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ある魔眼持ち薬剤師の日常 ~連載版~  作者: カスミ楓
第一章 白竜さんとカレー
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「ふ、うーん」



 お店の前で大きく背伸びをしました。

 時刻は朝六時。

 大通りに面した場所で、この時間でも人通りは多く、行き交う人々が忙しそうに歩いています。

 早い人だと朝日が登ると同時に行動する人もいます。また、逆に夜は日が落ちると人通りは途絶え始めます。

 大抵夕飯を食べたあと、夜八時から九時には寝る人が殆どではないでしょうか。

 この世界、朝と夜は早いんですよね。


 後ろを振り返ると、まず目に入るのは『ナミル薬店』と書かれた看板です。二階建てで一階が店舗、二階が住居となっている、ごく普通の建物ですね。

 扉にはハーブなどで編んだリースと大き目の鈴、脇には花を植えて、更に窓の淵には花をくっつけています。



 なかなか喫茶店っぽい雰囲気だと自画自賛です!



 また店内の裏には大きな穴の開いた、自作で作った地下室があります。深さは十メートルほどあり、階段はありません。

 これは倉庫代わりにしていて、普段は蓋をしています。

 ちなみに作り方は簡単。

 魔眼の能力、魔力制御で周囲の魔力を操り、更に魔力収束で圧縮、それを地面へ押し付けていけばあっという間に大きな穴が開いていきます。

 後は適当に魔力で土を固めていけば良いだけです。

 普通の人なら出入りは無理、というより単なる落とし穴ですけど、私なら身体能力を上げてジャンプすれば良いだけですので、問題はありません。




 さて、このお店をアーヴェン様から借りて三ヶ月が過ぎました。


 最初は回復軟膏だけ売っていたのですけど、正直店内が寂しい限りでした。だって、二十個くらいの回復軟膏が棚にぽつんと置いてあるだけでしたからね。


 そこで思いついたのが喫茶店。


 アーヴェン様のご好意でこのお店を借りる事が出来たのですが、借りるまで準備に一ヶ月ほどかかりました。

 その間、町の宿で過ごしていたのですがあまりに暇だったので、町周辺を探索したのです。


 このリルリという町は大きな川の側に作られており、水源が豊富です。

 魔法が飛び交うこの世界ではそこまで有効ではありませんが、大きな川は城壁にも匹敵しますから戦略的にも重要な拠点になりますしね。

 そして川側ということは、川に沿って様々な草が生えています。

 ミントやレモンバーム、ローズマリー、カモミール、ジャスミンなどなどもう数え切れないくらい。前世では自宅でハーブを栽培していたほど、ハーブティ好きな私。

 目を輝かせながら早速何種類か採ってハーブティにして楽しんでいると、宿の人に不思議がられました。

 確かに知らない人から見れば、川に生えていた草をそのままお湯に浸して飲んでいるのですからね。

 お店の人に飲ませてあげると、これは確かに不思議な味わいだ、と言われ早速宿の料理の一つとして出されました。

 宿に泊まっているお客さんからの反応ですが、肉は脂っこく後味が悪いが、このハーブティを飲みながらだと口の中がさっぱりして良い感じになる、となかなか上々でした。



 そんな事があったのですが、ふとお店を借りてから数日後にひらめいたのです。

 回復軟膏を売るだけでなく、ハーブティが飲める喫茶店も兼ねてしまえ、と。



 そこから三つばかりのテーブルと、それぞれ三脚ずつの椅子を置いて、更にお店を飾り付けたのです。

 また裏庭に何種類かハーブを栽培しました。

 ハーブってなかなか生命力が強くそうそう枯れることはないし、すぐ生えてくるので喫茶店で使っても使ってもなくなりません。

 それどころか、数日放置していると生えすぎなくらい。

 余った分は乾燥させて地下室に放り込んでいるのですが、その在庫も徐々に増えてきています。

 うーん、思い切って焼却したほうがいいでしょうかね。

 でも勿体無いですし、今度アーヴェン様が来たときにでもお土産に渡しましょう。



 話が逸れました。



 こうして喫茶店に改装したのですけど、最初の一ヶ月は誰も来ませんでした。

 幸い、アーヴェン様から回復軟膏千五百個の受注が来たので当分の資金に余裕はありますけど、もう少し定常的に売れる何かが必要です。

 やはり宣伝が必要なのかな、と思いながら朝食として作ったおにぎりを店の前で食べていたら、何故か冒険者の人たちに見られ是非売ってくれと頼まれたのです。


