第七章 世界の中心で理不尽を叫ぶ男子高校生(なりたてほやほや)
「えっと、ごめん。どういうこと?」
とりあえず詳しくは明日から、ということで藤崎先輩と別れた僕は珍しく一人で家まで帰った。
だけど、僕が自分の部屋に入って2分後に、玄関からチャイムの音がなったと思ったら、そこには涼香がいて、そして今日の藤崎先輩との話を聞かれたのだった。
「だから、藤崎先輩が創部する部活動に誘われて、入ることになったってだけだよ。それ以外のことは特に話してないなぁ」
「いえ、それ以外というか、そのことがよくわからないのだけど」
実は涼香は僕と藤崎先輩が話をしているところをがっつり見ていたらしい。
そして、それをあえてスルーして僕より先に帰り、問いただそうとしていたのだという。
・・・いやはや、僕はどう反応すればいいのだろう。
「んー、詳しく聞いたら、その部活動に参加することで僕にも大きいメリットがあることがわかってさ、それに先輩自体も悪い人ではなさそうだから、参加してみようかなと思って」
僕の目的は勉強と情報だ。
何をやることになるかはわからないけど、一人でやるよりかは断然効率はいいだろう。
それに、口に出すことはないけど、元々は誰のために、という結論に行き着く。
「・・・せっかく、私が良太と色々一緒にやりたい気持ちを押さえ込んで、勉強しやすいようにしたのに、それを無視して、ぽっと出の藤崎会長とのランデブーにしけこむことにしたの?」
いやいや、違う。
というかそれ以上に突っ込みたいことがあったけど、とりあえずスルーして、
「それがね、話を聞いたら、先輩は・・・って!ちょっと!」
ぽろっと、透明な雫が涼香の瞳から溢れた。
「薄々、私だってわかってたのよ。良太は私との距離をあまり縮めないようにしてるって。もう、結構長い付き合いになるけど、良太が私に対して何かを求めてくることはなかった。でも、私は良太と仲良くしたいから、色々、考えて、なのに、なのに、こんなのあんまりよっ!良太のバカ!すけべ!おっぱい星人!」
そういうと、涼香はわんわんと泣き出してしまった。
ちょっと待ってくれ、と思ったけど、さすがにそういう雰囲気ではなかった。
第一、おっぱい星人って。
確かに藤本先輩は結構大きかったけど、涼香の方が大きいだろ。
「いや、別に僕は涼香と距離を開けていたわけじゃないよ。単純に異性の友達との距離感に対して自信がないんだ」
まだ涼香は俯いたまま涙をこぼしている。
「それにさ、涼香は自分がすごい美人だってことをもうちょっと理解した方がいいと思う」
ピクっ、と涼香の耳が動いた気がする。
「僕は、うん、そうだな、いくら長い付き合いだっていっても、その前に一介の思春期の男子なんだよ」
「だから、物理的にも精神的にも距離が近くなると、どうしても緊張してしまうんだよ。これは多分普通の女の子だったらここまで緊張はしない。涼香のことが普通の女の子よりも大切だからそうなってしまうんだ」
ピクピクっと今度は確実に耳が動いたのが確認できた。
泣き声ももう聞こえない。
「だからさ、僕が涼香に対してそんな気持ちにさせちゃったのは謝るよ。ごめん。
だけど、別に僕は涼香の配慮をないがしろにした訳じゃないし、一人で家で勉強するよりも効率がいいと踏んだから、先輩の誘いに乗っただけなんだよ」
多少、機嫌取りなところもあるが、ほとんど本心である。
「僕は、昨日、今日会ったばかりの先輩より、涼香のことの方が大事だよ」
「・・・・・・」
顔を手で塞いだまま涼香は動かない。
うーん、どうしようかなと思ったら、顔を見せないまま涼香が不意に声を出した。
「・・・じゃあ、私とデートして」
「へ?」
「最近、やっぱり私思うことがあるの。良太」
「え?何が?」
「大和撫子、女は男の一歩後ろを歩く、控えめで淑女であることが女であるっていう考え方はもう古いって」
すっと顔を上げた涼香の顔。そして、若干泣いたせいか赤くなってはいたけど、その瞳の中に炎が宿っていた。
「これからの時代は自分の欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れることこそが女としての嗜みなの」
「はぁ」
これはやばい。
この目は中学二年の時、運動会についての会議に出ていた涼香が、三学年のカースト上位の先輩に調子に乗るなと挑発された時にしていた時と同じだ。
この時は、すごかった。
