10.王直属近衛兵からの提案
1話を長くまとめました
「10日ぐらい前かなぁ。タルッタの町に見たこともないモンスターが現れたって言って、町の人達が王都に逃げて来たんだ。
それでそれを退治しようと、王都から兵士たちが送られたんだけど、それが全員帰って来ねえんだよ」
「全員ですか!? ちなみに何人ぐらいなんですか?」
カイルは驚きを隠せずに目を見開き、声を上げる。
キルトにいる者なら誰だって彼のようになるはずだ。
なぜなら、王都の兵士は最強なのだと子供の頃から教えられてきたのだから。しかし、門兵のようなたいしたことない兵もいることを彼は理解していたが。
かと言って、その考えが変わることはなかった。
「確かざっと500人くらいだったかな」
「500!? そんなバカな!
それだけの多人数がいきなり送られたんですか?」
せいぜい数十人くらいだと思ったのに。
男が言ったその数は、カイルの想像していた人数を遥かに超えていた。そのことがカイルに恐怖を与える。
「ああ。逃げて来た人達が相当強いって言っていたからな。
メニア王も念のために多めにしたんだろうけど……」
男が言葉を濁す。
「それなのに全員帰って来なかったというわけですか。
だから、門兵が言いずらそうにしていたんだな」
カイルはここで門兵の様子に納得した。
「そういうことだな。
兵士たちが敵わなかったことに広めるってことは、同じ兵士として自分たちの力の無さを広めることになっちまうからな」
彼はかなりのショックを受けていた。
ライラスからはキルトにいるモンスターは比較的弱くて、何人かでパーティーを組めば、倒せないものはいないと聞いていたからだ。
そのことから、剣が主流で十分なのだと言っていた。
だが、現実に500人。しかも王都の兵士たちがやられたという事実によって、カイルは自分の得ている情報を修正する必要があった。
「まあ、あんたも命が惜しいならタルッタの町には近づかないことだな」
その男はカイルの肩を軽く叩き、去っていった。
そんなことがあったなんて……。
その後、彼は沈んだ気持ちのまま、王都南側の店が集まっている商店街を散策した。
商店街がある道は賑わっているのに、道を1本横に入れば、宿に泊まるためのお金がないのか、地べたに布を引いて、そのまま横になっている人がいる。タルッタの町の人だろうか。
ついさっきまで楽しみにしていたのに、今ではこんなにも辛い気持ちだ。
「変わらないな」
自分で言ったはずであるのに、カイル自身はこの言葉を認識することはなかった。まるで誰かが意図的に力を使い、聞こえなくしたかのように。
彼は宿へと戻り、夕食をとった。ライラスの本に「美味い」と書かれていた料理も、あまり美味しく感じられなかった。
「こんなに落ち込んでいちゃダメだ」
気分を切り替えるために、カイルは風呂に入ることにした。
風呂の準備をして、タイル張りの床を歩き、大浴場に入る。風呂場には誰もいない。
彼は、だだっ広い湯船を1人で占有できることに少しだけ気が緩んだ。頭と体を洗い、湯船に浸かる。
「強いモンスターか。一体どんなやつなんだ」
カイルはそのモンスターを想像し始めた。
「500人いて、誰も逃げ帰ってこれないってことは、相手は人間より素早いか、それともとてつもなく大きくて、一撃でやられたかのどっちかだよな。
前者だったらどうしようもないな。後者なら弱点さえ分かれば、もしかしたら……」
彼はその後しばらく湯に浸かり、風呂を出て、寝る準備をしてから眠った。
いくら頭を洗っても、いくら体を洗っても、カイルの心のシコリは取り除かれることはなかった。
カーテンの隙間から差し込んだ光が頬を撫でる。
カイルは朝日にゆっくりと起こされた。彼は昨日より、少しは気分が良くなったような気がしていた。
身支度をし、食堂に向かうと、店主が笑顔であいさつしてくる。
「おはようございます」
「おはようございます」
「良い朝ですね。空気が澄んでいて」
「そうですね」
「朝食の用意ができております」
テーブルにはメインディッシュだと思われるステーキや前菜などの色とりどりで様々な料理が並べられていた。だが、その量が異常だ。
「この量はちょっと多くないですか?」
カイルは少し遠慮気味に聞いた。流石に1人でこれを食べるには多すぎる。
「ああ、今日の朝はバイキング形式にしようと思いまして。こちらの料理は、宿泊されているお客様全員分です。
もしも、足りなくなったらおっしゃってください。厨房の方で新たに作りますので」
「そ、そうですよね。1人分なわけないですよね」
な、なんだ。全員分だったのか。
彼は恥ずかしさを誤魔化しながら、朝食を摂り始めた。
「いただきます」
ナイフとフォークをうまく使い、カイルはステーキを口へ運ぶ。朝からステーキなど地獄だと彼は思ったが、さっぱりとしていてパクパク食べられた。
美味いっ!
食べ始めたのはいいが、どういうわけか外の方が騒がしい。人の声がたくさん聞こえる。
「何か騒がしくないですか?」
「ああ。今日広場で何か発表があるらしいんですよ」
「発表? 何についてのですか?」
「さあ、私もそこまではわかりません。
ですが、皆は例の事件についてなんじゃないかと話しているんですよ」
例の事件?
