第六章 春一番はまるで台風のように、広がる波紋はやがて大津波のように、
「えーと、見たところ先輩のようですが、あなたは誰ですか?」
この学校の制服には襟のところに各学年ごとに色のついたバッチをつける義務があり、緑色のバッチをつけている目の前の女生徒は三年生のようだった。
「私は、藤崎まどか!この学校の生徒会長よ!」
まず目に引くのはそのスタイルの良さだ。
身長は大体170㎝くらいだろうか、スルリと長い手足、さらに出るところは出ていて、引っ込んでいるべきところは引っ込んでいる。
その上、えらい美人だった。
自信満々に腰に手を当て、仁王立ちをする彼女は相手を飲み込むようなオーラを放っていた。
「あぁ、そういえば集会の時にスピーチをされてましたね」
涼香は昨日、集会でこの会長さんがスピーチをしていたことを思い出したようだったが、僕は集会の内容を一切覚える気が無かったので、正直全然わからなかった。
「そうね。なぜなら私はこの学校の生徒会長だから!つまり、生徒の中では一番偉い存在なのよ!」
声が大きくて、すごく通るので周りの視線を集めている。
「その偉い会長さんが僕たちに何かご用ですか?」
そろそろ昼休みが終わってしまうし、変に目立っているので早く教室に戻りたいのだけど、相変わらず会長は仁王立ちなのである。
「別にこれといった用事はないわ。だけど、今年の一年生に目立った子達がいるって噂を聞いたから確かめに来たのよ」
そうなのか。涼香はまぁ、目立つとしても『子達』ってことは僕のことも噂になっているのか。・・・やめてほしいな。
「それじゃあ、もう私達には用事はないということですよね?昼休みももう終わる時間ですし、この場は失礼させていただいてもよろしいですか?」
目上の人に対してのモードに入っている涼香が、ニコリと笑顔でそう告げた。
「そうね。実は三学年の教室はここから結構距離があるから次の授業に間に合うか微妙なの。だから、今日のところはこの辺でおさらばさせていただくわ」
それじゃあ、また会いましょう。といって会長さんはダッシュで去っていった。
・・・廊下は走っちゃダメだろ。
「私たちも行きましょ」
いつの間にか弁当類を片付けていた涼香が教室に戻ろうと僕を促していた。
「そうだね」
結局、あの会長さんは何の目的があって僕たちのところに来たのだろうか。
僕たちのことが多少噂になっているのかも知れないが、わざわざ確かめに来るだろうか。
色々と謎だ。
だけど、まぁ特に実害があるわけじゃないから、別にいいか。
とにかく、僕はなるべく勉学に勤しみ、自分の進路を自分で掴むんだ。
時は過ぎて放課後。
HRが終わって、早々と教室から脱出した僕は、さっさと帰路につくことにした。
学校での勉強はあくまで義務だ。
学校のカリキュラムで勉強していても、正直あまり意味はない。
テストで良い成績を取る必要はあるけど、それはテスト期間で配られる範囲をその期間だけ重点的に勉強すれば良いだけの話で、自分で勉強する分にはどんどん先に進めていく。
とりあえず、どこまでやるとかは決めなくて、やれる限りやる。
広告係なんていう、楽な係に僕を選んでくれた涼香の計らいもあることだし、僕は勉強するんだ。
「ちょっと、そこの一年生。止まりなさい」
校門を出たあたりで、後ろの方から声がした。
一年生の教室は玄関から一番近い。
その上、僕はできる限りの最速で教室から出たから、周りに一年生どころか他に人がいない。
ということは、この呼びかけは、僕になのだろう。
「・・・はい。僕に何か用でしょうか」
「用があるから呼び止めたのよ。ずいぶん家に帰るのが早いじゃない。もしかしてアルバイトでもしてるの?
