少年は起き上がる
★
「ーーはっ!」
木製の部屋に木製のベッド。
そして、木製の家。
その場所で俺は目を覚ました。
「……なんだってんだよ」
胸が暑く、乾いた口内が気分を落とす。
少年、名前をライル。
自分の瞳を抑えながら、呼吸を整え俺は周りを見渡した。
頭が重く、呼吸が荒い。
俺は、しばらくの間呆然として、そして、
「……視たのか前世を」
そう呟いた。
俺は、息を整え終えるとそれをすぐに理解した。
想い出すのは、意識を失う前に疼きだした瞳。
そして、自分が今いる場所を確認するように再度周囲を見渡した。
地球とは違う文化を持った世界。
加護や魔物が跋扈するこ典型的なファンタジーな世界。
それが今の俺の世界。
見慣れた自分の部屋を確認して、ホッとする。
「アイドル、読書、そんで……親不孝か」
そして、次に確認するのは、混ざり合う2つの記憶。
前世の記憶。
そして想い。
天城唯として生きた自分の事。
それらを紐解くように俺はそれを言葉に出す。
「母さーー」
「ーーライル!」
「イェスアイムライル!」
そんな紐を解き切る前に現れたのは突然の来訪者。
少しばかり混乱した俺は思わず、口走る。
「へ?ライル!大丈夫!?」
部屋に入ってきたのは1人の少女。
いつもと違う俺に、心配になったのか勢い良く肩を揺らす。
「打ち所が悪かったのかな?ライルわたしがわかる?ねぇ!」
必死な形相を浮かべる少女に俺は苦笑する。
混乱していたのは確かだが、自分より混乱している少女を見ると、幾分か気持ちが楽になって行くような気がした。
「落ち着けアイ」
だからか、そう、すんなり言葉が出た。
「ライル……良かったよ」
「……おう」
ホッとしたように、言葉を漏らす少女。
翡翠色の髪に同じ色をした瞳の持ち主。
俺と同い年の13歳。
アイ・リルムバード。
藍色の髪と瞳をした今の世界の俺、ライル・ソフランのご近所さんだ。
「……心配したんだからね!急に倒れるから」
「ん、まぁ、ごめんちゃい」
「ん、許しましょう」
いつものような軽口を叩いて、アイと微笑み合う。
「落ち着いたか?」
「うん、ライルは神子だもんね、大丈夫だよね?」
落ち着きを取り戻したアイは「えへへ」と笑い。
「……あぁ、そうだな……親父はいるか?」
「……うん、ユミ畑にいると思うよ」
「んじゃ、ちょっと行ってくる」
「うん、病み上がりなんだから、無茶しちゃダメだよ!」
俺は、一度アイに右手を上げ、了解のポーズをとりながら、微笑みを返してベッドから這い出ると部屋を出た。
「……転生ってヤツか?」
パタン。と扉を閉じてそう漏らす。
前世の記憶を辿れば、そう結論が出たからだ。
転生けれど、その言葉への微かな違和感。
それは、ただ、思い出しからだろう。
前世を自分を。
不思議と素直にそれを受け入れる事ができたのは、俺の加護のおかげだろう。
ただ、疑問に思うのは自分は何故そうなったのだろうか。
何か理由があるのだろうか。
そこまで考えてーー
「神子ね」
ーーそう納得した。
苦笑を浮かべ漏らしたのは今の自分の事。
「神子」ではなく、「忌み子」の少年。
俺は自分の事をそう思っていた。
「……まぁ、折角だしな」
ーーそして、それが、きっと自分が転生した理由で、原因なんだろう。
確かにそうじゃなきゃ、自分は向き合う事もしなかったかもしれない。
それに、こんな機会でもなければ自分は言う事などないかもしれない。
告げる事などなかったかもしれない。
ーーこれも加護ってものだろうか。
そう思い、自笑して、家を出る。
けれど、秘めたのは確かな決意と少しの緊張。
自分としての自分として。
今はまだ、自分が曖昧だが、それでもやる事はきっともう決まっているのだろう。
たぶん自分は自分のための自分なのだから。
なんとなく、こんな曖昧な状態だからこそ、俺は乗せられて見たかったのかもしれない。
ーー今も溢れ出す自分の想いに。
家を出て、数メートルの距離を歩けば、一面に広がるユミ畑にこの世界で2人目の親父がいた。
名前をガルド・ソフラン。
「おう、起きたか、バカ息子」
「この通り」
親父は、そんな俺を見て訝しげな目をしていた。
そして、何かを察したのだろう。
「……何を視たんだ?」
そう呟いた。
相変わらず、察しが良い。
小麦色の肌に黄金色の髪に無精髭を生やしたこの親父は自分以上に瞳に加護を持っているんじゃないだろうか?