ああ、タルッタに現れたっていうモンスターについての話か。
「気になるなら、お客様も行ってきたらどうですか?」
「そうですね。少し様子を見てこようかと思います」
カイルはさっさと朝食を済ませ、中央広場へと向かった。
近づくにつれ、騒がしさも酷くなってくる。広場は大勢の人でごった返していた。
「何の発表があるんだろうな」
「例の件についてだろ」
「おい、押すなよ! あぶねぇぞ!」
「す、すいません」
広場の城側には、昨日にはなかった簡易的な高台ができている。その上にマイクとスピーカーが設置されていた。
しばらくすると、高台近辺がさらにざわついてきた。どうやら数名の兵士が来たようだ。
そして、高台の壇上に1人の男が立った。その数名の兵の中でも、明らかに性能が良さそうな鎧を着ている。見た目も普通の鉄色ではなく、少し白みがかっていて美しい。
「私はここ王都メニアの王直属近衛兵の1人、ジョイルである」
スピーカー越しに、ジョイルと名乗ったその男の低い声が広場の空気を揺らす。その声によって騒がしかった広場は静まった。
男はそれに構わず話を続ける。
「今日ここで発表することは他でもない。
城下町に住む皆も知っているとは思うが、数日前から北のタルッタの町からの王都へ来る者が増えている。
その者たちからの話によると、原因は、とてつもなく強くモンスターが出現し、村を襲ってきたので逃げてきた、ということらしい」
「やっぱり例のモンスターの話だったな」
「ああ」
やはりと言うべきか、皆薄々分かっていたようだ。
「その話を聞き、我々はそのモンスター討伐のため、兵士をタルッタの町に送ったが、いまだ誰1人として帰ってきていないのが現状である」
「まだ帰ってきてないんだ」
「大丈夫なのかな」
望み薄だろうな。
10日間も何の連絡もないとなると、生きていると言う見込みは流石に持てない。だが、それが分かっていても、希望を捨てられないのが人間という生き物である。
「その兵士の中には、多くの手練れもいたのにだ。
だから、我々だけで戦うのは少し心もとない。そこで、一緒に戦ってくれる者を募集したい」
「な、何だって?」
「そんなの無理だよ」
「兵士たちでも敵わないのに」
「もし、例のモンスターを倒したら、王から戦いに参加した全員に報酬が与えられる」
「報酬」という言葉に騒がしさが一気に増した。しかしカイルにとって、そんなことはどうでも良かった。
それよりも彼が気になったのは、討伐に出た兵士に手練れが多くいたということだった。つまりそれは、それほどそのモンスターが危険だということだ。
カイルがそれを理解した時、彼の中で何かのスイッチが起動した。
もちろん、これは比喩表現であり、彼にはスイッチなどない。だが、あまりにも激しい変化であったので、「何かが変わった」とするだけでは表現に弱さを感じずにはいられないため、この表し方が適切である。それほどに激しい変化だった。
しかし、カイル自身がこれを知覚することはない。あってはならないのだ。
「マジかよ! 王様からっ!」
「俺、応募しようかな」
「でも、そのモンスターってやっぱり強いんだよね? 死んじゃうかもしれないんだよ」
「そうだよっ! 危ないよっ!」
一般市民はどうやら悩んでいるようだ。
「だが、もちろん誰でもいいわけではない。
相手は相当強いと聞く。なのでこちらも強い者を求む。
それに、もし弱い者が闘って簡単に死なれてはその者の命が浮かばれん」
「そうだよな。俺たちみたいな普通の人には無理だよな」
「ああ。いくら報酬が欲しいからってこればっかりはな。死んじまったら元も子もねえもん」
ジョイルの言葉で広場にいる大半は諦めてしまったようだ。
「そこで、我々が応募者の力を見ようと思う。まあ、率直に言うと、兵士1人と応募者1人の試合を行ってもらう。
その試合を近衛兵が交代で監督し、結果を残して、合格だと判断された者だけが我々と共にタルッタへ向かってもらうことにする」
「えっ! 試合っ!」
「そんなの勝てるわけねえよ」
先程のジョイルの発言に臆さなかった者も、「試合」の一言で多くが諦めたようだ。
「試合のルールやどこで行うかは、明日ここに掲示板を設置し、そこに掲載しておく。
応募用紙と箱を用意しておくので、用紙に必要事項を記入し、その箱に入れておいてくれ」
「とりあえず応募しようかな」
「馬鹿野郎。無理だよお前じゃ。恥かくからやめとけ」
「だよなー。冗談だよ、冗談」
「タルッタへは2週間後に向かう。
応募者はそれまでに試合を済ませて、力を示してくれ。
我々と共に戦ってくれる強い者を待っている。
以上だ」
そう言い終えると、ジョイルは高台から降り、先ほど連れてきた数名の兵を率いつれて、城の方へと向かっていった。
それと時を同じくして、広場に集まった人々も散り散りになる。
カイルは素直に感心していた。
自分たちの力の無さを露呈して、一般人に協力を得てまで例のモンスターを倒そうとするなんて。
そこまでして弱い者を守ろうとするとは、王都の近衛兵はなかなかいい奴らじゃないか。
そして、彼は静かに応募することを決心した。
この時の彼は、何も分かっていなかった。
たくさんの人が死んだ。
それは確かに悲しいことだが、なぜ自分はこんなにも重苦しい気持ちになるのか。
そして、なぜこんなにも簡単に、そのモンスター討伐に参加しようと思ったのか。
彼はもう少し考えるべきだったんだ
「マイク」や「スピーカー」など世界観に合わない言葉がありますが、なぜなのかは後に分かります。
まあ、ぶっちゃけて言えば伏線です。
頭の隅の方に置いといてください(^ ^)
次回「11.光り輝く場所で」