 ちなみに米ですが、このリルリの町の側には大きな畑や田があります。すぐ近くに川がありますから、水源は問題ありません。

 そしてそこはリルリの町の重要な食料庫になります。米も栽培されているものの、やはり一番多いのは麦です。パンの材料ですからね。

 米はお酒の材料として作られているもので、炊いて食べる用途だとあまり流通していませんが、私が個人で買う程度はありました。

 そして草と米、とくればやはり炊き込みご飯でしょう。

 食べられる草なら何でも入れてしまえば、おいしく頂けるのが便利なのですよ。ただ、醤油がないので味はかなり薄味です。

 でもみりんはある不思議。まあみりんはお酒の一種ですし、料理にも使えますしね。



 そんなこんなで、炊き込みご飯のおにぎりを冒険者たちに売ってあげるとそれが何故か好評で、毎朝作って売ってくれと言われたのです。



 こうして『ナミルの薬店』は、申し訳程度の回復軟膏と、朝のおにぎり、そしてハーブティーを売るお店となりました。






 そろそろご飯も蒸らし終わる頃です。様子を見てきましょう。


 お店の扉を潜り抜け、店内へと入ると良い匂いが漂ってきました。

 カウンターの奥へ入るとそこは調理場。大きな窯の上に蓋をした巨大な鍋が置かれ、重りとして少し大きめの石が上に乗っています。

 それをどけて蓋を開けると……ふっくら炊き込みご飯が現れました。木のしゃもじで炊き込みご飯を混ぜて、数分放置します。

 もちろん素では重り代わりの石ですら持ち上げることは出来ませんから、魔眼で身体能力を上げ、更に魔力障壁を皮膚の上に張っています。

 おかげで熱さも感じないので、とても便利なのです。



 一時間ほどかけて百個ほどおにぎりにしたあと、沸かしておいたお湯の火を弱くします。

 このコンロは魔導具で、注ぐ魔力を調整することにより火力を調節出来るのですけど、魔力を注ぎ続けないと火は付きません。

 つまり放置できない、と言う事です。

 ちなみに魔石、と呼ばれる魔物から採れる魔力の固まった石があります。これをセットすれば放置していても火は付きっぱなしになるのですけど……。

 非常に高いんですよね。

 それに魔石は家庭にあるコンロに使うものではなく、例えば見張りの兵士用の明かりや、重要施設のセキュリティ、緊急の転移魔法陣や通話用魔導具などに使われます。



 自分で魔物を狩って取って来ようかな、とも思ったのですけど、それは冒険者ギルド、或いは軍に所属する必要があるらしいのです。

 魔石も冒険者たちの重要な収入源になるらしいですし、仕方ありませんけど。



 まあそれはさておき、準備も出来ましたからそろそろお店をオープンしましょう。






「おう、今日もおにぎり一つ頼む」「今日は二個くれ」「中でお茶を一杯頂けないかしら?」「うまいのぉ……」



 ご来店して頂けるお客様の七割は冒険者たちです。

 このお店からそう遠くない場所に冒険者ギルドがあるのも理由でしょう。宿を出てギルドへ行く途中に寄っていってくれるからです。

 また冒険者はこれから狩りに行くのですが、おにぎりは朝食代わりに手軽に食べられて且つお腹の持ちも良いから、それも売れる理由の一つでしょう。

 中には五個くらい食べて行くお客様もいらっしゃいます。



 百個あったおにぎりも見る見ると売れていき、三十分後には完売しました。

 おにぎり一個鉄貨一枚(約百円)と安価なのも理由でしょう。



「もう売り切れか。ナミルちゃん、もう少し作る量増やせない?」


 ここ一ヶ月、毎日買ってくれる冒険者の人が売り切れた空の箱を見て、残念そうに肩を落としました。


「すみません、私一人だとこれが限界なのですよ」

「そうか、明日はもう少し早くくるよ」

「申し訳ありません。またのご来店お待ちしております」


 お一人様二個までと上限をつけるべきでしょうか。

 それとも人手を増やすべきでしょうか。


 でもおにぎりは一個鉄貨一枚、百円です。

 正直なところお米の原価もそれくらいしますから、儲けはほぼありません。人手を増やすと赤字になってしまいます。


 別メニューを作って、そっちで儲けるようにしましょうかね。

 薬店はどこへ行った、という感じもしますけど……。




 これは今後の課題ということにして、お昼は何にしましょうか。


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