そんな事を思いながら、俺は苦笑して。
「前世」
親父の問いに完結に答えた。
これが、いつもの俺と親父の距離。
当たり前の事に、当たり前の距離に。
先程までの緊張は少し落ち着いた。
「……どうだったんだ?」
「今と一緒だよ、最低の親不孝者だった」
俺がそう言うと親父はしかめっ面を浮かべ。
「お前は親不孝じゃねーぞ?」
親父のその一言に俺は黙って首を振る。
だって、親父はーー俺の過去を知らない。
7歳までの俺を、親父は知らない。
「ちょっとついて来てほしい」
そう言うと親父は一度肩をすくめ、持っていた桑を降ろし、付いてきてくれる。
なんだかんだ優しい親父だと思う。
俺が向かったのはユミ畑に寄り添うように建てられた小屋だ。
ここに、ユミ畑で使われる農具がしまってある。
……そして、ずっと隠して来た過去も。
逃げ続けて来た過去だ。
いざ向き会うとなると、少し心が揺れる。
似合わないよな。
今日は少しだけいつもの自分と違うと自笑する。
けど仕方ないだろう。
今は少しだけ記憶が混濁しているから。
「ここにくんなら桑を持って来ればよかったな」
「……今日はもう終わりなのか?」
「バカ息子の一大事みたいなんでな」
押し寄せて来るのは少しの緊張。
そんな俺に気づいたのか、そうじゃないのか。
ただ、そう言ってニヤリと笑う親父。
そんなブレない親父に少しだけホッとした。
そして、俺は一度呼吸を整え、話を切り出す。
「……ここには俺の宝物が2つ隠してある」
小屋の端。
そこの板をひっくり返すと小さな箱型の空間に、それはあった。
俺はそれを掴み親父の前へと差し出す。
「これ、覚えてるか?」
「あぁ、……まだ持ってたのか」
「おう、親父からの初めての貰い物だからな」
それは親父があまり話したがらない過去。
親父が親父になる前の思い出。
旅芸団「妖精の魔法」のエンブレムが入ったバッジ。
元「妖精の魔法」団長ガルド・ソフランからの貰い物。
俺は7歳の頃、当時、旅芸団をしていた親父に拾われた。
旅芸団をしていた親父はいつも口癖のように「俺が世界一の旅芸団にしてやる」と言っていた事を覚えている。
その一員となった証に俺はこれを貰った。
「……んで、もう一つは?」
「……」
当然のように親父はこの話題を話す気はないと続きを急かす。
でも、今はそれでいい。
話すと決めたのは俺の方だから。
唾を飲み込み。
それを取り出す。
もう一つの布に巻かれたそれ。
「……これは?」
俺は、親父のその問いかけに応えるように、巻かれた布をスルリと解いて見せる。
話すと決めたのに、唇が震える。
怖いのだろうか、そう自問自答する。
……ああ、怖いに決まってる。
ずっと隠して来た過去を晒す。
親父の子供じゃない自分を。
それは筆舌しがたい不安だ。
「フー」と緊張を誤魔かすように息を吐く。
ーーでも話すと決めたから。
チラリと親父の顔を伺えば、黙って見守るように頷いた。
その姿を見てやっぱりな。と。
俺は、改めて前世を思い出した理由を理解させられた。
俺はそれに頷き返し、意を決し、言葉を、過去を紡ぐ。
「ライル・リヴ・アルスター俺の親父に拾われる前の名前だ」
もしも転生に理由があるとして。
ーーきっとそれは。
この世界に、「親孝行」をしに来たんだろう。