12.カイルの実力
1話を長くまとめました
次の日の広場は、昨日と同じように人だかりができていた。ジョイルという近衛兵が言っていた通り、城側には掲示板が設置されている。
カイルは人混みの間を抜けて、なんとか掲示板の文字が見えるところまで移動した。
「ジョイル将軍が言ってた通りだな」
「ああ」
彼は人混みの中のこのような会話から掲示板に書かれているものを推測できた。そして、実際に掲示板を覗く。
そこにはこう記載されていた。
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例のモンスター討伐のための試験試合について
一つ、応募する者は、この掲示板の隣に設置されているテーブルで応募用紙を記入し、それを箱に入れよ
一つ、箱に用紙を入れた次の日に、兵士と応募者の1対1の試合を行う
一つ、試合開始時刻は当日の朝7時にこの掲示板に記載される(第1試合開始時刻は10時から)
場所:
王都東門前の平原に敷設された円形闘技場
基本的なルール:
応募者は基本的にどんな武器でも使用可能である(毒を用いるものは不可)
兵士は王宮から支給されているそれぞれ個人の武器を使用するものとする
どちらかが戦闘不能になるか、制限時間が過ぎるまで戦う(制限時間は30分)
また、この試合は観戦することができる
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なるほど。まあ、ありきたりな普通のルールだな。
「おい! 観戦できるんだってっ!」
「てことは、何日かは様子を見られるってことだな」
応募するつもりだと思われる人の大半がこういう反応だ。仲間同士で意見を共有し、合格を目指している。
「観戦できるのかー」
「へぇー。おいら少し見に行ってみようかな」
一般人はこんな様子だ。野次馬感覚で、試合観戦モードである。
カイルも正直に言うと、誰かが試合を行うのを見て様子を探りたい側の人間だった。しかし、このような条件だと皆が同じように考えるだろう。
彼がさあ、どうしようかと悩んでいると、1人の男が応募用紙に手を伸ばす。大柄で、筋骨隆々なのが服越しにも分かるいかにもな男だ。
その男は用紙をさっさと記入し、箱に入れ、去っていった。
すげー。そんなに自信があるのか。
その他にも何人か応募する者がいたが、カイルはしなかった。
その日、彼は自身の剣の手入れして過ごした。
翌日、カイルは王都東の平原へと向かった。平原には確かに、簡易的な円形闘技場のようなものができている。
その姿は、円形に建てられた巨大な砦に思われる。試合を観戦に来た人々は、ドーナツ型のそれに、面白いように飲み込まれていった。
予定通り、朝10時から試合が行われた。
闘技場の中心には審判と思われる兵士が1人と、試合に参加する兵士が1人。それと、観客席の一部分に特別席があり、そこには近衛兵と思われる兵士も見られる。思われるというのは防具が特別製だったからだ。
初日ということもあってか、観客席はかなり埋まっている。
そして今、闘技場の端から昨日の大男が入場してきているところだ。
カイルがやっとのことで空席を見つけ、そこに座るとすぐに試合は始まった。
男の使用している武器はハンマーだった。
相手の兵士が盾で防御しているのも御構い無しに、その上から乱暴に叩きつけている。その兵士はガードしているものの、男の一撃一撃に後ずさることを余儀なくされた。
「うぉぉぉ! 行けー!」
「いいぞー! もっとやれー!」
会場の空気も熱い。確かにダイナミックな試合だ。
しばらく乱打が続くと、不意に兵士の体が揺らいだ。
体の左から振り下ろされたハンマーに盾が弾かれて、そのがら空きの体に、男が振り子の原理で戻した攻撃をまともにくらい、兵士は数メートル吹っ飛んだ。
彼はそのまま動かなくなる。どうやら気絶してしまったようだ。
そこに審判が駆け寄り、兵士の意識の有無を確認している。
「試合終了っ!」
審判の声が闘技場に響く。
それに呼応するように、観客から試合に対して惜しみない拍手が送られ、大きな歓声が闘技場にこだました。
「すごかったな」
「ああ、あの乱打は止められねえぜ」
この試合は応募者である男の勝利で幕を閉じた。その後も何人か試合を行い、数名合格していった。
今日の最終試合は午後5時過ぎに終わった。
どうやら思っていた通りの普通の決闘だな。よし、今日この後応募しよう。
そしてカイルは、まだ試合直後で熱気に包まれている闘技場を観客たちに揉みくちゃにされながら後にし、王都の広場へ向かった。
広場で応募用紙を手に取り、置いてあるペンで必要事項を記入していく。その中で彼は気になる点を見つけた。
近接か遠隔か?