この学校だと申請してからじゃないとできないルールだから、この時期の一年生だとまだ無理なのだけど」
まぁ、聞いた覚えがある声だったから振り向くまでもなく誰かはわかったけど、
「別に、バイトじゃないですよ。早く家に帰って勉強しようと思っただけです。それよりも、僕に何の用でしょうか。会長さん」
相変わらず、仁王立ちの似合う人である。
「えぇ、昼休みの時間だけだと全然話しをする時間がなかったから、放課後を狙ったの。あの後周りの人から聞いたらあなたたち、中学の時からかなりの有名人だったらしいじゃない。この私が全然知らなかったのが不思議なくらいよ」
うーん、そんなに僕たちは有名だったのだろうか。それだったら、僕が頑張ってコソコソする必要って実はないんじゃないか?
「それで、この学校で一番偉い私から、ちょっとした提案があるんだけど、聞いてくれるかしら?」
その時の会長の顔は、良からぬことを思いついた時の友がする顔と同じような不敵な笑顔だった。
「聞くだけなら、いいですよ」
というよりも、その質問を断ることができるのかと問いたいところではあったけど、
「別に大したことではないわ。私、新しい部活動を創部しようとしているの。その部員になってくれないかしら?」
「部活ですか」
「そう!具体的に何をするかは決めていないわ。活動内容も未定!ただ活動目的は決まってる。それは『この世界をもっともっと良いものにする』そんな部活よ!」
校門を背にした会長さんの背中には学校があって、その学校の上から太陽が照らしている。
その姿はまるで、この世界を背負って邁進していく創造主のように感じた。
「常々思っていたのよ!勉強も人間関係も私にとっては難しいものではないし、多分だけど、私は順風満帆な人生をこの後も続けて行くことになるんだって。だったら、その他にやることは何か。そう自分が存在してるこの世界をもっとよくすることよ!」
後から知ったことだったんだけど、会長さんの親御さんは知らない人がいない企業グループの社長だという。
まぁ、なぜ、そんなご令嬢がこの学校にいるんだという疑問点は残るんだけどね。
「でも、いくらそんな私でも一人でできることに限界があることぐらいはわかっているわ!だからこそ仲間がいるの。そう、優秀で、私の言っていることを理解できて、人望があって、向上意識がある同士が!」
ちなみにあってまだ一時間も経ってない上に、交わした会話も文章に起こしたら原稿用紙1、2枚分くらいなものなんだけど。
「・・・申し訳ないですけど、会長さんの言っていることは理解できますが、涼香ならともかく僕がそのお手伝いをできるのかはわからないので、出来ればお断りしたいのですが」
そもそも、今この時間でも僕の勉強時間は減っている。
「なんで?正直言ってこれはかなりあなたにとってメリットが高い提案よ?この学校で一番偉い私と仲が良くなることは少なからずあなたの学校生活に良い影響があるはずだし、それに、私、こう見えて後輩の面倒見はいい方よ?困ったことがあったらなんでも解決してあげるわよ?」
「お言葉は嬉しいんですが、僕はこれから帰宅して勉強をする必要があるんです。正直高校生活を僕は勉強に費やすつもりなので、他のことにあまり時間を割きたくないんです。ですので、お断りさせていただきます」
そう言って、僕は会長に背を向けて帰路につこうとした。
「勉強?それだったら私が見てあげるわよ?ちなみに私、この学校だと学年一位なんだけど」
・・・なんだって?
「あなたがなんでそんなに勉強に対してストイックになっているのかは知らないし、あなたの成績が並以上だというのも知っているけど、正直、現状だと私の方が確実に学力は上よ?それに、ただ成績が良いからって生徒会長になれるわけじゃないって、あなたなら理解できるでしょう?」
生徒会長になるには、全生徒の投票による選挙で選ばれる必要がある。
つまり人望がなければいけないのだ。
人望とはつまり、人から信頼されるということ。
だから、その中には勉強を誰かに教えて、感謝されることもあるということが含まれるだろう。
「私は先生とも仲がいいし、もし行きたい学校があるならその情報を提供することもできると思うんだけど」
・・・汚い、というのとはちょっと違う。
単純にこの人はスペックが高いのだ。
それにものすごく真っ直ぐなのである。
僕が必要としているものを私なら提供できる、だから、その代わりに私に手を貸しなさい。
そんな提案をされたら、断る理由が、僕にはない。
僕はこの会長さんの姿に涼香の完成した姿を想像した。
かくして、僕はこの会長さん、もとい、藤崎先輩に陥落され、よくもわからない部活動に入部することとなった。