父は威厳を持つ
★
ライル達が稽古に勤しむ時間。
フランソワの町の大広場の前に佇む店。
『木々の宵越し』と掲げられた木製の看板。
その店内でカラン。と木製のコップから氷の音が響く。
誕生祭を控えるこの時期になれば、皆が仕事を早く切り上げる事で、この酒場も普段より賑わいを増す。
「……そうか、にしても、ガルド、いいのか?」
「いいも悪いもねえよ、あいつが決めたんだろうよ」
その一席、向かい合わせで言葉を交わすのは、ライルの父、ガルド・ソフランと、アイの父であり、ガルドの幼馴染のコハク・リルムバード。
話は、ライルが旅に出るという話題から始まっていた。
「……わかった、もう聞かないさ、僕もお祝いしなくちゃな何をあげようか……にしても、ライルくんがな、アイの婿にしようと思ってたのにさ」
いつもながら、いや、いつもより、不機嫌でぶっきらぼうな幼馴染に、お手上げとばかりにコハクは肩をあげ、話題を変える。
「馬鹿言え、釣り合わねぇよ」
「そうでもないよ、ライルくんは市民だけど、神子だろう?それにウチは田舎貴族だしね」
「……釣り合わねぇよ」
たわい無い世間話。
ガルドは、改めてそう呟くとコップに入った酒を勢いよく煽った。
自分の息子を頭に思い浮かべながら。
「なぁ、コハク」
「ん?」
「……いや、なんでもねぇよ」
ガルドはそう言うと、気まずさを逸らすように、片手を挙げ店員に空いたコップを渡し、追加の酒を頼む。
ーー俺はいい父親だっただろうか?
この幼馴染に尋ねるのは流石に気恥ずかしかったからだ。
そんなガルドを悟ってか、コハクは微笑みだけをガルドに向ける。
「……なんだよ」
「いや、別に」
感慨深いものがあったからだ。
14の頃ガルドも旅に出た。
それを見送ったコハク。
そして、もうすぐ、自分達の子供達が同じように大人になって行くのだから。
そんな事を思えば、歳をとったなと、コハクはもう一度苦笑を浮かべた。
「はいよ」
「おう」
「ライルちゃん、旅に出るんだってね」
言いながら冷えた酒をガルドに押し当てるように差し出すのは、この店の店主、ミザリー・ハーブ。
ガルドや、コハクにとって、古い付き合いのある1人だ。
もちろんの事、ライルとも顔見知りで、可愛がっている子供の1人だ。
狭い町なのだから、人と人との関わりが多いのだ。
それに、酒屋の店主ともなれば、それなりに人付き合いも多くなるものだ。
「なんで、知ってんだよ?」
「あんたの声は大きいからね、聞こえてたよ」
「そうか、……誰にも言うなよ、あいつに怒られちまう」
「……でも、大丈夫なのかい?、最近魔物の噂が絶えないけど」
ミザリーはそう言って、コハクの顔を伺う。
領主ともなれば、その真偽くらいは知っているだろうと言う思惑だ。
そして、ライルの心配はもちろん、それに加えて誕生祭への心配を混ざっている。
「……確かに、最近は魔物の被害が増えてる、けれどこの町にいる限り、僕が対処するさ」
コハクはそう言う。暗に誕生祭は決行するのだと。
「なぁに、心配ねぇ、ライルも俺が剣を教えてんだ」
ガルドも、そのままライルへの心配だと受け取り、そう返事をする。
けれど、不安なものは不安なのだろう。
誤魔化すようにして酒を口へと運ぶ。
「……そうかい、それにまぁ、ライルちゃんはいい子だしね、心配しなさんな」
「……なんだってんだ」
ミザリーはニヤニヤとガルドにそれだけ告げると仕事を再開する。
「あぁ、確かにライルくんなら大丈夫だ」
そして、改めて、コハクは酒を煽り続けるガルドにそう告げる。
その姿に、よくよく考えれば、ガルドは心配だったのだろうとコハクは理解したからだ。
普段は強がりなこの幼馴染が、自ら自分を誘った意味を。
「なぁ、ガルド」
「ん?」
「心配か?」
「……うるせぇ」
きっとこの強がりな幼馴染はその問いに答える事はないだろう。
ーー感謝するよ。ライルくん。
コハクは、この町に帰って来た頃のガルドを思い出す。
ボロボロの身体に、荷物もなく、たった一人の子供の手だけを握って連れ帰って来たガルドを。
一目で魔物に襲われたのだろうと理解できた。
芸団の仲間達はどうなったのかは知らない。
その当時の事をガルドは語りたがらなかったが、推測はできた。
それでも酒に溺れる事もなく、廃人になる事もなかったのはライルのおかげだろう。
コハクはそれを知っていたのだ。
ライルの存在がこの強がりなガルドに父としての威厳を持たせたのだとーー。
「……にしても」
ガルドはポツリとそう呟く。
昨夜聞いたライルからのお願い。
それを思い出していた。
「……なぁ」
「ん?」
「お前の娘はやっぱり、王都の学校へ行くんだろ?」
「……あぁ……アイには内緒なんだろう?ライルくんの旅立ちは」
「あぁ……」
コハクにはガルドが今何を考えているのかはわからない。
けれど思い出すのは、自分の娘とライル。
ーーそして自分とガルド。
「まぁ、なんとかなるか」
「あぁ、なるさ」
改めて、カラン。コップを鳴らす。
木製のコップ同士の音は存外悪くない。
ガルドもコハクを酒を飲み干して、自分の中のモヤを胡散させる。
決めるのは自分達ではない。
行く道をただ見守ることが今の2人の立場だから。
「……なぁガルド、覚えてるかい?」
「ん?」
だから、今は友人との思い出を語り始めようじゃないか。と。