応募用紙には近接戦闘と遠隔戦闘のどちらを望むのか、という欄があった。さらに、紙の下の方には注意書きで、「遠隔戦闘の場合には試合は行わない」とまで書かれていた。
カイルは疑問を持ったが、自身はもちろん近接戦闘であるので、あまり気にしなかった。
翌日、彼は闘技場の入り口で項垂れ、試合日を今日に決めたことを後悔していた。
「待ってたぜー!」
「早く始めろー!」
観客の熱気は昨日と比べものにならない。それも当然だと言える。なぜなら、
「まじかよ……」
試合相手はなんとあの性悪女だったからだ。
時刻は試合当日の朝に遡る。
カイルはその日、すっきりと目覚めることができた。
昨日早めに休んだこともあってか、体もいつもより軽く感じていた。
よし、準備万端。
だったのだが……。
広場の掲示板で時刻を確認すると、カイルの試合は午後からだった。
少しゆくっりできるな。
適当に時間を潰し、昼過ぎになってからカイルは王都東の平原へと向かった。彼は何度も露店の料理に誘惑されたが、試合前に食べすぎると良くないと思い、我慢した。
平原に着くと、すでに別の応募者の試合が始まっている。
カイルは応募者控え室であるテントで、剣の最終の手入れをすることにした。剣身の水分を布で拭き取り、自前のミニ砥石で刃を研ぐ。
よし、準備完了。
少し待つと、テントの入り口から試合準備担当の兵士が顔を覗かせ、声をかけてきた。
「32番のカイルさん。準備できましたか?」
「はい、大丈夫です」
「それでは出てきてください。試合を始めます」
その兵士に連れられて、彼は闘技場の入り口前に立った。それはアーチを描き、トンネルのようになっている。
「それでは頑張ってください」
「どうも」
そう返すと、カイルはその応募者用の入り口から闘技場へと入っていった。
トンネルを抜ける途中で、今向かっている闘技場の中がやけに騒がしく感じた。
入り口を抜けると、太陽の光が眩しく、彼は目を瞑ってしまった。
薄っすら目を開けると、観戦席には昨日の倍近い人数がいる。座れなくて立っている人までいるくらいだ。
「待ってたぜー!」
「早く始めろー!」
なんで今日はこんなに多いんだ?
その理由はすぐに判明した。まだはっきりとしない視界で闘技場の中心を見ると、
「まじかよ……」
審判の隣にはあの女がいた。もちろんの鎧を着込んで。つまり、兵士として。対戦相手としてだ。誰の相手かは言うまでもない。
「うぉー! アレシアだ!」
「綺麗すぎだぜ! こっち向いてくれっー!」
「俺のことを思いっきり罵倒してくれー!」
会場が完全にカイルのアウェイムードになっている。彼は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。そして、彼は思う。
やばい、これはめんどくさい。これはあれだろ?
勝ったら「女相手に本気になってんじゃねぇ」って野次られて、負けたら「女に負けるなんて弱すぎだろ」とか言われるんだろ?
