領主は立ち上がる
「こんちわー!」
「お邪魔しますー!」
カラン。カラン。と開かれた扉が心地いい鈴の音を鳴らす。
俺とアイが向かった先は「木々の宵越し」。
そこは、夜になれば騒がしい酒場に様変わりするが、人気のない今は、木々で整えられたその場所はどこかクラシックな雰囲気を醸し出している。
「はいよ!うちはまだ……なんだい、2人かい」
そんな店の奥から現れたのは、ミザリー・ローブその人だった。
キツイ目つきに、少し威圧感のある雰囲気を醸し出しながら、赤い髪を三つ編みをおさげにしたミザリー。
見る人が見れば少し遠ざけたくなるような風貌だが、アイにとっては気のいいお姉さんのような存在だ。
「えへへ、今日はね〜、ライルが用事があるんだって」
「まぁ、用事って言う用事でもないけど……」
アイは愛嬌のある笑顔を浮かべながら、対照的に俺は仏頂面でミザリーへと話を切り出していく。
なんとなく、緊張する。
いつもそうだ。ミザリーを前にすれば俺はそう思う。
簡単に言うなら、俺は、ミザリーが少し苦手だった。
それは、なんとなく、男であるならこの人には敵わないと言う生理的な問題なのかもしれない。
あの、親父でもコハクさんでもミザリーには頭が上がらないのだから。
そう言うものを見てきたイメージもあるのかも知れない。
「へぇ、ライルちゃんがね、なんだい?」
「なんだい?なんだい?」
そんな俺の気を知ってか知らずか、ミザリーはニヤニヤと笑顔を浮かべて、アイもその横に立ち、子供のように、そのマネをする。
アイは俺とは対照的にミザリーに懐いている。
「……アイは、知ってんだろ?」
「えへへ!」
俺は、一度溜息をつき、アイはそれに破顔する。
ミザリーもそんな俺達に微笑を浮かべて。
「はー」と思わずため息が漏れる。
この二人が揃えば相変わらず面倒臭い。
「で、なんなんだい?」
「……いや」
別にたいしたことではないのに、改めて問われるとなんとなく言いにくいのは、ミザリーだからだろう。
「ん?アレのことでかい?」
「あれ?ライルもう言ってたの?」
そんな、俺に痺れを切らしたのか、ミザリーは、そう問いかけ、アイも同じく、疑問の表情を浮かべる。
「アレってなんだ?」
しかし、それは俺も同じで、ミザリーの質問の意図はわからない。
三者三様の疑問を浮かべながら、一瞬の沈黙。
そして。
「ほら、ライルちゃん旅ーーー」
「ーーあぁ、俺言ってたか、そうだよ誕生祭にちょっとやりたい事があってさ、それのお願いだよ」
慌ててミザリーの言葉を食い止める。
馬鹿じゃねぇの?馬鹿じゃねぇの?。
俺は、訝しげな表情を浮かべるミザリーに、必死で目で訴える。
(ーーアイには言うな)
(……そういうことかい)
絶妙なアイコンタクトである。
「……あぁ、そのことかい、であたしは何をすればいいんだい?」
「え?あ、うん、えーと、ライルなんて言ったらいい?」
「……話は簡単なんだけどさ、誕生祭の日にちょっとさ、大広場を確保して欲しいんだ」
アイに気づかれなかったことに内心ホッとしながらも、俺もミザリーへと話を切り出していく。
何故、ミザリーが、知っているのかは知らないけれど、きっと親父が零したのだろうと当たりをつけて、「なんでだい?」と訝しげな表情を浮かべるミザリーに本題を勧めていく。
理由、やりたい事、必要な事。
そんな事を並べながら、ミザリーとの会話を勧めていく。
誕生祭はもう少し。
ミザリーとの話を勧めながら、俺は、旅に向けての想いを募らせた。
★
リルムバードの町。
その町はフランソワの町とは違い、ダンジョンへと繋がる宿場町としての機能も果たしており、冒険者達が集う場所でもある。
その町の、城壁から数分の所に冒険者ギルドは存在していた。
依頼が貼り出された掲示板に、報酬や依頼の管理を行う受付。
そこは酒場と宿の機能も果たしている。
三階建てのその建物は、一階がギルド兼酒場であり、二階と三階が宿になっている。
そして、その宿の一室。
その場所に2人はいた。
1人は薄い空色の髪にモノクルを掛けた男。
それに相対するようにソファに腰を掛けるのは、炎ですら燃えつくすような真っ赤な髪を短く揃え、ドシリと重そうなバスターソードを横に立て掛けた偉丈夫だ。
歳の頃は40を過ぎた頃だろう。
顔には、幾つかの皺が刻まれ始めている。
「……でなんの用でさ?」
先に話を切り出したのは赤髪の男の方だった。
彼は猛るようなその赤い瞳をモノクルを掛けた男ーーコハク・リルムバードに向ける。
コハクはテーブルに置かれた紅茶をズー。と口に含むと、その瞳を見つめ返した。
「……僕も忙しい。簡潔言うとしよう」
そう言いながらもコハクは優雅にカップをテーブルへと置き直す。
含むように呟いたその言葉に、赤髪の男ーーリルムバード支部冒険者ギルドマスター、フラム・アクベクド猛るような瞳をグッと細める。
「冒険者をフランソワの町に寄越してくれ」
当然そのことだろう。
フラムにとってそれは分かりきっていた言葉だ。
だから当然、返す言葉も決まっていた。
「……断らしてもらいまさ」
「……だろうね」
「えぇ、まぁ、何も意地悪じゃあないでさ、領主様も分かっているとは思いまさ」
「わかっているよ、フランソワの町よりも今この町方が魔物の影響は大きいからね流石に領主としては怒れないよ……で何かわかったかい?」
冒険者と言う職業は、ルールで縛ることは出来ない者達だ。
彼等は自由に旅をして、自分の命を誰に守られることもなく生きているのだから。
その代わり国や領主の保護は受けられない。
ただ、ギルド支部がある町となれば、支部が町を守る役割を果たす義務があることもあるのだがーー
「まだでさ、原因さえわかりゃ、また違ったんでしょうが……今は違う町のことまでは無理でさ」
ーー それも今回は適応されないものだ。
いや、もはや枷になっていると言ってもいい。
厳密に言うなれば、今、この町でそのルールが適応されているからだ。
つまり、冒険者ギルドはこの町から動けない。
それは国との約束。
領主ぐらいのお願いでは覆ることないルールだ。
「……そうかい」
「申し訳ねぇでさ」
「いいさ、駄目で元々だったんだ」
コハクは、ソファに腰掛けていた上着を羽織りながら立ち上がり、それを見送るように、フラムも応じる。
「領主様」
「ん?」
「この町だけは守り抜きまさ、力にならなくて申し訳ねぇでさ」
「頭を下げないでくれ……あぁ、でもーー」
見送りながらの会話。
コハクは扉の取っ手に手をかけながら、訝しげな瞳を浮かべるフラムにポツリ。と呟いた。
「ーー僕が勝手に声を掛ける分には問題ないよね?」