルを呼んだ。


「なんだ? またお前か」

「すいません。少し聞きたいことが。討伐隊、つまり軍を編成したのって誰ですか?」

「ん? それならヤクトだ。

 あいつは頭がキレるからな。そういう戦術系についてはやつに任せている」


 まさかな。


 ピースが繋がっていく。

 カイルは今考えていることを頭から振り払おうとするが、簡単には離れない。

 彼はこの事件の核心に迫っているような気がしていた。


「そうですか。ということはもしかして、今回の応募者募集についても、軍の遠征ついてもヤクトさんの提案ですか?」

「ああ。そうだが。そんなことを聞いてどうするんだ?」

「いえ、別に。ただ少し気になっただけですよ」


 ピースの繋がりが増え、塊が大きくなる。

 カイルは愛想笑いを浮かべ誤魔化し、防具を返却した後、城を出た。



その日の真夜中


 彼は今、兵士たちの宿舎へ侵入を試みていた。当然、許可などは取っていない。つまりは不法侵入である。


 確かめてみるしかない。


 カイルはかろやかにへいを乗り越え、宿舎の中へと入っていった。


 宿舎には誰もいなかった。


 兵士たちは夜通しで王を探しているから楽に侵入できるな。


 カイルは曲がり角などで誰かとはち合わせしないように注意しながら、真っ直ぐ目的地へ向かう。

 と言っても、彼の頭の中に宿舎の地図が入っているわけではないため、実際には少し迷っていた。


 着いた。


 カイルが向かった場所は、近衛兵の部屋が集まっているフロアだった。

 ドアの正面に取り付けられているネームプレートを順に見ていき、目的の人物の名前を探す。


 あった!


 そして、「ヤクト」と書いてあるドアの前で立ち止まった。


 この部屋に何か手がかりがあるかも。


 彼自身のかんがここに何かあると言っていた。

 ドアを開くと、壁との接続部がきしんで高い音がする。中の様子をのぞき見ながら、カイルはゆっくりと部屋へ入った。



 部屋の中には机、本棚、ベットぐらいしかなかった。

 机の上には何かの資料が積み上げられ、その側にペンが転がっている。


 近衛兵だからもっといい部屋なのかと思ったけど案外普通だな。


 カイルは部屋中を調べたが、他には特に目ぼしいものはなかった。


(考えすぎだったか)


 頭の中のパズルピースが薄くなっていく。

 彼が最後にもう1度、机の引き出しを調べていると、


(ん?)


 カイルは引き出しの底が二重底になっているのに気がついた。

 彼はそれを取り外し、中をのぞくと、そこには古びた1冊の本が置かれていた。風化具合から、本棚のものとは書かれた明らかに年代違う。

 本のタイトルには「王家の血と忘れられたゲート」と書いてある。

 カイルはそれを開いた。文字のインクがところ々変色していて読みづらいことこの上ないが、かろうじて読むことができた。

 彼はページをパラパラとめくり、その文書に目を通す。


「こっ、これはっ!」


 カイルは本の内容に驚嘆し、同時に胸の中に恐怖心と好奇心が芽生えた。


「そうか、そういうことだったのか。だからこの第1世界には……」


 さらにページをめくっていくと、ページの間に1枚の紙が挟まれていた。


「ん? これは?」


 紙の1番上には「計画書」の文字があり、内容は……。



 その記文を読んでいくにつれ、パズルピースが次々と繋がり、そしてそれは1つに完成された。

 カイルは今までの自分の考えに確信が持てた。それと同時にその確信は、彼にあせりを与えた。


 王が危ない!


 カイルは本を片手に部屋を飛び出し、走って宿舎の外へ出た。辺りを見回したが誰もいない。


 くそっ! 誰かっ!


 宿舎の入り口へ向かうと、向こう側から兵士が1人やってきた。


「おいっ!」

「きゃっ!」


 それはアレシアだった。

 月の光に照らされた髪がこの世のものとは思えないほど幻想的で美しかったが、そのようなところは、今のカイルの目には入っていなかった。

 彼は急いで用件を伝える。


「よく聞けよ」

「えっ? あなたは試合の時の」

「いいから聞けってっ! 時間がないんだっ!」


 カイルは焦燥しょうそうに駆られていて、喧嘩けんか口調になってしまっていた。ほぼ初対面の女性に対しては、あまりよろしくない態度である。


「っ!」


 アレシアは彼の様子を見て黙った。それは驚いたのもあるだろうが、何よりカイルの表情が真剣だったからだ。


「いいか。今すぐこの本をジョイル将軍のところに持って行ってくれ」

「えっ? で、でも」

「いいからっ!」

「わ、わかったわ」

「あっ! それと兵士の馬、一匹借りてくぞ」

「えっ?」


 カイルはアレシアの返事を待たずに馬宿へと走った。


 ともかく今すぐに俺だけでも向かおう。



 ライラスに教えてもらったことはあるけど……。頼むから言うこと聞いてくれよ。


 彼は馬宿で馬を拝借すると、心の中で上手くいくことを願いながらそれに乗り、王都の東門から夜の闇の中へと消えていった。


 カイルの体には当然疲れが残っているが、先程の本の内容による衝撃と恐怖がそれを忘れさせていた。

 しかし、それは一時的なものだということを彼は理解していなかった。

次回「17.王家の血と忘れられたゲート」

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