うわぁー、本当にめんどくさいなー。
カイルは渋い顔をしながら、重い足を引きずるかのように、ゆっくりと中央まで歩いていった。
足が重い。気持ちも重い。全てが重い。
はぁ……。よりによって何で俺の相手なんだよ。
その女、アレシアの方は、彼を鋭く睨み続けている。その眼光は、対戦者の実力を見定めているかのようにも思われた。
やっぱりこの前のこと覚えてるのか? いや、……。
カイルのことを見ても様子に変化が見られないので、どうやら覚えていないらしい。それとも、覚えていても気にしていないだけなのだろうか。
彼女の腰には1本の剣が携えてある。紅色の鞘に入ったそれは、彼女に馴染んでいるように見える。つまりは、相当使い慣れているということだ。
片手剣か。でも、俺のより少し細いな。
「早速ですが試合を始めたいと思います。制限時間は30分。
反則行為は即試合終了で、行為を行った方の負けとなります。
では、準備はよろしいですか?」
審判が試合開始前に両者の確認をとる。
「はい」
とカイルが返し、
「ああ」
とアレシアは素っ気なく答えた。
その固く引き締まった表情からは、自分が負けるなんて微塵もありえない、という自信と、それとはまた別の、何か覚悟のようなものが感じられた。
「それでは両者、指定の場所へ」
彼と彼女は、それぞれ中央から少し距離をとり、互いに剣を抜いた。
お互いにその切っ先を相手に向ける。先程まで大騒ぎしていた観客たちも固唾を飲んで2人を見守っていた。
「それでは試合始め!」
審判の試合開始の合図の声が闘技場に響いた瞬間。
「はぁぁぁぁぁあ!」
アレシアは声を上げながら、すぐさま突きを繰り出してきた。体全身をバネのように使い、素早く突き出された剣は恐ろしいほどの殺気をまとっていた。
「おっと」
カイルはそれを寸前でかわす。
「何っ!」
振り返った彼女の顔が驚愕に染まる。その様子から伺うに、どうやら今の一撃で勝負を決めるつもりだったようだ。さらに、彼女の顔には苛立ちが見られた。
しかし、アレシアは動揺をすぐに払い、両手で柄を握って、斬りかかってくる。
「やぁぁぁぁあ!」
白銀に輝くその剣は美しい弧を描きながらカイルを襲う。
左から右への横払い、左足を前にしての体重移動による右下からの切り上げ。上下左右、あらゆる角度から斬撃や蹴りを放っている。
空気を剣が切り裂き、蹴りが押し潰す。
それが彼へと迫るが、カイルは寸前のところでかわしたり、剣は剣で、蹴りは足で防御したりした。
まあ、女だからこんなもんか。
しばらくすると、当然のことながら、アレシアの息がみるみる上がっていった。顔には苛立ちを通り越し、怒りが見られた。
そして、ついに斬撃は止まる。
「はぁ、はぁ」
彼女は地面に片膝をつき、完全に肩で息をしている。
女だからこんなもん? 冗談じゃない。この人めちゃめちゃ強いぞ。
油断してたらやられててもおかしくなかった。それとも俺が弱いのか?
思えば、ライラスとしか戦ったことないから自分の実力なんて分かんねえぞ。
「はぁ、はぁ。お前」
カイルがそんなことを考えていると、アレシアが声をかけてきた。
「ん?」
「お前……。なぜ、そんなに強い?」
えっ? 俺?
ライラス以外とまともに戦ったことはないからそんなこと言われても……。というか、あんたも十分強いと思うけど。
「私の実力は近衛兵にも引けを取らないのだぞっ!」
彼女は息の切れた声で叫ぶ。
カイルにはアレシアが自分の強さを鼓舞しているように見えた。
「えっと……」
「はぁ、はぁ。……いや、済まない。今は試合中だ。お喋りをする時間ではなかったな」
良かったー。さっぱりした人で。
「私の負けだ」
突然アレシアは負けを認めた。彼女はカイルと繋がっていた目線を切り、それは地面へと向けられる。
「え?」
なんだと!?
カイルは面食らってしまった。それは彼だけでなく、この場にいる皆も同じだった。
観客たちは納得がいかないらしい。
「えー。なんで今やめるの?」
「なんでって、今までどこ見てたんだよ。アレシアの攻撃をあの男は全部防いでたんだぜ」
「そりゃそうだけどよ。見方を変えれば、反撃できなかったってことだろ? だからまだやれると思うけど……」
闘技場が少しの間、静寂に包まれた。
どうやら観客たちだけでなく、この闘技場にいる全員がアレシアの言葉を待っているようだ。
「私には、この男を倒す術が見つからない」
そのように一言だけ発すると、アレシアは兵士用の入り口から去っていってしまう。その背中に声をかけようとする者はいなかった。
なんでそんなに簡単に負けを認めるんだ? それだけ強いのに。
このようにして、カイルは試合に勝利し、合格した。
だが、試合のことよりも、彼は闘技場を去って行く時のアレシアの表情が気になっていた。
なぜあんなに怯えた顔をしていたんだ?
もちろんこの後、カイルは観客にはさんざん野次られ、王都中の噂になったことは言うまでもないだろう。
次回「13.タルッタへ」