第五章 新しい朝が来て、パンドラの箱を開けて、希望だけのこった夜が来る。
とりあえず、朝。
もはや勉強なんかやってられなくなった僕はぼ~としていたら寝ていて、翌日になっていた。
体調、気分ともに悪いものではなかったが、自分で自分をコントロールできないことにすごく虚無感を感じる。
まぁ、可愛い友の姿を見ることができたから満足ではあるのだが。
朝食もそこそこに、学校にいく支度をすませる。
今日から、新しい学校生活の基盤が決まっていくのだ。
僕自身はなるべくなら穏便に過ごし、勉学に励みたいと思っているため、おとなしく一日が過ぎるのことに期待したい。
「おはよう、良太」
家の前に、涼香がいた。
相も変わらず、整った容姿である。
「昨日はどうやら友がお邪魔していたようね」
友は呼び出しをされたと言っていたけれど、どうやら涼香からの連絡だったようだ。
「まぁね。普通にちょっと話して帰っちゃったけど、高校のこととか聞かれたよ」
ちなみにだが、僕が友に対して抱いている気持ちは誰にも伝えてはいない。
出来れば墓場まで持っていきたいけど、実際にそうできるかはわからないというのが実情である。
「まったく、高校のことだったら私でも話せるのに何でわざわざ良太のところに行くのかしら、ずるいわよ」
ぷんぷんという擬音が聞こえてきそうなとがり口で自らの弟に対して文句をいう涼香を、道行く他校の男子高校生や男性会社員たちがかなりの高い確率で振り返る。
「まぁ、男目線でのことを聞きたかったんじゃないの?僕が友の立場だったら、進路のことだから同じく聞きに行ったかもしれないし」
最後のずるいという言葉を華麗にスルーして、友のフォローに入る僕。
「いーや、私が言っているのは高校のことどうこうではなくて、良太のところに行ったのがずるいってことなの!私だって、家のことがなかったら行きたかったのに!」
あ、いや、すいません。スルー出来ませんでした。
「まぁまぁ、別に隣同士なんだし、いつでも来れるじゃないか。それにたまたま昨日は来てなかっただけだろう?いつでもくればいいじゃない」
実際のところ、一年を通して涼香たちが僕の家に来る頻度を数えてみると、その実、三分の二を超えている。
「もう!そういう問題じゃないの!」
おそらく、これ以上この話題に対しての解決策を僕が見つけることは出来ないだろう。
でも、涼香はさっぱりしているので今日の放課後あたりになれば、何事もなかったようになっているはずだ。
だから僕は、苦笑いをしながら学校まで歩を進めた。
「はーい。それでは今から、委員会とクラスの係を決めます!」
担任の白川先生が、まるで砂糖のように甘ったるいアニメ声でそう言った。
先生の自己紹介の時は、コンプレックスなんです~と、言っていたが僕自身は全然ありだと思う。
「ではまず、クラス委員長から決めていきます。それが決定したら、そのままその子に進行してもらうから、よろしくね~」
なるほど。となると、
「それで、立候補したい人はいますか~?」
先生の促しの言葉。
イメージではあるが、大抵はこういう時だれも手を上げなくて、くじ引きだったりにもつれ込んだりするものだけど、
「はい」
そんな時、スッと、綺麗な姿勢を保ったまま手をピンと上げる女生徒がいた。
「あら、篠原さん、だよね?クラス委員長、やってくれるの?」
昨日初めて対面した生徒の顔と名前を一致させる先生にも、最初に抱いた感情とは違う感情を覚えたけど、やっぱり、やるんだな。
「はい。中学の時もクラス委員長をやっていたので、ぜひこの学級でも、やりたいと思っています」
もちろん、中学の時の涼香クラスの指揮系統はバツグンで、各行事や、テストでさえも平均以上の結果を残していて、今や伝説として名を残している。
「そうなの!じゃあ、バッチリね!ほかのみんなは?篠原さんで大丈夫かな?」
大丈夫でーす。とか、別にいいと思います。とかそんな声がところどころから聞こえ、特に反対意見は聞こえなかった。
「じゃあ、決定!篠原さん、一年間クラス委員長よろしくね」
「はい、がんばります」
