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ゲートの向こうにある世界  作者: nit
第1世界・キルト
1/32

1.いつもの日常

1話を長くまとめました


キルト歴1328年 夏


 窓から入ってくる新鮮な風がカーテンを揺らし、その隙間から暖かな太陽の光が差し込む。


「ーーー、ーール、ーイル」


 少年は体を揺らされている気がした。


「カイルっ!」


 甲高かんだかい声に鼓膜が揺らされ、彼はとっさに目を覚ました。動揺を隠せない様子で目をパチクリさせている。


 辺りには木製の机と椅子が並んでいて、それぞれの椅子には人が座っていてる。

 前方には黒板、右には廊下、左には一面に窓があり、そこからのぞける外には木々がい茂っていた。

 いつもの教室だ。


 ああ、今さっきのは夢だったのか。


 そう思っている中、少年は複数の視線を感じた。クラスメイトの全員が彼を見て、ひそひそと話している。


「カイル君、お昼寝は気持ちよかったですか?」


 少し小ぶりで、温和な雰囲気の中年男性が少年に声をかけてきた。

 今のように怒る時でも、顔が笑っていることがその優しさを表しているのかはわからないが、そんなことよりも目だけが笑っていないのがなんとも不気味である。


 や、やばい。


「す、すいません先生。ちゃんと学校が終わって、家に帰ってから寝ます」


 カイルは若干震えている声で言った。


「君はいつもそう言いますね」


 先生の言う通り、カイルにとってはいつものやりとりだ。


「先生が毎回同じように注意していたからですよ」

「全く、だったらその注意を少しは聞いて欲しいものですね」

「あはははは。それを言われると困ります」


 彼は愛想笑いを浮かべ、心の中で許しをう。


「今度こそ気をつけてくださいよ」

「はい、すいませんでした」


 なんとか許してもらえたようだ。


 ふぅ、良かった。


「ほんと、カイルはよく寝るよね。ちゃんと勉強しないとあんたの夢叶えられないわよ」


 右の方からカイルにとって聞き覚えのある声がする。


「それと、私が起こしてあげたんだから感謝しなさいよね。

 ったく、カイルは顔はいいのにそういうところはだらしないわよね。だからモテないのよ」


 隣の椅子には少女が座っていた。

 薄い茶色の髪に透き通るほど白い肌。顔立ちは少し幼いが、手足が長く、出るところは出ていて、締まるところは締まっている。

 100人に聞けば100人が認める美少女だ。


「うるせぇな。黙ってろよレイナ」


 カイルはだるそうに、突き放すような言い方をした。


「はー? あんたが授業中に居眠りしてるのが悪いんでしょう。

 それに、起こしてくれた幼馴染に対して何よその態度っ!」

「あー。はいはい」

「もー」


 対してカイルは黒髪短髪くろかみたんぱつ、身長はレイナより15センチほど高い。

 歳はお互いに16歳だ。カイルとレイナは小さい頃からずっと一緒で、レイナは何かと彼にお節介せっかいを焼いている。

 それがクラス内では夫婦のやりとりだと噂されているのだが、本人たちは知らない。


「はいはい、ありがとよ。でも、いいんだよ授業なんか寝てたって。なんたって俺の夢に必要なことはライラスに教えてもらうからな」


 カイルには子供の頃からの夢があった。それは、7つの世界の内の1つ、最後の世界だと言われるアラセムへ行くことだ。

 きっかけと言えることは特になく、気づいたら行ってみたいと思うようになっていた。

 その夢を叶えるために、彼は今、6つの世界を旅してきたらしい、ライラスという名の老師に教えをもらっている。


 待ってろよアラセム! いつか絶対にたどり着いてやるからな!