その日のHRの時に、『私達が全種目で優勝します。』と宣言し自らの家の財を使い、プロトレーナーをつけた訓練や、徹底的な競技のリサーチ、学校以外で活動をすることになった同じクラスメイトのモチベーションコントロール、教師に対しての事務的な承諾、校内政治、全てを公平なルールに則った上で、三学年を潰しにかかったのだ。
その結果は、もちろん、自分たちが参加する競技、全てを蹂躙した。
短距離走だろうが、パン食い競争だろうが、応援合戦だろうが、関係ない。
最高学年である先輩方のプライドだとか、思い出だとか、絆だろうが、全てを粉砕して、我が二年一組は運動会で優勝したのだった。
先生方は涼香を絶賛し、クラスメイトは自分の能力が上がったことに礼を言い、涼香は澄まし顔で、『みなさんのおかげです。』と締め、
深海のように静まり返る三学年のエリアを、その時見るものは誰もいなかった。
「だから、良太には私のことをもっと知ってもらって、そして、うん、そうね。私との距離を縮めざるを得ないようにするわ」
眠れる獅子を起こしたのは間違いなく僕だし、別にデートだって悪くない。ただ、
「デートって、二人でどこかに出かけるってこと?」
「そ、そうね」
「別に構わないけど、正直いつもと何が違うの?」
「え?」
「だいたい、いつも一緒にいるじゃないか。二人じゃない時ももちろんあるけど、基本的に同じになるんじゃないかな」
「っ!、それは、考えていつもとは違うようにするわ。とにかく、私はもう決めたの!じゃあ、デートの日にちはまた連絡するわ。今日はとりあえず帰ります」
すくっと、立ち上がった涼香は、目に炎を灯したまま、なんとなく居心地の悪そうな顔をして自分の家に帰っていった。
「誰のために、やってると思ってるんだろね」
静かになった部屋で誰に言うでもなく、独り言を吐いた。
「ごめんね。僕のお姉ちゃんが」
「え?」
後ろから声がした。
「あの人は少しだけ結果にこだわるところがあってさ、それ以外は完璧なんだけどね」
窓が開いている。
少なくとも、僕は鍵をしっかり閉めていたはずなんだけどね。
「そんなに焦んなくても、お兄ちゃんは僕たちのそばにずっといてくれるのにね」
窓枠に腰掛けていた友が、ゆるりと僕のすぐ近くまで近づいてくる。
その際にふわりとピンクの柔らかそうなドレスが揺れた。
「今日はお兄ちゃんの好きそうな服にしてみたよ」
友と僕の距離が0メートルになった時、女の子特有のいい匂いが僕の鼻腔をくすぐった。
いや、女の子じゃないけど。
「えっと、僕の好きそうな服装?友にそんなこと言ったことあったかな?」
正直、大好きなのだが、それを口にするわけにもいかず僕は友との距離を開けようと少し後ろに下がろうとしたのだけど、
「ふふっ、言われなくったってわかるよ。だってお兄ちゃんが僕のことを見ているよりも僕の方がお兄ちゃんのことを見ているからね」
下がった分だけ、友が前に距離を詰めてくる。
「でも、お姉ちゃんとデートかぁ。別にそれで何かが変わるとも思えないから行くのは別にいいんだけど、少し妬けちゃうね。あ、そうだ」
ニヤッといたずらぽく笑うその顔に、僕は吸い寄せられるような感覚を覚える。
「お姉ちゃんとデートの日、僕ともデートをしてよ」
「えっ?」
「別に時間とかはいつでもいいからさ。そして、どっちのデートが良かったか教えて?お兄ちゃんの本心で」
僕は何かいい回避方法はないかと頭をフル回転させていると、ぎゅっと、友の手が僕の後ろに回った。
「なんにも考えなくてもいいからさ、今はとりあえずうんって言って?お兄ちゃん」
どくんと、何かが込み上げてきた。
「大丈夫だよ。何があっても僕もお姉ちゃんも変わんないよ。ただどっちかの所有物にはなっちゃうかもしれないけどね」
そういうと、ふわりと友は僕から離れていった。
「じゃあ、そういうことだから、よろしくね。その日が来るまでは僕は特に何もする気は無いし、あ、でもお姉ちゃんにはこのこと言わない方がいいかもね」
まだ僕は、何も言っていないのだが友の中ではもうそのスケジュールで決定しているようだ。
「楽しみにしてるよ。お兄ちゃん。愛してる。バイバイ」
とだけ残して、友は帰っていった。
「はぁ」
何はともあれ、友が僕の部屋にいた時間は正味10分ほどだったのだが、今日あった出来事全部と同じくらいのインパクトを残してくれた。
「・・・また、色々、考えなきゃいけないことが増えたな」
たくさんのことが起きてしまったため、脳が情報を遮断してしまったのか、僕の頭は不思議と冴えていた。
今日は勉強しなければ。
とりあえず、明日以降起きるであろう様々な出来事を一切考えることなく、僕はひたすらに机の上で数式を解き続けるのであった。