少年は剣を持つ
ーー1ヶ月後。
「ライル!何回も言わせるな!死にてぇのか!」
ユミ畑の一角で親父の怒声が響き渡る。
俺は肩で息をしながら、そんな親父の木剣をいなす。
これは、あの日からの日課。
俺が前世を思い出した日からのだ。
いや、正確には、あの日からより激しくこの稽古をするようになったと言うべきか。
「よし!これまでだ」
「うっす!」
親父のその一言に木剣を下ろし、息を整える。
やっと終わった……。
そうホッとしたのもつかの間、俺は隙をつき振り下ろされたガルドの剣を見切り、反射的に木剣を構えなおし躱す。
「いい感じになったじゃねぇか」
「いや、普通に危ないからやめろよ」
親父は肩に木剣を担ぐと不敵に笑う。
それも親父なりの優しさなんだろう。
この世界では、芸団に限らず旅をするの者は、戦えなくちゃいけない。
当たり前だ。魔物や盗賊が跋扈するこの世界で、武器もなく旅をするなんて命知らずでしかない。
冒険者を雇う商人だって、丸腰ではないのだから。
「よし、終わりだ」
「おう、疲れた」
「さぁ、もうすぐ誕生祭だ、おめぇもそろそろ休んどけ」
「うっす師匠」
「情けねぇ弟子だがな、魔物には気をつけろよ」
敬礼を一つビシッと決める俺に、親父はそう言って大袈裟に笑う。
「俺は用事があるから、ここで解散だ」
「了解!」
俺は、そう言うと親父に木剣を預け、駆け足でいつもの場所へと向かう。
「……子供の成長ってのは早いもんだな」
そんな声が聞こえた気がした。
誕生祭。
この国では、誕生日という概念はない。
同じ歳に産まれた者達は、みんな平等に歳を取っていく。
その一年もいう単位の節目となる日が誕生祭だ。
この日に人はみんな等しく歳をとる。
なので、毎年お祭り騒ぎとなるのが恒例だ。
もちろん、俺が住むこのフランソワの町だって例外じゃない。
誕生祭を1週間後に控えた今の時期は町は賑わいを見せている。
つまり、俺が14になる日も迫って来ていた。
その日に俺は旅に出る。
稽古を終え、一度帰宅した俺はそんな騒がしくなった町の通りを抜け、ご近所さんの家に向かう。
見えてくるのは館。
勝手知ったるリルムバード家の館だ。
アイ・リルムバードが住む家だ。
リルムバード家は貴族位を持つ家だ。
だからと言って、物凄く金持ちと言うわけでもないらしい。
このフランソワの町と隣町のリルムバードを領地に持つ貴族で、位はそこまで高くないが、老舗の貴族だ。
昔、冒険者であった先祖が、リルムバードの町で活躍し、第二級守護位の貴族位を貰ったらしい。
まぁ、そんなこんなで今の地位があるのだが、善政を敷きながらも、貴族位に拘らないリルムバード家は民衆に人気があった。
そんなリルムバード家を、俺はいつも通り顔見知りの警備の騎士に挨拶をして門を通り抜ける。
「おう」
そして俺は、そこにいた人物に声をかける。
いつから待っていたのか、そこには既にアイが待ち構えていた。
「ライル遅いよ」
「ごめんちゃい」
そんな軽口を叩き合い、一月前からいつもの練習をしている場所へ向かう。
ヤモミの木の下。
この場所を選んだのは、そこが昔からの俺達のいつもの場所だったから。
「稽古、大変?」
「まぁまぁかな」
俺は稽古で疲れた身体をほぐすようにノビをして。
準備をしながら、言葉を交わす。
「……ライルな最近変わったね」
俺を見つめながらアイは呟いて。
「そうか?」
「うん、楽しそうだなって」
「そっか、アイはどうだ?この稽古とか」
「楽しいよ、ワクワクしてる」
「そっか、なら良かった……っと」
人払いを済ませた俺達だけの空間。
逢引ではなく、計画の為だ。
所謂秘密の特訓というものだ。
準備を整えた俺はそれをアイに渡す。
「…よし、じゃあ、始めるか」
「うん」
アイはそう言って、静かに息を吸い込み、声を吐き出した。
瞬間、ゆっくりと風が舞う。
これはアイの加護だ。
地面に落ちた葉が生き返ったように動き出す。
アイの髪が微かに揺れ、俺の頰を心地良い風が打つ。
そこはまるで魔法の空間。
「僕は行くよ、あなたが残したこの道を」
誰もいないこの場所で、響き渡るのは、静かで、澄んだ声。
ほのかに揺れるように動くそのリズムは、この世界にはまだ存在していない。
俺だけが知っている秘密の「唄」だ。
同時に、アイはミルムの楽器を弾く。
親父が仕舞い込んでいた音がギターに良く似た楽器だ。
「あなたに貰った愛を唄にして僕は行くよ」
俺は静かに唄に耳を傾ける。
心地の良い声が身体に染み渡っていく。
ーー親父楽しみにしてろよ。
その唄を聴きながら、俺はそんな事を考えて。