第一章 始まりは桜の季節から
季節は春。
桜並木が並ぶ通学路を僕、木本良太《きもとりょうた》は歩いていた。
中学を卒業した僕は、そこそこの進学校であるこの学校に進学した。
パンフレットに採用されているこの道を歩いていると、しみじみ、高校生になったんだなと実感する。
「おはよう。何で先に行っちゃうのよ。ひどいじゃない」
桜を眺めながらゆるゆると歩いていると、隣から声をかけられた。
それは聞きなれた声で、少しだけ怒気が入った声だった。
「別に、約束してたわけじゃないからね」
目線を桜から横にすると、そこには中学のときからの同級生、篠原涼香がいた。
さらさらと流れる黒髪を春風に遊ばせ、整った容姿に、起伏のあるスタイル、紺色のブレザーがよく似合っている彼女は、周囲の視線を集めていた。
正直こうなるのがわかっていたため、登校を一緒にするのはやめておいた。
僕はあまり目立ちたい方じゃない。
「だからって、いつもより30分も早く学校に行ったっておばさんに聞いたとき、ショックだったわ。良太は私と登校したくないんだって思って」
まさにその通りだったのだけど、別に彼女のことを嫌いなわけではないし、ここで正直に言って、傷つけるのも忍びない。
「ごめんごめん。新しい環境になって色々な人と出会えるなんて考えてたら、わくわくしちゃって、いてもたってもいられなくなったんだよ」
嘘は言っていない。
「ふーん……まぁそういう理由なら別にいいけど。昨日だって一言も早く行くなんて言ってないから、驚いちゃったじゃない」
言えるわけがなかった。
「…それに、勘違いされちゃうからね」
「?何か言った?」
「別に」
一言それだけ言って歩を進めた。
僕の作戦は失敗だろう。彼女は自分がとてつもなく美人で他人の視線を集めることに気付いていない。
もしくは、気付いてはいるのだろうがそれによって気苦労が増える人間がいることにまで気付かないのかもしれない。
いや、それとも、頭のいい彼女のことだ。全てを承知の上でやっているのかもしれない。
まぁでも、とりあえずは、周囲の視線が痛いから、早く教室に行こう。