 カイルは改めて心の中で叫んだ。いつも1日に3回は同じようなことをしている。

 それはまるで、自分の目的を決して忘れないよう、心に刻みつけるかのごとく。

 「知らない方が幸せなこともある」ということわざがあるが、まさに今の彼に理解してもらいたい成句せいくだ。

 そうすればーー。


「カイル君、今のは聞き捨てなりませんね」

「えっ?」


 カイルが声のした方を向くと、先生の目が先ほどのものよりも数倍恐ろしくなっている。さらに、彼の目には、先生の体から殺気立ったオーラのようなものが出ているように見えた。

 もちろん現実にそんなことはあり得ない。

 「今のところは」ではあるが。


「私の授業は必要ないですか?」

「いっ、いえっ! 必要ありますっ! ちょーありますっ!」


 カイルは現状を打開するため、なんとか誤魔化そうとする。


「そうですか。なら授業は寝ずにちゃんと聞いていてくださいね」

「はっ、はいっ! わかりました。すいません」

「バーカ」


 こいつぅぅぅ。


 カイルはレイスの挑発に腹が立ったが、ここで喧嘩すると、また先生にしかられると思った。

 それぐらいの分別ふんべつは彼にもあったようだ。だから、今は大人しく授業を聞くことにしたらしい。


「はぁ、全く。それでは、授業を続けますね」


 先生の声とともに授業が再開した。

 生徒たちはノートを取るため、鉛筆を持つ。カイルを除いて。


「えー、皆さん。私たち人間は6つの世界を転移することができることは知っていますよね」


 先生が生徒たちの反応をうかがう。それに対し、生徒たちはうなずいてみせる。


「具体的に、その6つの世界の名前は、第1の世界から順に、キルト、セラユ、ラスキー、ミハイス、ツッタ、ワガルド。この6つです。

 その内、今、皆さんと私が暮らしているこの世界は、第1世界・キルトということですね」


 先生は説明しながら黒板に白いチョークで、左から順に6つの世界の名前を書き、黄色のチョークに持ち替えて、キルトの文字を丸で囲んだ。


「えー。そして、これら6つの世界はゲートと呼ばれる光る魔法陣によって転移し合うことができています」


 そして、再び白のチョークで、6つの世界のそれぞれ隣の名前同士を線で結び、その5本の線の内、1本の近くに「ゲート」と書いた。


「このゲートの仕組みについてですが、詳しいことは何1つわかっていません。この中の誰かが解明してくれないかなぁ」


 先生が柔和な笑みを浮かべ、それに対して生徒たちは大声で笑ったが、カイルだけは真剣な眼差まなざしをしており、自分がやってやると思っていた。


 さて、ゲートは誰が何のために作ったのか。この謎は、人類の最大の謎だと言えるだろう。

 いつからそこにあるのか。どういう仕組みで動いているのか。誰も知らないし、誰も理解できない。

 真実の先にあるのは、人類にとって利得りとくなのだろうか。人々の思想は、最終的にそんな愚かな考えへと収束していった。


「さらに、皆さんも知っているように、実はもう1つの世界、第7の世界が存在すると言われていますね」


 先生はこれまた、生徒たちの顔色をうかがうような目になる。


「その世界の名前がアラセムです」


 先生は黒板上で、6つの世界の名前が書かれた場所とは少し離して、「アラセム」と書いた。


 人々の大半は、アラセムは祝福の地であり、何でも願いが叶う場所のように良い意味で捉えている。

 しかし、一方では、終焉しゅうえんの地であり、全てが終わる場所、つまり、死の世界ではないかとの意見もある。

 まあ結局は、どちらか決定づける要素は見つかっていないのが現状だ。


「このアラセムへのゲートだろうと思われているものは見つかっているのですが、ゲート自体の光が弱く、未だに転移することができていません。

 そのため、ゲート管理局が調査中ですが、これといった成果は挙げられていないのが現状ですね」


 さらに、「アラセム」と書かれたところから矢印を引っ張り、端に「ゲート管理局」と書く。


「では次に、ーー」



 カイルはさっきの夢の内容を思い出していて、全く話を聞いていなかった。

 すると、唐突に先生が質問してきた。


「では、カイル君。今の問題の答えは何でしょうか?」

「えっ?」


