少年少女は散歩する
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花の街フランソワ。
その町はそう呼ばれていた。
季節毎に様々な実りを見せ、そのほとんどが美しく花を咲かす。
まるで花に囲まれたように佇むその町だからこその由縁だ。
町もこの時期はいつもより騒がしい。
屋台商人達が、仕入れを行い飾り付けを始め、住人達はそれに呼応するように、町を行き交う。
そんな町が、ーー俺が住むフランソワの町だ。
ここが、俺が育ってきた町だ。
目的地はあるにはあるが、今日はただ祭の前の雰囲気を味わいにアイと2人で散歩がてらにやって来ていた。
……それに旅に出る前にこの町を見ておきたかったからだ。
「ライル、今年もやるのかな?あれ」
「なんのことだ?」
言いながら俺の周りでキラキラとした瞳であちこちに視線を移すアイ。
周囲の人々も微笑ましいものを見るようにそんなアイを見つめていた。
俺まで気恥ずかしくはあるが、アイは領主の娘で、人柄も良く天真爛漫で……何より可愛い。
と、この町にとってマスコットのような存在だから仕方ない。
「あれだよ、あれ!バン!てするヤツ」
「あー射撃的なヤツな」
「ん?射撃って何?」
「……違う、シャーゲッキさんだっただろう確か店の人」
「んーそうだったっけ?」
……やっちまった。
それはそうだ、前世の記憶など親父以外に話などしていないし、する気もない。
けれど、たまにポロっとそんな言葉が出るのは気を許しているアイだからだろう。
自分の事なら大体知ってくれているような気がしてしまうのは。
まぁ、だからこそ言いづらい事もあるのだけど。
……例えば、旅に出ることとか。
「……まぁ、言うつもりはないけどな」
跳ねるようにして歩くアイを視界に入れながら、俺は1人そう呟く。
「アレはどうかな?」
「次はなんだよ」
その言葉に微笑みを浮かべながら、俺は再度アイの隣に並ぶ。
それが、俺達にとっての当たり前の距離だ。
8歳の頃からこの町で、同じように育ってきた。
同世代と言うものが少ないこの町で、当たり前のように2人で歳を取ってきた。
思春期ならではなんてものは、多くの同世代がいてこそだろう。
違和感を覚える事もなく、2人で過ごして来たのだから。
それは前世を思い出した俺であってもだ。
「なぁ、アイ?」
「んー?」
「……いや、なんでもない」
「なに?すごく気になる!」
ただ、旅に出ることを決めたからか、俺はこの当たり前の時間を、日常を噛み締めるように、瞳に残す。
できるだけ、態度に出さないようにして。
「……いや、アイといると落ち着くなって」
「……なんかそれ凄く照れるね」
だからなのか、今は随分とゆっくり時間が流れているような、そんな気がして。
俺だけでなく、アイもフッと微笑みを浮かべる。
「ねぇ、ライル」
「ん?」
「……もうすぐで大人だね」
「……大人かぁ」
そう言って俺は自笑する。
石畳の道を見つめて。
14と言う歳。
前世の記憶じゃ、まだまだ大人と呼ぶには遠い。
けれど、前世と合わせれば30を過ぎている自分。
だけど、思春期しか過ごしていない俺を、果たして大人と呼べるのだろうか。
「……うん、誕生祭が終わったら、王都にある学校に通って……」
そんな俺の隣でまるで、空に夢を一筆で描いていくように未来を語っていくアイ。
俺はそんなアイを、ただ見つめて。
「……それでーー。ーーねえ、ライル」
「ん?」
そして、最後に鈴の音が響くような透き通った声が俺の耳に届く。
そんなアイの表情に少しドキッとした。
不意に合ったアイの瞳は、どこか切なげで、悲しげで。
なのに、ガラスのように儚げで、あまりに綺麗で。
ーー少しだけ、胸が高鳴った。
「……どうした?」
気がつけば、そう口にしていた。
「……ううん、なんでもない」
けれど、そう答えたアイにそれ以上はもう聞けなくなった。
「……そっか」
「うん、そうだよ!ほら行こう、ライル」
だってそれは一瞬のことで。
気がつけば、もういつものアイがそこにいて。
ホッとして。
俺も、この居心地の良い空気に触れて静かに頷いた。
「……もうすぐか」
俺は少し先を歩いていくアイの背中を見つめて、改めて実感する。
ーーそうか俺は旅に出るのか。
だけど、別れ道も、目的地も、まだ少し先で……。
今はただ、俺はゆっくりと歩を進めていく。