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旧こちらアイドル異世界支部  作者: okd
第1曲「さぁ、始まりの唄を歌おう」
9/33

少年は並び立つ



そして。


誕生祭ハピリア前日。


毎日、親父との稽古に、アイとの稽古と、精力的に活動していた俺は、久しぶりの休みを味合うように、眠りについていた。

流石に誕生祭ハピリア前日ともなれば、稽古はもうないのだ。

そんな、惰眠に興じていた俺は揺すられる感覚に目を覚ました。

寝ぼけ眼をこすりながらゆっくりと起き上がる。


「……ん、おはよアイ……!?」


そして、気付く。

この手はアイの手ではない。

ボヤけた瞳に映るのはゴツゴツとしたこの手に髭が似合うダンディな男。

俺は即座にベッドから跳ね上がり、ファイティングポーズを取る。


「シャーーー!」


ついでに威嚇も忘れない。



「……おう、何してんだ?」

「……あんまんと思って食ったら肉まんだった感じだ」

「……そうか」

「おう」


ダンディな男。

親父に声をかけられた俺は平然とそう誤魔化しながら、寝癖のついた藍色の髪をそっと手櫛で整える。


「……んで、なんだ?」

「……着いてこい」


親父はそう言って背を向けて歩き出す。

明日死ぬとかじゃないよな?。

俺はいつもと違う親父を不安に思いながらも、とりあえずその背中を追った。


普段、親父が俺を起こしに来ることなんて滅多にない。

それに、口下手な親父ではあるが、有無を言わせない態度を取ることはない。

しかも、久々の休みを満喫しようと思っていたのだ。

気分も良くはない。


そんな風に考えながらも、今は着いて行こうと俺も足を進めていく。


家を出れば当然のように広がるのはユミ畑だ。

朝焼けを見ながら、「まだこんな時間かよ」と1人ゴチる。

そんな中で通い慣れた道を親父はドシドシと進んでいく。

時折俺をチラチラと見ながら。


ーー何なんだいったい。


そう思いながらも声を掛けづらい雰囲気だ。

だから、なんとなく歩調を合わせながらもそれに着いていく。

視線の先には親父の背中に、少しだけ伸びた影。

そして、親父が踏み締めた足跡が視界の端に入る。


チラ。チラ。


何なんだよ!。


そんな親父の視線がもどかしさを加速させて行く。


「あぁ!もう!なんだよ親父!」


どれくらい沈黙を続け歩いただろうか。

俺はついに悶々とした感情を吐露させた。


「……」

「……」


親父が振り返り無言で視線が合う。

無駄に長い緊張感が俺の心を揺さぶる。



「……散歩だ」

「……?ハ?」


そして、呟かれた親父の言葉。

しかも、その表情は何故か気恥ずかしそうで。

俺はポカ〜ッ。と口を開く。

あまりに予想外すぎて言葉が出なかった。


「……」


そんな俺を置いて親父はまたドシドシと歩き出す。


「えっ?おい!親父!?」


俺は思考が追いつかず、それでもドシドシと歩く親父を呆然と見送る。


「……?」


そして、幾らか歩いたところで、親父はまた立ち止まる。


今度は、振り返る事もせずに。




「……でっかくなりやがったな」

「……ッ!」


そう、呟いて。

まだ、日も登りきっていないこの時間はやけに赴きがある。

背の高いユミは風に揺れ、影を伸ばす。

踏み締めた土は、影と光に彩られて。

人通りが少なく、澄み切った風が頬を撫でる。


ーーだからか、その言葉はやけに響いた。


親父はまたドシドシと歩き出す。

それはまるでその背中を俺に見せつけているようで。



「……ずるいじゃねぇか親父」


思わず言葉が漏れた。

いつも不器用で感情を口に出さない親父。

よく子供に怖がられて困った顔をしてた。

俺に親父の心情を理解する事は出来はしない。

まだ、親になった経験などないのだから。


それでも、不器用な自分の親父が、この言葉を発するだけで、その心の一部を察するに余りある。

自分も同じような気持ちだったのだから。


今前を歩く親父の背中は、幼い頃から見てきた背中だ。

あの日の教会から飛び出した俺を背負っていた背中だ。

それを見つめる俺の心は、親父と似通ったものだろうとあたりをつける。


一言で言うなれば、感慨深い。

そして、あまりに簡単に理解できた。


ーーこれは親父なりの別れの挨拶だ。


だから、少しだけ、子供らしい事を言いたくなった。

この感情をなんと呼ぶのか。

この高揚をどう表せばいいのか。


ただ今は、無性に叫びたくなった。


身体に勝手に力が入る。

肺が大きく酸素を吸い込む。

そして、言葉にした。


「親父!心配すんな!俺は親父を超えてやる!それが俺の親孝行だ!……だから、……だから!文句あるかよ!」


朝日は少しだけ位置を変えていて。

もうすぐ、アイが家にやってくるだろう。


「……生意気言ってんじゃねぇ」

「うるせぇ、親父なんて直ぐに超えてやる」

「何言ってやがる、10年はやい」

「3年で超えてやる」

「剣も碌に振れねぇ奴が言ってじゃねぇ」

「俺は神子だぞ、本気出したら親父より強いからな」

「馬鹿やろう、まだ負けてやらねぇぞ」



それでも、この親父が誘ってくれた散歩にもう少しだけ付き合ってやろうと、俺は親父の隣を歩いていく。

でも、たった一言俺は心の中で親父に言葉を紡ぐ。

だって俺達にはそんな会話は似合わないから。



ーーなあ親父、俺は明日旅に出るよ。


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