ぼっち
薄暗い部屋。
強い陽射しと熱気。
騒々しいロックバンドのコンサートなみにうるさい、大音量の蝉の声。
この時期はカーテンを開ける気にさえならない。ベッドからなかなか出ることもできず、毎日ネットしたりゲームしたり、まったりウダウダ過ごしている。
つまんない。
いま頃みんな、さぞかしロングヴァケーションを満喫しているんだろうな。家族や友達と海やプールで泳いだり、山に登ったり、田舎とか観光地とかあちこち遊びに出掛けて。
せっかくの夏休みだというのに、あたしは近所以外どこにも行かない。もとより連日こんな酷暑がつづく真夏に、積極的に外出する気が起こらないというのもあるけど、そもそもは親のせいだ。
あたしはちっちゃいときから、両親がどこか遠くへ連れていってくれたという記憶がない。もちろん人並みに、近場の遊園地や近所のショッピングセンターなんかはある。でもたとえば、祖父母が住む他県の田舎とか、超有名な観光地とか、誰でも行くようなところですら遠方は一回もない。
物心ついた頃はあたしも、あれこれ行きたいとねだったものだったけど、ちょっと遠出になるだけで親はすぐ敬遠した。親のほうから何泊かするような旅行を提案してくれたこともない。とくに母が頑なで、それはもはや拒絶に近く、ひどい場合だと学校行事の遠足や修学旅行まで、あたしが行くのを猛反対して止めた。
だんだんあたしもあきらめ、それが当たり前になり、テスト勉強や友達と遊ぶのに忙しくなるにつれ、わざわざ自分から遠方への外出を望まなくなった。とはいっても、仲のいいクラスメートが長期の旅行に出掛けたり部活に励んだり、そんな予定が全然ないあたしにとっては、長いこと暇をもて余すこの時期はほんとに困る。
あーあ。
つまんない。
最初は親がケチか、旅行嫌いなのかなとも思った。でもプレゼントしてくれたり習い事に行かせてくれる分には、なんの躊躇もなく気前がいい。お小遣いをしぶられたこともないし、自分たちが仕事関係か親戚知人の法事などで家を空けることがあっても気にしてない。そんなときはきまって、お留守番のあたしにお土産をたくさん買ってきてくれた。
そういうとき必ずきてくれたのが、母方のお爺ちゃんとお婆ちゃんだった。他県にいる祖父母のもとへ遊びに行ったことはなかったけど、ちょくちょくお爺ちゃんお婆ちゃんのほうからはうちへ遊びにきてくれはした。短期間でもあたしがひとり家で過ごすことになれば飛んできてくれ、盆暮れにはあたしたちが帰省する代わりに自らふたりそろって訪ねてきてくれる。
やっぱヘンだなと思いはじめたのは、ほかの家庭を知ってからだ。どんな家でも、あたしんちみたいなことはなかった。親と祖父母が仲悪いわけでもないのに田舎に帰らないとか、遠足や修学旅行に行かしてもらえないとか。
ヘンといえばこれもヘンで、旅行全面禁止というわけでもなく、電車と新幹線を足に目的地まで行くような旅行ならよかった。車や船、飛行機に乗るとなったらダメで、それで去年のちょうどいま頃、修学旅行の沖縄行きを泣く泣く断念させられ、あたしはすねたんだっけ。
「絶対やめてよ。こんな時期に旅行なんて」
徒歩で列車を乗り継いで、なら何回かみんなと一緒に行けてはいるけど、あたしは納得してない。自家用車はあるのに、親には歩いてか電車に乗ってでしかどっかに連れていってもらったことないし、離婚したせいもあってそれも数えるほどだし。
「夏雪も知ってるでしょ、あなたの叔母さんが事故で死んだこと」
お母さんの妹が不幸な事故で亡くなったらしい。 夏に、交通事故か何かで。そう、むかし教えられた。でも詳しい事情は聞いてない。もう十年以上も前のことで、あたしは彼女について何も知らない。
どうでもいいけど。