 彼は固まってしまった。手に汗を握り、唇を軽く噛む。


 どうしよう、聞いてなかった。

 もうすでに1度怒られてるんだぞ。やばいよ。本当に。


 だが、そんなことを考えていてもどうしようもない。


 仕方ない、先生は嘘が嫌いだからここは正直に。


「き、聞いてませんでした」

「全く。君はまたですか」


 先生は怒っているというより、むしろ呆れているようだった。

 そして、溜息を1つつき、おでこに左手をつく。


「成績がいいのは分かっていますが、君はもう少し授業態度をきちんとして欲しいですね」


 言葉とは裏腹にその口調は少しきつめだった。


「あはははは。き、気をつけます」


 カイルは本日2度目の愛想笑いで、切り抜けようとしたのだが、


「絶対ですよ。本当に困るんですよ」


 先生は教卓から身を乗り出すような勢いで彼を凝視している。

 カイルはその反応に驚いた。


「いつも君は寝ているから知らないかもしれませんが、生徒の中で君しか分からないような問題が出た時に、教室を見渡すと、皆さん目をらすのですよ」


 言葉通り、先生は教室中を見渡す。生徒たちはその目線から目をそむけている。


「そう、まさにこんな状態ですよ。誰も当てられないじゃないですか。私はどうすれば良いのですか?」


 先生は見た目通り優しいので、生徒たちに恥をかかせないよう、分かっていそうな生徒を普段から当てているのだ。

 まあ、カイルにとっては今初めて知ったことなのだが。


 珍しく先生が念押ししてきて、さらに自らの嘆きを訴えてくる。カイルはそれに気圧されていた。


「い、いや」


 知らなかった。そんなことになってたなんて。


 ハッと気づいた様子の後、先生は1つせきをした。そして、ネクタイを締め直す。


「すいません。取り乱しました。ともかく、本当に気をつけてくださいね」

「はい」


 これにはカイルも従うという選択肢しかなかった。


「それでは、レイナさん。答えは?」


 先生が質問する相手をレイナへとえた。


「え?」


 急に火の粉が降りかかった彼女は目を見開いている。そのことから驚いているのがわかる。


「今のところの問題の答えですよ」

「……すいません。聞いてませんでした」


 お前もか。

 さっきまで俺に対して、あんなに偉そうなこと言ってたくせに。


 カイルは心の中で「ざまあみろ」とつぶやいた。


「おや、珍しいですね。レイナさんが聞いてなかったなんて」


 授業態度の良いレイナが聞いていなかったことは、先生にとっても驚きのようだ。


「本当にすいません」

「いえいえ。たまにはこういうこともありますよ」


 彼女の謝罪に対し、先生は笑顔で応えた。


 俺の時とはえらい違いだな。まあ、これも日頃の行いの違いか。


「では、この問の答えは私が言いましょう。答えはーー」



 授業は続いた。


「転移した者がいない、つまり現在、第7の世界、アラセムは事実上、誰もその存在を確認できていないということになります。そして、ーー」


 先生が続きを話そうとしたところで、授業終了を知らせるチャイムが鳴った。


「おっと、チャイムが鳴ってしまいましたね」


 数人の生徒は、既にノートと筆記用具をしまっている。早く帰りたいらしい。

 カイルはそもそもノートも筆記用具も出していない。本人からすれば「ライラスに教えてもらうから必要ない」だそうだ。


「では、今日はここまで。明日は教科書の29ページから始めますので、予習してきてくださいね」


「はーい」


 皆、気の無い返事を返し、それぞれ帰宅の準備をしている。

 日直が黒板を消しているとき、カイルも同じように準備していると、


「カイル、今日一緒に帰ろう」


 レイナがいつものように誘ってくる。しかし、彼にはライラスに剣術を教えてもらう約束があったので、


「ああ、悪い。今日はライラスのとこ行くから」


 そう言ってカイルは学校を後にする。後ろの方でレイナが何か言っていたが気にしないことにしたようだ。


 それより、彼の頭の中はさっき見た夢のことでいっぱいだった。

次回「2.いつもの日常」

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