第二章 終わってみれば早いがまだ始まっていない一年が始まる話
まさか同じクラスになるとは思わなかったが、なんと彼女と僕はクラスが同じだった。
一年だけでクラスが九つもあるのにもかかわらず、なんだこの偶然は。
「ふふ~ん♪」
にこにことあふれんばかりの笑顔を振りまく彼女は僕らのクラスである一年一組までの廊下でも視線を独占していた。
当然、その隣を歩く僕にも視線は注がれるわけだけど、多分、種類が違う。
なんか、視線に質量があるとして、彼女に向けられているいるのはふんわり彼女を包み込むような柔らかいもので、僕に向けられたものは全てを貫くレーザービームのような鋭さを持っている。主に男子からの視線だ。
「おっす!一週間ぶりくらいだな。良太」
教室に入ると、見知った顔がいた。
「そうだね。修司も同じクラスだったんだ。一年間よろしく」
桐山修司《きりやましゅうじ》。中学時代からの友人。同じ高校に進むことは知っていたけど、同じクラスだとは思わなかった。
「おう!篠原さんも、よろしくな!」
彼は人なつっこい笑顔と高身長、イケメン、サッカー部に所属していて部長を務めるという典型的なリア充なのである。
「ええ、よろしく。桐山君」
彼女はにっこりと笑い、そのまま自分の席の方へすたすた向かっていった。
「相変わらず、えらいべっぴんだよな。篠原って」
中学から一緒のため彼ももちろん彼女の存在を知っている。
「まっ、お前っていう旦那様がいるからお近づきになりたくてもなれないんだけどな。今日もそろって登校してきたみたいだし」
にっと笑う彼の笑顔を僕は恨めしい顔で睨む。
「たのむからやめてくれよ。僕と涼香は別にそういう関係じゃないって知ってるだろ?」
げんなりしている僕の顔を見てニヤニヤしている彼を見ているとイケメンっていうのはどんな顔をしていてもイケメンなんだなと世の中の不公正さを感じる。
「そう思ってるのはお前だけだと思うけどな。言っちゃ悪いが篠原はお前以上に距離が近い奴なんていないぞ?」
「まぁ、そうなんだけどさ」
彼女はそつなくなんでもこなす。勉学も、人間関係も、その他のことも。ただ、必要以上に誰かと付き合おうとはしないし、友達もとても多いと思うんだけど、どこか薄いガラスのようなものを隔てているように見える。……僕以外にはね。
「俺からしてみれば、何が嫌なのかがさっぱりわからないけどな。付き合っちゃえばいいのに」
この問答は、もはや何回したかわからないくらいしているのだが、それでも聞いてくるあたり、彼は彼女のことを好きなのだろうか?
「だから、僕には好きな人がいるんだって言ってるじゃないか。涼香のことは別に嫌いじゃないけど、他に好きな人がいるのに付き合うなんて最低なことはできないよ」
この返事も何回したかわからないな。
「だったら、篠原にそういえばいいじゃん」
「それはそれでこっちが困ることになるかもしれないからだめだよ」
「?どういうことだ?」
「……内緒。というか別に付き合ってって言われてないのに断るのは、自意識過剰だと思うけどね」
「確かにそうだけどな。けど篠原に関して言えば絶対お前のことが好きだろ。まぁ、俺があまり口出しすることじゃないのかもしれんが」
彼は純粋にいい奴なので、悪気があるわけではないのは知っている。単純に僕と彼女の関係性が気になるのだろう。
「……友達だよ。家が隣だからたまたま一緒に登校してるだけ」
「そか。俺はもったいない気がするけどなぁ」
そんな会話をしていると、チャイムが鳴って朝のHRが始まった。担任が入ってきて、今日の日程を告げる。この後は体育館で始業式をして、帰りのHRをして、それで解散だそうだ。
おそらく、帰りも彼女は僕と一緒に帰ろうとするだろう。
もうすでにクラスの男子から、彼女との関係性を知りたいのであろう僕への目線がすごいのだけど、どうやったら穏やかな学校生活を送れるだろうかと考えながら、僕は担任の話に耳を傾ける。