今日の朝とは違い、優等生モードの涼香だ。裏表とかではなく、フォーマルな場ではああなると本人は言っていたけど、僕からしたみたら、フォーマルな場とは何ぞやという次第であった。
じゃあ、進行よろしくね。との担任の言葉で、涼香が教壇に向かい、その他の委員会とかを決めることになった。
そして、そこはさすが涼香といったところで、特に滞ることなくすいすいと決まっていった。
こういう時に本気にすごいと思うのは、各クラスメートの意見をきちんと聞き、必ずその意に沿うように決めていくことだ。
自分の意見をあまり口に出さない子にも発言を促し、やりたいことを聞き、それがたとえもう決まりかけているようなものだとしても、合理的に、そして筋道が通るようにまた話し合い、みんなの意見をまとめてしまうのである。
人というのは歯車であり、このクラスというのは、歯車が集まって出来た、いわばロボットである。
そして、歯車は一つ一つの形が異なり、そして性能も違う。
それをうまくかみ合わせて、ロボット全体を動かしていく必要がある。
涼香はその適材適所の歯車を埋めていくのが非常に上手いのである。
もともとの素質なのか、家の教育によってなのかはわからないけど、素直に尊敬できるところだ。
そして、その素晴らしい能力をいかんなく発揮してくれた涼香が、僕に与えたクラスの係は広告係だった。
何をするかといえば、連絡事項のプリントを黒板の横にあるコルクボードに張り付けるだけの係である。
あれ?これ僕このクラスにいらないって言われてないか?
「違うわよ。良太が高校では勉強に専念したいっていうから一番負担が少ない係にしたの!」
時は過ぎ、昼休み。
涼香と一緒に中庭で弁当を食べている時にこのことに触れてみたら、そう告げられた。
「何で、自分がいらないなんて発想になるのかがわからないし、そもそも私がそんなことを考えているなんて思われていることに憤りを覚えるわよ」
ちなみに、この学校には学食があり、安くて美味いと周囲の学校からも評判になる程なので、基本的にはみんなそちらの方に行き、中庭には人が少ない。
なので、結果的に二人きりになりたいカップルばかりがこの中庭に集まることになり、そういう意味ではここも有名な場所なのである。
何で、僕がそんなところにいるのかといえば、学食の方が圧倒的に人が多いし、どうせ涼香は僕と一緒に昼食を食べるだろう。
それならば、ということである。
「そうなんだ。悪かったね、変なこと言っちゃって。涼香は僕に気を遣ってくれたんだね。ありがとう」
僕は素直にお礼を言った。
確かにこれ以上に業務が楽な係はなかったし、そもそもで委員会は週一で集まらなければいけないから、クラス全員が何かしらの係に入らなければならないこの状況では、僕が一番望んだ待遇だった。
「っつ、わかればいいのよ!私が一番良太のことを考えているんだから、それさえ理解してくれればいいの!」
ただ、僕からありがとうと言われて、顔を真っ赤にする涼香はすごく可愛いと思うけど、そんな時は必ずと言っていいほど僕の奥底の方からぐぐぐっと謎の背徳感が生まれてきて、鎖のような、糸のようなものが全身を締めつけるのである。
あぁ、しんどいなぁ。
もっと、普通にできればいいのに。
「? どうしたの、良太。急に黙ったりして」
「・・・いや、別に何でもないよ。それよりもそろそろ昼休みも終わっちゃうから教室に戻ろう」
ちょっと、油断して黙りこくってしまった。
涼香なんか、特に聡明だから少しの情報だけで僕が抱えている爆弾の正体に気づいてしまう可能性がある。
だから、あまり不自然になるわけにはいけない。
この気持ちがばれた時、どうなるのかは正直わからないけど、僕はできるだけ隠し通したいと思っている。
「ちょっと、そこのお二人、待ちなさい」
教室に戻ろうと僕と涼香が立ち上がった時、後ろから声がした。
「あなたたちが、今話題になっている一年の美男美女コンビね!」
どこでそんな話題になっているんだろう。
否定しようと振り向いたこの時、僕は思いもしなかった。
振り向いた先にいた、この学校の現生徒会長、藤宮まどか三年生が、この先の僕たちにとってのパンドラの箱になることを。