不思議な絵
「で、その男性のほうは知らない人なの? 佐藤、おまえの父親ではなくて?」
「うん、知らない人。赤ちゃんのほうを見て笑ってるから少しわかりにくいけど、全然見たことない顔」
「写真で見るかぎり、日焼けした好青年って印象だよな」
「革のパーカー着てるところがダサいけど。時代だよねー」
「たしかに時代は古いだろうな。いかにも見た目、なめしたレザーって感じだしな」
手紙の一部と写真を見つけたその日の深夜、川崎くんとの会話。一通り説明したし、画像も送った。もちろん対面で喋っているのではなく、無料アプリのSNSで。
「で、女性は佐藤の母親で間違いないの?」
川崎くんは顔文字もスタンプもいっさい使わず、まじめな調子でつづける。
「うーん、たぶん。お母さんにはまだ確認してないけど。っていうか、なんとなく気まずくて確認できないけど」
「だけど、叔母さんって可能性もあるんだろ?」
「それは……でも便箋と写真がセットだったか同時期のものかもわからないから。無関係かもしれないし」
「いや絶対、関係あるだろ。だって写真の裏書きと手紙の筆跡がそっくりじゃんか」
「あっ、そっか」
「それに『夏雪』っておまえの名前入りだし」
「じゃ、やっぱ赤ちゃんはあたしってことか」
「それは間違いないだろ。ただし、写真の女性が母親かどうかは決めつけれないな」
「どういうこと?」
「佐藤の誕生日に撮影したものだとしても、叔母さんが三人をカメラに収めたとも、逆に叔母さんが記念に赤ん坊を抱いて写真を撮ってもらったとも考えられる」
「ほんとだ、どちらともとれるね」
「といっても、もうひとりは……まあいい。そんなことより、いちばん不思議なのは絵だよ、絵」
「え?」
「ダジャレか」
「ごめん」
「夏に雪が降ってるんだぞ、このクソ暑い日に」
夏に雪?
便箋の絵はたしかに、素人が描いたにしては上手いけど、描かれた風景それじたいはべつに特別ヘンなところはない。ただのどっかの雪景色って感じ。
「佐藤は不思議に思わなかったのか」
「何が?」
「タイトルだよ、タイトル」
「題名? あー、さっきのはそういう意味だったの」
「そうだよ。『夏に降る雪』──はっきりそう書いて絵に添えてある」
「だから何? まさか現実に、夏に雪が降ったっていうの? 考えすぎー。絵なんだから100パー想像にきまってるじゃん」
「じゃ、なんでそんなタイトル付けたんだよ」
「それは想像なんだから、作者の自由じゃん」
「余白の文章には、いかにも夏場ならではのことが書かれてあるぞ」
「あっ。でも、いや、だから想像なんだって、絵のほうは。真夏の暑さにヤになっちゃったからこそ、涼しげな冬景色を空想したんじゃん」
「にしては、やけに写実的だよな」
「じゃあ、夢。実際にその日、夢に見た光景なんじゃないかな。ほら、雪の結晶が接写したみたいにやたら細かいとこなんてまさに、っぽい」
「だとしたら、どちみち一言そのことを書くだろ。手紙の前後が抜けてるとはいえ、夢見た何々とか付け足して」
「うーん、だったら……そうだ、誕生日プレゼントだったんじゃない、あたしへの」
「赤ん坊に絵か? ありえるとしたら、姉にだろ。それよりもべつの、もっと現実的な解釈がある、ひとつ」
「何?」
「それは夏雪って名前で解ける」